第38話 ゲーミングナイフと激おこお嬢様
思わず突っ込まなかったのは褒めてほしい。
代わりにずっこけたのは許して。
エステルも釣られて膝が抜けて、カーラさんもプルプル笑い堪えてる。
そりゃノアさん怒るわ。
会うなりピリッピリするわ。
てか何考えてんだこのオッサン。
目の前でオラオラムーヴでプロポーズ……。
というかプロポーズなのこれ?
ほとんど命令口調というか、まるで「我が軍に降れ」とかそんな感じだけど。
「我が家と貴方の家が結べば、この王宮での力は盤石。王に媚びへつらう第一位の『近衛団』と、金勘定だけが取り柄の『金庫番』に対抗する唯一の手段だ。貴方の父上も一安心だろう。どうだ、私と一緒にこの王宮のパワーゲームを覆してみないか」
これどこかの映画のロケなんですかね。
そう言わんばかりの政略結婚の申し出だった。
そりゃそうか、ここ異世界だもんね。
しっかし、これが貴族か。
庶民とはかけ離れた感覚。
愛するとか相思相愛とか枠の外。
異文化というより宇宙人を見ている感覚なのは僕だけかな。
ここまで来るとノアさんの反応に期待……と思ったら凄い形相だ。顔は平静を保ってるけど僕は解る。嫌悪感が溢れてきそう。
「……何度も言うように。私は王宮のくだらない力関係など興味はありません」
「だが貴方もそれが疎ましいと思っているはずだ。我々ならそれを吹き飛ばすことができる。理想の環境、理想の王宮。我らは王の元画一的な力に迎合する必要がある」
ちょっと何言ってるかわからないけど、まあようするにハバ効かせて環境のアド取ろうって感じ?
言わんとしてることはわかるけど、なんか怖いなこの人。理想に燃えて暴走しそうな感じがある。
「くどいですよファビオ=ダラス卿。私はお役目を果たすのみ。今この場にいる私は『王の宝物番』……それ以外に何者でもないのです」
「悲しいかなノア=プレストン卿。その宝物を使えば王国騎士団に匹敵する力を持つはずなのに」
「――それ以上は役目の侮辱として受け止めます。かの『宝物』を私利私欲で使うことは何人たりとも許されません。貴方とて、その先を言ったならば剣で諌めることも辞さない」
ノアさーん、もう剣に手をかけるんかーい。
でも大ごとにならない。
遠巻きに見ていた王宮職員も普通の顔してる。
え、これが王宮のデフォなの?
何ここお上品なヤンキー校か?
一触即発の事態――になるかと思いきや、ファビオのおっさんは暫く睨みつけると、クックと笑って大人の対応を見せる。僕から見れば今更だけど。
「ふふ、流石は『宝物番』。強大なる『宝物』をたった一人で守り通すための剣。その剣に免じてここは退きましょう」
そう言ってアッサリと引いていくファビオのオッサン。
流石にカルチャーショックで言葉もなかった。出会い頭にプロポーズして、あけすけもなく欲望垂れ流して、ガンくれた上で去ってゆく。
やべえよやべえよ。
王宮こわい。
こういうところは観光だけでいいね。健人学んだ。
「――――――」
ふと、視線を感じた。
ファビオのオッサンが一瞬だけ僕を睨んだような?
え、そんなに僕身だしなみ悪い?
……かもしれない。昨日捕まってからお風呂入ってないし。こんな体だから、前の世界でも身だしなみだけはしっかりしてたんだけどなぁ。
あと加えて言うならエステルかな。彼女ピッタリくっついてくる。見る人によってはちょっといかがわしい……というか彼女の格好もそこそこ官能的でアレなんですアレ。
「? 先生どうしたの?」
「……いや何でもないよ。君は君のままでいい」
「?」
流石にスケベな格好何とかしろとか今は言えないよね。彼女も好きなかっこうなんだから文句言っちゃだめだ。
でも油断したかなぁ。今度カーラさんに色々教わっておくことにしよう。
★
ちょっとしたトラブルがあったけれども、ノアさんは何事もなく宝物庫へと連れて行ってくれた。メンタルが強いのか弱いのかわからないねこの人。
宝物庫で出迎えてくれたのは魔法陣で何重にも封印された巨大な鉄扉。
見たところ三、四メートルはありそうだけど……こんな鉄、どこから持ってきたんだろう?
ノアさんが胸元のペンダントのようなものを掲げると、魔法陣が認証のような文字を浮かんだ。
暫くすると地鳴りのような音が響いて、鉄扉が開く。
「うわぁ、ここもすっごい!」
思わずそう叫んでしまった。
だってそうだろう。目の前に広がるのはアイテムが格納された棚、棚、そして棚。海外のエゲツない所蔵量の図書館の、そのアイテム版みたいな空間が広がっていた。
棚に収まっているのは実に様々なもの。特に武器と防具が多い。
一つ一つに説明の板が付けられていて、時代を示す数字も書かれていた。
これを管理しているとは。流石は序列第四位、『王の宝物番』。
そりゃさっき「お役目が今の恋人」みたいな感じで言うわけだ。
「本来は王や皇族と私、そしてごく限られた従者しか入れないアリアンナ王国の聖域です。今回は依頼ということで、特別な許可を与えます」
ノアさんが再び出会ったときのような声音になる。凜として綺麗――。
「いいですか? 絶対に宝物に触れないように」
かと思ったらキッと睨んできた。
これは絶対、あの裏通りの一件を根に持ってるな。
白状してしまうけれど、あの転んだときにスカートの中がバッチリと見えました。
ここだけの話だけど、白です。
多分「見られた!」の殺意が九割を占めているのだと思う。
不可抗力なんですが。
ごちそうさまです。
「何で僕にだけ注意するんだよ」
「親切で言っています。この中は確かに宝物庫ですが、中には強烈な呪詛を含むアイテムがーー」
「あ、これ欲しい」
言い終わるのを前に、エステルが棚からヒョイとナイフを手に取っていた。
柄に翡翠に光る宝石がはめ込まれた豪華なもの。紫色に染まったワニ革のような鞘からズルリと出てきた刃は虹色に光っていた。ゲーミングナイフか?
……ヴン……
……今、なんかファンタジックな世界で聴こえちゃいけない音がしたような?
するとエステルの持つゲーミングナイフがにわかに輝き始める。僕でも感じる魔力の膨張。え、なんかこれヤバくないか――
「言ってるそばからあああああ!」
絶叫したノアさんがエステルからナイフをむしり取った。膨張していた魔力はフッとなくなり、光も消えた。
エステルは怒ってナイフを抜くかと思ったら、オモチャを取り上げられた子供のように、しかし無表情のままションボリしていた。
「これは! 特に! ダークエルフみたいな魔力の強い種族が使ったらダメなのです!」
「一体何が起こるっていうんです?」
「魔力が反転して、大爆発が起きます!!」
前振りをしっかり拾っていくスタイル。
とりあえず爆発オチは未然に防がれた。
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