第26話 カレーは飲み物。当たらずとも遠からず
「そんな事言うとご飯作ってやらないぞ」
「うそうそ冗談だって。先生はあたし達に欲情しないもんね~信じてるよ~」
モカは再びニヒヒと笑って、再びこれ見よがしにとホットパンツの際どいところ見せようとしてる。
う、うぜえ……なんて正面から言えず。
言ったら彼女、意外と繊細だからシュンと耳を垂らしてしまう。
かと言って「そだね、君たちにはそういう気は起きないよ」というと、ちょっとムッとするから困りものだ。
わからん。
女心はわからん。
こちとらラブコメ初心者だぞ無茶言うな。
ラブコメになるのかどうかはわからないけどさ!
「あらケントさん……きょ、今日は可愛い子連れてるんだねえ……」
いつも野菜を買っている屋台のおばちゃんがもの凄い顔でモカを見ていた。
もしかして逢い引きとか、それこそ朝帰りに娼婦と一緒だとか思われているのだろうか。
モカには失礼かもだけど格好がね……どうしてもね……。
周囲を見渡すと「なんでこんなのが」って目が思いっきり向けられていた。
「おばちゃん誤解しないで。彼女も同じギルドの冒険者なんだ」
「そ、そうなの」
「そうでーす! 先生はこんなんでもギルドで一番強いんだよ! 冒険者としても、夜も……ね」
いきなり色っぽい顔で僕の肩に手を置くモカ。
夜ってなんだよと顔を見たら、モカは意地悪そうな顔でニヤニヤしていた。
こ、こいつ……わかってやってるな……!
そういえばニック達が言ってたか。「モカと一緒にいると疲れる」って。
騒がしいから疲れるのかと思っていたけれど……こういう事か!
「強い……夜も……!?」
おばちゃんの顔が怯えの色を見せている。やべえ。
せっかく仲良くなった他の出店の店主達も、僕の事を指差してヒソヒソ話しを始めていた。
夜とかエッチい事言ってるけどなーんもないからね!
「ち、違うんだおばちゃん! こらァ! そういうのやめろォ!」
「きゃー怖ーい!」
ぴょんこらぴょんこらと跳ねるように離れてゆくモカ。
「人混みの中跳ねないで! 怪我したらどうすんだ!」
「だーいじょーぶー!」
本当に大丈夫だからタチが悪い。
まったくもう。出禁になったらどうしてくれるんだろう。
そんな事言ってもカラカラ笑われるだけだとは思うけど。
おばちゃんには頭を下げてバカ兎を追いかけて、やっぱり諦めて再び朝市を巡る。
今日のお目当てはスパイスだ。
実を言うと僕、この世界でカレーを作ろうと思っている。
あまり知られていないだろうけど、スパイスから作るカレーはたった三つのスパイスで事足りる。
それはコリアンダー、クミン、そしてターメリック。
この前偶然、クミンにソックリな香りと味のスパイスをここで見つけてしまった。
以来僕の頭の中はカレーに染まっている。
ターメリック、つまりウコンっぽいものは見つけた。あとはコリアンダー。そしてここの世界独自のものを、こうやって研究中というわけだ。
片っ端からスパイスのお店に立ち寄って、良さそうなものを選んでいるとモカが帰ってきた。手にはイカのゲソ焼き……にして異様に太い何かを持って、モッチャモチャと咀嚼している。
「先生何してんの?」
「研究だよ。また新しい料理作ってやろうと思ってね。カレーって知ってる?」
「カレー……? 聞いたこと無い。飲み物?」
「ある意味当たらずとも遠からずって感じ」
「?」
ウサ耳がコテンと傾く。どうやらカレーという概念はこの世界には無いらしい。
「楽しみにしてて。そっちはニン……ガーリック買えたの?」
「買い食いしてたらお金無くなっちゃった」
「何やってんだこのおバカ」
えへへと恥ずかしそうに頭をかく彼女。
仕方ないので仕方ないので別の出店に行ってニンニクを買ってやった。
そしたら出店の店主に「あらあらお盛んなことで」みたいな顔された。
もしかしてニンニクってこっちの世界だとそういう意味もあるのだろうか。恥ずかしいじゃんそういうの。もー!
「ほらこれ。どう使うか知らないけど、ちゃんと仕事で使いなよ?」
「先生優しい! 大好き!」
心にも無い事言って、モカは腕にギューッとくっついてくる。エステルより豊満な胸が思いっきり僕の腕を挟み込んだ。
ドキッとはするけど騙されないぞ。陽キャの言うことの九割はテキトーだって知ってるんだからな。
ただまぁ、伝わってくる感触は悪くないな~……と思っていたら顔に出ていたらしい。「朝から何やってんだ」みたいな舌打ちがそこら中から聞こえてきたので、僕はモカを連れてその場を足早に去った。ほんっとすんません。
★
「やー、楽しかった! 朝市もいいもんだね!」
「いいものだけど疲れたよ。主に君のせいで」
もの凄い疲れた。小さい子供の面倒をみてるのかと思った。世のお母さん達は凄い。僕、異世界から尊敬する。
これが純粋にデートとかならいいんだけど……小学生レベルにフリーダムなモカに対しては、たとえデートだとしてもラブラブコメコメした感情を向けられない。
「先生はえらいね。私たちの為に料理勉強して」
かと思えばいきなり真面目なトーンで話しかけてくることもあるから、もうわっかんねえなこれ。
誰か彼女のトリセツ持ってたら見せて欲しい。読みたくて読みたくて震える。
「僕にはこれしかできないからね」
「腕っ節も強いじゃん」
「それはそれ」
「それはそれって。てか、先生はなんでみんなに偉そうにしないの? 強者の特権ってヤツじゃないの?」
威張るか威張らないかはさておいて、そこを突かれるとちょっと返事に困る。
確かに僕の体術は凄いかもしれない。
スキルこそ【わがままボディ】ってふざけた名前だけど、エキゾチックスキルというだけあって殆ど無双状態だ。
でもそれって与えられた力だし、僕が努力したものでもない。妄想と知識が具現化するってのはいいけど、最近は何かズルしているような気分なんだ。
そもそも僕の性格がそうじゃないというか。
要するにチキンなんです。
こんなに力を得ても尚もチキン。
最近余裕が出来てきたからか、ずーっと自問自答している。
僕ってば本当にこれでいいんだろうか。
スキルがあるから『強い』って、言って良いのかなって。
――僕の理想としたヒーロー達は、艱難辛苦の果てに技を得て、確かな力をつけていた。
それをたかだか武術オタクが易々と使えて良いのかなって。武術に失礼なんじゃないかなって。
真面目に考えれば考えるほど思考のドツボにハマるから、半ば現実逃避気味に料理に打ち込んでいる。
そんなこといったら、モカはどんな顔するだろう。やっぱり笑うのかな。
「それならギルは偉そうにしてた?」
話題を逸らそうとして、ふと思い浮かんだのはギルの事。
確かな強者の彼はどうしていたんだろうか。
偉い人は言いました。カレーは飲み物。わかる。
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