第25話 まるでコミケのような朝市
「ギルのことかい?」
「最近顔見ないんですよ。僕の事避けてるんですかね」
ファーストインプレッションが最悪中の最悪だったのが原因だなって今更ながら思っている。
彼に関してはこの中でも一番にボコボコにしてやった。
プライドの高そうな彼の事だ、僕が勝ってもまだ認めていないんだろう。
それが証拠に、あれから二、三度くらい訓練という名の決闘を申し込まれた。
全部完膚なきまでに跳ね返して、どこが悪いとかここ直した方がいいよとアドバイスしたんだけど、大体「うるせえデブ」で終わるんだよね。
先生はかなしい。ガラスのハートが傷ついたらどうしてくれるんだ。
「大分、彼のプライドを傷つけちゃったかも。悪い事したかなぁ」
「そんな事無いさ。いい機会だったと思うよ。どんな勇者だって、慢心してりゃ足下すくわれるからね」
「子供思いなんですね」
「さっき言っただろ。二度も言わせるんじゃ無いよ恥ずかしい」
カーラさんは照れ隠しなのか僕の二の腕をムニムニと揉む。それ流行なのだろうか。別にいいけどさ。
「あ、そうだ。しょうもない事思い出した」
「僕の二の腕掴んで思い出すくらいなら、ホントにしょうもないんでしょうね」
「細かいとこつつく男は嫌われるよケント――ハイみんな注目。最近王都で通り魔が出たってよ。注意しな」
あまりに雑な注意に、思わずズルッとずっこけそうになった。
何ソレ。通り魔って。
なんなら僕、今日も三人くらいに襲われましたけど?
「ママ……それ『向こう側』ならまだしも、ここらじゃ日常茶飯事でしょ?」
モカが僕の言葉を代弁してくれた。
エステルも首を傾げている。ニックもだ。
ヴィクトールは……なんか調合してる。
彼を除いて、他の皆も概ね同じような反応だった。
因みにモカが『向こう側』って言ってるのは一般ピープルが住んでいる区画の方。
僕も本当はそっち側の人間だったのに、四ヶ月は順応しきるのには丁度良かったみたい。モカの『向こう側』っていう言葉に違和感を感じなくなってしまった。
「いいとこ気がつくねモカ。確かにここじゃ今更だけど――上がってくる死体が変なんだとさ。カラッカラに干からびてるってよ」
え、何ソレ怖い。ミイラになっているってこと?
そんなオカルティックな話、ネットの掲示板でも流行らない……と思ったけど、ここ異世界だった。
「被害に合うのは全員剣を下げた男。中には札付きのワルもいるみたいだね」
「いいじゃあねえかママ。ゴミ掃除みたいなもんだ。ほっといた方が世のため人のためになる。『向こう側』なら尚更だろ」
ニックのブラックジョークでギルド内が湧く。
僕もつられそうになるくらい、馴染んじゃったかも。
「そうもいかないのさニック。マフィアもやられててね。衛兵は妙にワラワラ出てるし、『こっち側』じゃいっそアサシン商会使うかって話もある」
ヒュウ、と口笛が鳴る。
ここの連中はどうにも、刺激的なことが好きらしい。僕はお断りです。
「カーラさん、犯人の目星ってついてるんですか?」
「さあてね。男を狙うってんならサキュバスかもだけどみんなシロ。残る可能性は外から紛れ込んだ魔物……ヴァンパイアだろうって話だよ」
「ヴァンパイア? 吸血鬼のアレ? ラッキー! あの耳高く売れるんだよね~!」
モカがニヒッと笑ってボウガンを担ぐ。いつもならネイルの手入れでテーブルを占領するのに、さっさと二階の自室へ向かってしまった。
「もしかしてモカ、狩る気でいる?」
「不死モンスターの素材は高く売れるからねぇ」
そうなんだ。モカが耳を削いでる姿かなりシュールなんだけど。こわい。
カーラさんが「しょうもない」って言うくらいだから、けっこう現れる頻度が高いのだろうか。
歩いていたらバッタリ会うなんてヤだなぁ。
ニンニク常備しておいた方がいいのかな。
……いや待てよ、この世界の吸血鬼ってニンニク効くのか?
「ギルにも一応伝えておかないとね。まったくあいつ。どこほっつき歩いてんだか」
「二、三日間隔で帰ってきてるみたいですけどね。メモ書きでも残しておきます?」
「いいよ紙が勿体ない。ケント、どうせ明日の休日は朝市ブラつくんだろう? 帰りに見つけたら頼むよ」
「えー僕が!?」
反論しようにも、カーラさんは「頼んだよ」と念押しのようにウインクするだけ。もう話はおしまいらしい。
この人ほんっとそういうとこある。
面倒くさいこと押しつけやがって。ぐぬぬ。
★
次の日。休日の朝。
僕がゼロゾーンを越えて向かったのは大城門の広場。ここでは週に一度朝市が開かれる。
ファリズンにはありとあらゆるモノが集まってくるーー
ーーそう聞いていたけど、朝市は聞きしに勝る規模だった。まるで毎週コミケが開かれているかのよう、といったら元の世界の人は理解出来るだろうか。料理ガチ勢の僕には天国みたいな場所だ。
「わー、すっご。あたし朝市出たことなかったけど! こんなに人いるんだ!」
耳をビーンと伸ばしてキョロキョロしているのはモカだった。
いつもは一人で来ているのだけれども、今日に限っては彼女がついてきた。
因みにエステルは朝が苦手らしいから自分の部屋で寝ている。モカと一緒に行ったというと不機嫌になりそうだから内緒にしておこう。
いつも「買い出し手伝って」と言っても「面倒ゥ~」と言うのに、どういう風の吹き回しかと尋ねたら「ヴァンパイアにはガーリックが効くから何個か欲しい」だって。マジかよ。矢にでも塗ったくる気か。
ガーリックというのはまんまニンニク。やっぱり使いどころも味も元の世界とほとんど一緒。むしろこっちの方が美味しい。口が臭くなるまで一緒だから、使いどころに悩むんだけどね。
「あ、先生これ食べたい!」
突然止まったモカが屋台を指差して「これちょーだい!」と元気のいい声をあげていた。
スケベの権化みたいな格好のウサギ娘が、ボウガンを背に歩いているのはもの凄く目立つ。さっきから市場の視線が痛かった。屋台のおっちゃんも顔が引きつっている。
当のモカは全く気にしないようで、焼きトウモロコシのオバケみたいなのを手にはしゃいでいた。
すんませんウチの子が。
ほんっとすんません。
「モカ、太るの気にしてるんじゃないの?」
「ちゃーんと運動してますー! 見てほら。バッチリくびれ」
うりうりと言いながら、僕に腰を向けて見せつけてくるモカ。
ホットパンツが少しずり下がってパンツがはみ出てる。
そういうの心臓に悪いから本当に止めて欲しい。
「はしたないから止めて! ここ朝市だから!」
「あれ~? もしかして色気感じちゃった? 先生、あたしに欲情しちゃった?」
ニッヒッヒと茶化して笑うモカ。
美少女のウザ絡みみたいなのは夢にまで見たけど……実際にやられるとイラッとするんだね。初めて知った。
朝市は徹夜組対策はバッチリで、徹夜組を見つけると衛兵さんが殺到してしょっぴくレベル。
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