第33話 なまっちょろい拷問にて
「この野郎! まだ吐かないか!」
「そう言われてもナー」
ペチーンと、鉄の棒で殴られる。
けど、全然痛くない。
ただノアさんの部下の彼らはさっきからフルスイング。
僕を殴っては肩で息をしていた。
――あれから半日くらい経っただろうか。
目覚めると地下牢にいて、すぐに尋問が始まった。
彼らの言うことは「鎧はどこだ」の一言だけ。
僕の言うことは「知らんがな」の一言だけ。
その次は「一体どこの手の者だ」と来て、「ただの冒険者です」と答えて以下無限ループ。飽きるわ。エンドレスも八回までって知らないのか。
そんな平行線が二時間か三時間続いたところで、いよいよ尋問は拷問に切り替わった。
ここは正式な牢というより、個人が所有している地下牢。それ故か悪趣味な拷問器具とかは無かった。
代わりにさっきから鉄の棒でぶっ叩かれる。
こりゃ終わったなと思ったんだけど、なんと僕の【わがままボディ】は弱体化しても鉄の棒くらいは跳ね返すみたい。スキル様々だ。やったぜ。
そのお陰で、ドッキリかと思うくらいなまっちょろい拷問だった。
最初はビビり散らかして半泣きだったけど、痛くないと思ったらほとんどマッサージ気分だ。
「吐け! この野郎!」
「すいませんもうちょっと右肩の……そこそこ。毎日料理しているから肩コリしちゃって」
落語のまんじゅうこわい的に
「あー今は肩が弱いかな」
「今は腰かな」
……みたいに言ったら衛兵の彼らは馬鹿正直にそこを殴ってくる。
茶化してるのも気付かずにご苦労様です。
「この! この! チクショウ!」
ようやく僕がバカにしているのに気づいたのか、私兵のおっさんは鉄の棒を地面に叩きつけていた。
「ハァ、ハァ……ど、どうなってんだ。ハイ・オークってこんなに頑丈なのか!?」
「何度も言いますけど。僕は人間。名前はケント・タカクラ。登録されているギルドは『灰狼』。ギルドメンバーと一緒にヴァンパイアを追ってゼロゾーンをうろついていたら、貴方たちの言う鎧に出会って戦った。それしかないっすよ」
「ふざけやがって。そんな嘘、誰が信じるか!」
「嘘じゃないです。ちょっと頑丈なだけの人間です」
「貴様!」
「ほんじゃマッサージ続けます? 次は左の足の裏が弱いかも」
「クソが!」
大声出して疲れませんか、と煽りたいところだけどやめた。おっさん顔真っ赤だもの。
しかし、いい加減付き合うのも面倒になってきた。
相変わらず右足が効かないから逃げることはできないんだけど、今すぐ縄を破ってこいつらをぶっ飛ばしたのち、そこの牢で寝てるくらいはできる。
やらないのはちゃんと理由がある。
あのヒロインの皮を被った悪役令嬢の言葉を信じるなら、仮にも相手は貴族。しかもなんか偉いっぽい人。大暴れしてギルド『灰狼』に面倒がかかったらやだ。
流石にこの体型を維持しろというスキルでも、一日か二日なら何とか頑張れるはず。その間流石にカーラさんが何とかしてくれる……と、思いたい。
「このデブ。調子こきやがって。もういい。ブチ殺してやる」
そう言うと、鉄の棒を持っていた私兵のおっさんがズラッと剣を抜いた。
見ていた見張りが「おいバカ止めろ!」と止めているけれど、おっさんは興奮して聞かない様子だ。
煽りすぎたか。
いやでも許してほしい。
そもそもこれ、えん罪だし。
前ならもうちょっと命乞いしてたんだけど、ボケっとしてるだけで絡まれるスラムのお陰で耐性ついたかも。
というかさ「ブチ殺す」だって?
それはこっちの台詞だよ馬鹿野郎。
よし、もうこいつら殴ろう。
そろそろ眠くなってきたし。
鍵ぶんどって内側からかければ、牢屋も安全だろう。
そう思った矢先。
久々に階段上の扉がキィ、と開いた。
「何をしているんですか」
「お、お嬢様!」
私兵のおっさん達がザッと背筋を伸ばした。
僕もチラリと見ると、そこには確かにお嬢様、ノア・プレストンの姿。
さっきの鎧姿とは打って変わって瀟洒なドレスに身を包んでいた。
一瞬目を奪われるほど美しいとか思ったけど騙されないからな。あの悪役令嬢め。
「直ちに尋問を止めなさい」
透き通った声が地下牢に響く。
僕もおっさん達も聞き間違えかと思ったけれど、ノアさんは再び、
「聞こえませんでしたか。直ちに彼を解放するように」
と、震えた声でそう言っていた。
おっさん達は「ハッ!」と元気よく答えると、僕の縄をすぐに解いた。
「一体どういう風の吹き回しですかね、お嬢様?」
そう言うと、ビクゥとなったノアさんが震えだした。
……あれ?
なんかさっきとえらい違いだ。
こう、怯えた子リスのような。
あれだけ凜としていたのに、何が起きたんだろう?
「おーいケント。生きてるかーい?」
再びノアさんがビクゥ! と体を震わせていた。
そして聞こえてきたときに、ようやく安堵の息が漏れる。
コツコツと地下牢の階段を降りてきたのはカーラさんだった。
「カーラさん! 助けに来てくれたんですね!」
「もちろんさ。元気そうで何よりだ。間に合ってよかった」
「間に合ってないですよ。拷問かけられてました」
ほら、と手渡すのはさっきから殴られてた鉄の棒。
カーラさんのこめかみに、僅かだけど青筋が立った。
あ、怒ったぞ。しーらね。
「へー、ほー。ご公儀の為なら冒険者の一人や二人、地獄の底を見せるような拷問もやるってね。さっすが王国序列第四位の大貴族様だ」
カーラさんがノアさんの肩をガッツリと抱くと、ノアさんはそれこそ卒倒しかねないくらいに青ざめていた。
「それは、その……おおおお役目が」
「お役目だぁ? お役目なら平民嬲っていいのかい。これだから貴族は。王様の手前民にいい顔しといて、やっぱり心の中では選民思想かい」
え、この世界の貴族ってそんな感じなの?
王様の手前民にいい顔ってのがまたエグい。
平和な世界だから民の顔をおだてつつ心の中で舌出してるやつか。
選民思想って言うくらいだから、昔は平民なんて奴隷扱いとかそんな感じ?
こりゃまた、もの見事な中世めいた司法と権力だこと。
技術水準は僕の世界で言う近代に足突っ込んでるのに、社会の仕組みはまだまだってところか。まあ、僕のいた日本でも、そういうのけっこうあるらしいけど。
そりゃ僕みたいなの衛兵に渡さず、コッソリ拷問しちゃうわけだ。
苦労したところ悪いんだけど、僕には全く効かないけどね。
「そそそそそそそんなことは! わ、私は平民をそんな風には! か、彼は重要参考人で――」
「ふーん。ま、お役目ならいいけどさ。そんな事より何か言うことは無いのかい? 別に言わないなら言わないで、あたしゃいいけどねえ――果たしてその子は許すかな?」
「お前、先生を痛めつけた。殺す」
氷のような声が響いた。
流石カーラさんだ! そこに痺れる憧れるゥ!
……でも何故この人は、簡単に貴族の屋敷に出入りできるのだろう?
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