第30話 干からびた笑顔の正体
やがてヴァンパイアがスッと二足で立ち上がると、目の前に二つの拳を縦に並べる。
何を始めるかと思ったら、拳から現れたのは青白い魔力の奔流。
それはみるみるうちに形を作り、いつの間にかロングソードの形を象った。
「武器!? そんなんズルいぞ!」
「GOAAAAAAAAAAAAA!」
初めてヴァンパイアが咆吼をあげた。
人間のそれと、獣のそれが混ざったような聞くに耐えない声。
再びあっという間に間合いが詰められる。
その瞬間、僕の脳裏にパァッと攻撃予測が浮かび上がった。
大きく振りかぶった大上段から、魔法のロングソードが振り落とされる。
僕は受けようとするも、魔法のロングソードに躊躇がない。
その自信から、ミスリルの手甲でも受けきれないと判断。
僕は左真半身になって、左前足の足刀を跳ね上げてヤツの小手を捉える。
振り落とすハズが腕を跳ね上げられたヴァンパイア。
ヤツが立て直す前に、足の着地と同時に踏み込んで左手のジャブ。
ヴァンパイアは猛烈な反応で受けようとするだろう。
もしくは魔法のロングソードの柄で殴ってくるかも。
けれど、僕の放つのは『虚』。フェイントだ。
フィジカルに自信があるのは解った。
だからこそ引っかかるはず。
僕はジャブを当てる前に引いて、ヴァンパイアの突き出す両腕を右手で掴む。
そして左足を引きざまに、相手を引き込みながら壁に思いっきり叩きつける。
体勢を崩した相手に、体重を乗せた肘を振り下ろせば……!
――妄想完了。
大上段からロングソードが振り下ろされる。
その前に、僕の蹴り上げが小手を捉えた。
思いっきり蹴ったからか、ヴァンパイアは思った以上に仰け反る。
予定通りに左ジャブのフェイント――を、しかけようとしたところで、思わぬコトが起きた。
予測では、踏ん張ったヴァンパイアが柄頭を突き出すはずだった。
けれどヤツはなんと、せっかく魔法で作ったロングソードを放棄。
あろうことかのけぞりを利用して、そのまま後ろへバク転のように倒れる。
突如の殺気。
場所は真下から。
「サマーソルト!」
ごく低空の宙返り蹴り。
強かにも僕のアゴを砕こうとしている。
「やっば!」
ここでスウェーで下がったのがマズかった。
アゴを掠める蹴り足が通り過ぎてホッとしたとき、不意にヴァンパイアが視界から消えた。
一瞬戸惑ったけどすぐに見つけた。
下だ。
ヴァンパイアがすぐ足下でワニのように四つん這いになっている。
不覚、と思った時。
ヴァンパイアの手が、ガッシリと僕の右足を掴んだ。
「しまっ……!」
ガクン、と膝から力が抜ける。
掴まれた右足から一気に力が吸い取られるような感覚。
恐ろしいことに、這い回るのは痛覚では無くて――『快感』。
まるでさっきの魅了魔法のよう。
――そうか!
だからミイラ達の顔は笑顔だったのか!
足から這い上ってくる快感に抗うことができない。
ヤバい。
このままだと気持ちいいまま――枯れる!
「ぬがあああああ!」
パァン、と僕は自分の頬を叩く。
さっきモカにやられた気付け。
咄嗟に思い出した。
効いたのか、這い上がってくる快感が霧散した。
「!?」
「こんにゃろう!」
驚いて顔を上げるヴァンパイアに、超低空からのアッパーカットをお見舞いする。
地面すれすれを走る拳なんて経験したことないのか、ヴァンパイアの顎にクリーンヒット。
ミスリルの手甲越しに、バキリと音がする。
右足を掴んだ腕が離れて、背筋がゾクゾクするような快感が止まる。
これで決まりかと思ったけど……拳を振り抜いた瞬間、思わず舌打ちをしてしまった。
「クソ、浅い!」
もしアゴをしっかり捉えていたなら、拳にもっと強い『当て感』を感じたはず。
でも僕の手にはソレがない。低反発枕を殴ったような感触しかない。
多分だけど……ヴァンパイアは僕の拳に顎が触れた瞬間、残った腕と足で飛び上がり、衝撃をいなしたんだと思う。狙ってやったならとんでもない反射力だ。
ヴァンパイアは余裕しゃくしゃくとばかりにクルクルと宙返りして、着地。ピンピンしている。三度体を沈めて、僕に飛びかかろうとしていた。
赤い目がギラギラと輝く。
僕に対する殺意が増してゆく。
このままだとジリ貧だ。
――けど。
僕が一矢報いたことに、彼は気付いているだろうか。
やがて路地裏に響く「カラン」という音。
僕は思わず、ニヤリと笑ってしまった。
「アゴのトコ。割れてるよ」
僕がスリスリと顎を触ると、ヴァンパイアが驚いていた。
フルフェイスのヘルメットの端っこが砕けていて、その奥が覗いている。
見えたのは、僕と似た色の肌。
とすると、アレは人間族なのだろうか。
「人間族。君は人間族だ。その肌。僕と同じだ」
動揺したのか、ヴァンパイアは後ずさりし始めた。
精神的なアドバンテージを取った。ここが攻め時。
そう思って立ち上がろうとしたけれど、右足に力が入らない。
僕は不利を悟られないように、膝立ちをしたまま手のひらでクイクイと挑発。
天地上下の構えのまま、ジッとヴァンパイアの目を睨む。
「まだやるならいいよ。あと二、三合は耐えらられる。そうしたら僕の仲間が来るから。僕を倒したところで、みんながお前をやっつけるぞ!」
もうちょっと強めの言葉で脅したかったけれど、語彙力が足りなかった。
けど効果は覿面で、ヴァンパイアは明らかに戦意を失っていた。
次第にドカドカと足音が聞こえてくる。
モカがギルドの連中を連れてきてくれたのかもしれない。
「さあどうするんだ! もう仲間が来るぞ!」
「……チッ」
舌打ちが聞こえた。
明らかに知性ある声だ。
その瞬間ヴァンパイア……いや鎧の男は背を向けて走り去ってゆく。
壁を蹴って、三角跳びで屋根の上へ。
その天辺から恨めしそうに僕を睨むと、屋根を伝ってどこかに消えてしまった。
しぃんと静まる路地裏。
僕は本当に逃げたのかを耳で確認。
音はしない。
ネズミ一匹の足音も聞こえない。
安全だと思った瞬間、僕の額からブワッと汗が吹き出した。
痛みは耐えられる。罵倒は耳を塞ぐことができる。ならば、快感が襲ってきたならどうする?
ケント君の判断は一つの正解なのでしょう。
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