第34話 かつて殺人人形だったわたしから貴方へ
いつの間にか現れたのはダークエルフのエステルだった。
その手にはお気に入りのナイフが握られている。
逆立つような銀の髪が怒りに揺れて、つつ、と涙が流れている。
彼女が見下ろすのは僕を散々殴っていた私兵のおっさん。
もう腕が切りつけられていて、その足には小さなナイフがしこたま刺さっていた。
「ぎぃやああああああああああああああああ!」
おっさんの悲鳴がこだまする。
が、他の私兵は手を出せない。
ノアさんが首を振って制しているからだ。
哀れ僕をぶっ殺すと行ったおっさんは、涙と鼻水を流して喚き散らしていた。
「ひぃぃいい! なんだこいつは!?」
「その子はさるクソ領主の殺人人形にされててねえ。逃げおおせて、身も心が空っぽになってたのをアタシが拾ったんだ。最初は苦労したけど、段々と似た境遇の仲間と打ち解け合って、最近ようやく笑えるようになったんだよ」
殺人人形ってエステルのコトだろうか。
てか何でそんなヘビーな昔話をしてるんだ?
首を傾げていると、カーラさんは僕にウインクを返してくる。
「ある日のことだ。突然現れた男に、男嫌いのエステルは全部をぶつけるんだ。でもその男は彼女の殺意をまるっと受け止めて、あろうことか微笑みで返してくれたんだよ」
んん?
それは僕の事ですかね。
というかエステルって男嫌いだったんだ。
そういやギルドの面々でも、若干女性達の中に埋もれるようにいた気がする。
「エステルは驚いただろうねえ。自慢のナイフ術が役に立たなかった。その男は途方もなく強くて優しくて。詫びを求めない上に、美味しいご飯も作ってくれる。エステルは心から感動したみたいだよ。こんな男がいるんだって」
待って僕そんなヘビーなの受け止めてたの!?
確かにエステルは只者じゃないんだろうなってのは解ってた。
感情の気迫は薄いし、近づくのもほとんど足音がしない。本当に幽霊のように出現する彼女の歩法は、いわゆる忍者のようなそれだった。
アサシンより酷い人生というのは、本当に殺人だけする道具――言葉通りの「人形」として扱われていたことなのかもしれない。
「それからケントはエステルの先生だったんだよ。生きる道標。温かみを教えてくれる先生。それをアンタのミスで奪おうとした。手ェ出したアンタの部下……五臓六腑まき散らすだけじゃすまないかもよぉ?」
「そんな! たたた助けて! 俺はただ職務に――」
「お前は許さない。ずうっと苦むように切り刻む。そういうのは得意だよ、わたし」
エステルがマジトーンでおっさんを追い詰める。
いやそこまでしなくていいよと言おうとしたら、またカーラさんにウインクで止められた。
おっさんはヒィヒィいいながら這いずって逃げてるけど、その度にエステルがプッシュナイフみたいな小さいのを叩きつけるように足に刺してる。でも絶妙に急所外してるのが逆に怖い。
その度に悲鳴が上がって、ノアさんがどんどん震えている。
「こいつだけじゃない。みーんなバラバラにされるよ。でもアンタは止められない。アンタのミスだからね。エステルの得意技、間近で見てみるかい? 真っ赤な臓物の花を作るんだ。生きたままね。夜も眠れないほど興奮できるよぉ」
めっちゃ脅すじゃないですかカーラさん。
もうなんか半分笑ってるし。
用意周到なカーラさんのことだ、多分回復魔法が得意なギルドメンバーを呼んでるんだろうけど……脅しにしては怖すぎるなぁ。
そんな逆拷問みたいなのは、ノアさんには覿面に効いてる様子。
青くなっていった肌が、恐怖のあまり白くなっていた。
「ヒッ! ご、ごめんなさい! 私が悪かったです! このプレストン家に免じて、ど、どうか!」
ガバーッと頭を下げるノアさん。
貴族が頭を下げるって相当なコトなんじゃないかな。
すぐにカーラさんがオッケーと言うので、思わず「エステル!」と名前を叫ぶ。
するとエステルはガバッと振り向いて、走って僕に抱きついてきた。
「先生!」
エステルは多くを語らないけど、ぐりぐりと胸に顔を擦り付けてくる。
頭を撫でるとさらに頭を胸に擦り付けてきた。
気持ちはわかるけど、また全身のナイフの柄が当たって痛いンですけど……。
「先生! 先生!」
「僕は大丈夫だから……ちょっとカーラさん、やりすぎですって!」
「いーんだよこのくらい。その木偶の棒もちゃんと直してやるし。世の中舐め腐った嬢ちゃんにもいい薬さね」
ケタケタと笑って、未だ頭を下げて震えるノアさんの肩を掴む。
「さぁプレストンの令嬢様? 何があったか教えてもらおうかい。でなけりゃこのネタがファリズン中に広がる。新聞はこぞって書くだろうよ。金の髪麗しきノア=プレストンがAランク冒険者を越権の上で誤認逮捕。そんでご自慢の地下牢で拷問とくりゃあ――」
世間体的に酷いことになりそうだ。僕にだってわかる。
この世界はどうやら貴族制があって、それなりの地位なんだろう。
けど、どんな世界でも群衆を敵に回したらヤバいというのは共通認識なのかな。
正確には群衆の投石とかじゃなくて、その群衆の有様を見た他の貴族が地位を狙ってくる、なんだろうけど。いい口実だよね。民の命を弄ぶ貴族って。
それが証拠にノアさんの顔がもっと酷いことになっている。
「ヒッ! そそそ、それだけは! 言います! 言わせていただきます!」
カーラさんの脅しスキルは一級品と見たね。
ある意味マフィアよりおっかねえ。
不思議と「ざまぁみろ」とは思えない。ちょっとだけ気の毒だ。ほんのちょっとだけ。
しかし流石はカーラさんだ。上級貴族のところにまで乗り込むとは。下手すると反逆罪とかそういうのがあるだろうに。
もしかしてこれアレか。カーラさんは昔、王様に爵位もらったとか三馬鹿が言ってたけど、それが関係あるのかな?
それはそれとして、嬉しくてちょっぴり涙が出そう。みんながママって呼ぶのもわかるなと、改めて思った。
しかし何かきな臭いことになってきたな。
ノアさんがこんなになってまで探してるあの「鎧」は何なんだろう?
とりあえず、何があったのかじっくり聞いてみようじゃないか。
ちなみにエステルは声がかかるまでマジで臓物ちらし寿司をやろうとしてました。こわい。
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