第32話 『王の宝物番』ノア=プレストン
デモンズメイルって。
またコテッコテのフレーズが来たもんだ。
というか何言ってんだこの美人騎士さんは。
僕は確かに、スキルで普通より強くなっているかもだけど……ただの被害者なんだってば!!
「とぼけても無駄です。あの鎧を着込んだ者から生還することは不可能。だが貴方は【恍惚の魔鎧】の細部まで事を口にした。何故か。それは貴方が犯人だからに他ならない!」
もーだめだーこの人!
コーフンして言ってること無茶苦茶だぁ!
何その状況証拠だけで断定って。
推理小説読んだことあります?
てかサイズ!
僕が着れる鎧なら来てみたいよ!
……ま、まあ、百歩譲ってだ。
この人の言わんとしてることは解る。
要するに、その鎧はすんごい強いから、対峙して生きてるわけがないと。
だから僕が犯人って……メガネに蝶ネクタイの子供がいたら「あれれ〜? おっかしいぞ〜?」って言うからね絶対。
「ちょちょちょ、ちょっと待って! ほら、右足見て! 僕掴まれて! 立てないんだって!」
慌てて足を見せる。
局所的にほっそりとしたシルエットは明らかに異常だ。
けど美人騎士さんは鼻で笑って、ググッと腰を深く落とす。
「こざかしいことを。この序列第四位『王の宝物番』ノア=プレストンを愚弄しますか!」
「誰!?」
そう言うと美人騎士さんことノアさんが怒りを露わにした。
いっけねえ。
こういう偉そうな人の名前を「知らない」って言うと侮辱にあたるんだっけか。
どんどん悪い方向に行ってないかこれ。
モカ!
エステル!
カーラさん!
誰でもいいから!
早く助けに来て!
「そもそも僕は通りすがりの冒険者なんです。ほら、ギルド証明書!」
「偽造なんていくらでもできます。そんな体でランクA? 笑わせないで」
案の定の反応だけど今そういうのいらない!
てか本当に何なの?
この人めっちゃくちゃ綺麗なのに目が血走ってるんですけど!?
「……さては貴方、ハイ・オーク? そうです。そうに違いない!」
「何でそうなるの! 話を! 聞いて! てか良い加減にしろよ!」
「数百年前の魔王軍の残党。今更【恍惚の魔鎧】を奪って何をする気だ!」
しーらーねーえーよぉー!
なんだよその専門用語のオンパレードは!!
だいたい何でここでもハイ・オークが出てくるんだよ!
魔王軍の残党だって?
人違いです!!
「お願いだから話を聞いて。魔王軍だの何だのは知りません!」
「問答無用! 鎧を返せ!」
ダン、と美人騎士さんが踏み込んできた。
やややヤバい。
この人ちゃんと剣を納めた人だ。
左肩の防具は伊達じゃない。
ちゃんと使い方を知って踏み込んでいる。
どうする……どうするどうする!
武術的な見解をすると、ここから見えない間合いで剣が伸びて、僕は胴が真っ二つになるか逆袈裟で首が飛ぶ。
彼女は相当の使い手だろうから、いくらミスリルの手甲でも丸ごと切り飛ばされるかもしれない。
辺りに何かいいもの無いか。
そうやって見回したとき、見つけたのは錆びた鎖。
恐らくロバとかそういう類いの家畜用のものだ。
引っ張ってみるとちょうど一メートルくらいの長さ。重さも太さもいい!
「これなら!」
「いやあああああああ!」
僕は鎖の端と端を手に持って、彼女の剣の出を窺う。
剣技だって武術だ。絶対に技の起こりがある。
いよいよ彼我が三メートルを割ったとき。
ギャン、と。
彼女の足が地面を踏みしめた。
顔を上げる。
肩と半身に隠した剣がすくい上げるような剣閃を見せた。
「ここ!」
――ギャリイン!
甲高い音が鳴る。
逆袈裟に伸び上がる剣閃が逸れてゆく。
「!? バカな!」
ノアさんが驚いている。
そりゃそうだ。
脇から首を飛ばすつもりの剣が、たかだか錆びた鎖に防がれたのだから。
ジャラン、と伸ばした鎖を、今度は真上に展開する。
予想通り、ノアさんは二の太刀を構えていた。
真っ向両断とばかりに大上段からの切り下げ。
僕は向かってくる剣閃を読みつつ、当たる瞬間に鎖をたわませる。
包み込むようにして剣を巻き込むと、そのままねじり上げた。
「!?」
ノアさんは僕に剣を取られたことが理解出来ていないようだった。
押したり引いたりしているけど、剣はガッチリとホールドされている。
「何だ!? 何だそれは!?」
「技術としては分銅鎖……あるいは、万力鎖と言った方がいいのかな。分銅無いけど」
分銅鎖、あるいは万力鎖。
このドのつくマイナーな武器を知る人は少ないだろう。
大体二尺三寸つまり約七〇センチの鎖の先に、分銅をつけた武器。鎖鎌の鎌を分銅にしたと言えば想像がつくかもしれない。
実に簡素なものだけど、これは刀を巻き込んだり防いだり、分銅を振り回せば人の頭など簡単に砕くことのできる恐るべきサブウエポンだ。
そもそも分銅を投げる、ブン回すって子供でも大人を倒せるからね。鎖だけでもエゲつないダメージだ。
そんな超効率的な武器、武術にならないわけがない。
有名どころで言うなら正木流萬力鎖術。
これは居合いの技法と位置づけられていて、技法は三百種を超えるという。
家畜を引くための鎖といえど、七〇センチを超えていればそこそこ再現はできるというもの。世界一斬れる日本刀ならいざしらず、彼女のロングソードを防ぐには十分だった。
「この……離せ!」
「お望み通り。ほいっと」
「えっ……どわぁ!」
言われた通り、鎖を緩める。
すっぽ抜けた剣と共に、ノアさんが尻餅をついた。
むっ。
スカートの中が見えてしまった――。
いやいや、そんな事言ってる場合じゃ無いか。
「痛ッ! お、おのれ!」
「ちょっと止めてって! 話を聞いてってば!」
「お嬢様!」
ドカドカと後ろからも前からも声。
見ると衛兵さんたち……じゃない!
鎧姿だけど、何かちょっと違う!
お嬢様と言われているあたり、私兵なのか。
そう思ったら急に背中を蹴られた。地べたにベチャリと倒される。
ゴチーンと鼻を打ったのでさすろうとしたら、いきなり背中に腕を回された。
「何するんです!」
「このハイ・オークめ! 大人しく縄につけ!」
「え、えん罪だって! ちょっとお!」
抵抗できると言えばできるけど、ソレこそ下手な罪を重ねそうで怖い。
為すがままにされると、もう一つの腕も後ろに回されて縄をぐるぐる巻き。これじゃ罪人だ。
「ようやく捕まえました。このオークを地下牢へ」
「地下牢ォ!?」
「よくも私に恥をかかせてくれましたね。これから尋問をしますが……コトがコトです。法を当てにしないようにとは、言っておきましょう」
「なんだそりゃあ! ふざけるな! さっきから一方的過ぎるぞ!」
反論してみるも、周りの兵士にポカンと頭を叩かれる。
痛くないのがせめてもの救いだけど、心が折れかけた。
「何すんだよ! 流石に横暴だぞ!」
「うるさいぞ貴様! 平民……いや、ハイ・オーク如きが上流貴族様に口がきけるだけでも光栄に思え!」
「知らんがな!」
反論する毎に殴られる。
痛くないよーと意地になったら、ノアさんがため息交じりで魔法を展開する。
手のひら大の魔法陣が出現したかと思うと、僕の額に飛んではぺたりとひっついた。
「何だよソレ!」
「睡眠魔法。これが貴方の最後の安眠と知りなさい」
完全に処刑宣言みたいなコト言ってるんですけど。
いい加減頭に来たので縄をブチ切ってやる、と思ったその時だった。
急な睡魔に襲われて、全身に力が入らなくなる。
そうして僕は、ストーンと意識を失った。
――白ッッッ!
それはそうと、まさかの冤罪による逮捕。
強すぎるのが仇になったか!?
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