第29話 天地上下の構え、魔闘に至る
驚愕の叫びを上げるモカ。
僕も思わず、腰に下げたミスリルの手甲をはめる。
いつもは素手だけど、緊急事態の武装はこれ。
最初に訪れた村、サーラの町で作ってもらった特別製。
軽くて丈夫で魔法を通さない、三拍子揃ったミスリル製だ。
ヴァンパイアはポイッと矢を放ると、さらに深くググッと屈んだ。
「も、もう一発!」
再装填をしようと、モカが再びボウガンの鐙に足をかける。
彼女のボウガンは威力が強いからか、再装填の度にこうせざるを得ない。
そんな隙をヴァンパイアが見逃すはずも無く。
ブワッと、今にも地を蹴り出すという『威』を見せた。
「ダメだモカ! 僕の背後に……」
隠れて、という前にヴァンパイアが走り出す。
その疾駆はあまりに素早い。
二〇メートルあった彼我は、あっという間に詰まった。
何をしてくるかと思ったけれど、振りかぶったのは右腕。
モカの前に出たはいいけど、一瞬だけその意図を図りかねた。
大きく手を振りかぶったそれは、まるで猛獣の爪のように見えて、つかみかかるような手の開き方。
……おかしい。
弾丸のように飛んできて、『組み付く』のではなく『掴む』?
奥襟を狙うでも無く、胸ぐらを狙うでもなく、『大きく振りかぶる』?
そして大きく振りかぶったのに、『爪を立てない』?
そもそもの話。
これだけの踏み込みを、何故『打撃に乗せない』?
――その瞬間。
――ヤツがミイラ化した男の首を掴んでいたコトを思い出す。
「もしかして!」
大きく振りかぶった右腕が、僕の首へ伸びた。
やはりそう来るか。
あの手は精気を吸い取るに違いない。
狙ってくる場所が解るならこっちのものだ。
僕は大きく左手を挙げて、右手をややへその下に下げる。
そのまま飛び込んでくるヴァンパイアにタイミングを合わせてーー
「でえええい!」
天に伸ばした左腕を、相手の伸びる右手首に合わせて思いっきり落とす。
パァン!
金属のカチ合う音と共に、黒い腕が撃墜される。
ヴァンパイアの真っ赤な目が驚愕の色に染まった。
驚いただろう。
この技術はそもそも、そういうのを打ち落とす為にある。
僕の取っている構えの名前は『天地上下の構え』という。
これは極真空手の祖、伝説の空手家である大山倍達の発明したものだ。
その特徴的な構え方から、色んなメディア作品に登場する。
剣術で言う『霞の構え』よろしく派手な見た目に反して、本当に使えるのか疑問視されるけれど、使ってみるとなかなか考えられている。
ガラ空きですよと言わんばかりの構えは『誘い』だ。
要するにココを打てという餌。
それに気付かずに飛んできた相手の攻撃は、高く伸びた腕が一切合切を打ち落とす。
左で打ち落としたら、右手はカウンター用。
極めて良し、殴って良しだ。僕は殴ることにした。
極めようと手を回した途端、何かの間違いで手のひらを首に回されたら即ミイラだ。
「しゃあ!」
前のめりになったヴァンパイアの体へ、腰を捻った右のフック。
狙うのは真っ黒なフルフェイスメット。
傷つかないにしろ強かに撃たれたら脳しんとうくらいは起こすはず。
そう思って思いっきり腰を切って放ったのだけれども、撃ち抜くはずだった頭がフッと消える。
ブン、と僕の右拳は空しくも宙を抜けた。
「へ!?」
驚愕を感じる間もなく、頭上に気配。
思わず反対側へと腰を切り、左腕を突き上げる。
ガァン!
衝撃と共に、金属がカチ合った音が路地裏に響いた。
「ぐっ……ああ!」
ズシン、と腰から足へ抜ける衝撃。
ミスリルの手甲をミシミシと鳴らすのは真っ黒なカカト。
なんとこのヴァンパイア、前のめりになった方向に沿ってその場で急回転したのち、体重を乗っけて蹴りを放ってきた。
「浴びせ蹴り!? 何て反応だ!」
呆然としていると、反動でクルクルと宙を舞うヴァンパイアが大きく距離を取る。
再び四つん這いになって、ググッと足に力を込めていた。
「先生大丈夫!? 装填できたから、あたしがもう一発!」
「ダメだモカ!」
ボウガンを構えようとしたモカを腕で制する。
「先生どうして!?」
「さっき見たでしょ。矢が通じる相手じゃない。まだ僕を狙ってるからいいけど、君を狙いだしたら僕は守れない!」
「……!」
強さにこだわる『灰狼』の面々に、これを言うのはかなり酷かもしれない。
でも事実だ。モカの実力は知っているけど、彼女の交戦距離はもう少し遠い。こんな至近距離では逆に徒となる。
何よりこのヴァンパイア、飛びっきりに強い。
実際にコボルトの棍棒を受けても平気だった僕の腕が、ビリビリしている。
例え絶対防御の『三戦』で迎え撃ったとしても、衝撃を受け流せるかどうか。
異世界に来て初めての強敵に、思わず冷や汗が流れた。
「解るでしょ。君の得意な距離じゃないんだ。モカ、下がって」
「でも!」
「下手すると僕の手に余る。そういう相手なんだ。解って!」
悔しいけど、僕のこのチートスキルを以てしても勝てるかどうか。
そう思うと一気に不安になってくるけれど。
背中を不安そうにキュッと掴む手が、チキンな僕を奮い立たせる。
「ならどうするの!? 先生が勝てなきゃ誰も勝てないよ!」
「応援呼んで来て。これは一対一とかこだわってる場合じゃない。二対一もだめならもっと沢山だ。みんなでやるんだ。いいね?」
僕もバッチリ、ここのスラムに染まったのだと思う。
正々堂々もいいけど、本当に勝ちたいなら数を求める。
僕が数に頼ったという異常事態に、モカはようやくこの危険度を理解してくれたようだ。
「……解った!」
そっと背中に手が触れた後に、ダッと地を蹴る音。
あっという間にモカがこの場を離れていく。足音でわかる。
そしてしぃんと静まりかえる裏路地。
僕とヴァンパイアはにらみ合いを続けている。
これが「先の先」を取る読み合いというものなのだろうか。
僅かに動くと、その先を取ろうとヴァンパイアが動く。
それを制するように腕を伸ばすと、相手もまた僅かに腰を沈めて引く。
すぐに解った。
こいつはただの魔物じゃない。
僕と同じで『武』を理解している。
元ヒトということなのだろうか。
魔に落ちるのは何も動物じゃないって聞いた。
人間も悪い魔力に飲まれると目が真っ赤になると。
ただこのやりとり、どこかで感じたことがあるような……?
気のせいだと頭を振る。
緊張感に塗れると余計なコトを妄想するのは僕の悪いクセだ。チート持ちとはいえ、ひりつく戦いは何回もしてる。それが鳥肌になって現れているだけだ。集中しろ、僕!
「……何が目的? 人をそんなにして。お腹が空いてるならご飯作ってあげるけど」
僕なりの煽りだったけど、ヴァンパイアは答えない。
その代わりに何故か、残った僕に憤怒のような……いや、けれどもまさしく『飢え』のようなモノを向けて来た。
戦力差を理解して、援軍を優先するモカの判断力は◎。
大好きな先生を残していく、その胸中や如何に。
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