第23話 暗黒街で噂の「センセイ」
エステルはすぐ物騒な事を言う。
しかもいつも目がマジなんです。狂犬かな?
いったいどんな人生を送ったらそうなるのか。聞かないようにはしているのだけれども、個人情報の取り扱い方とかそういうリテラシーのかけらもないカーラさんは、
『アサシンなんか天国に見えるほど、酷い人生を送っていたんだ。優しくしてやってくれ』
……とか簡単に言ってくる。
その一言でお腹いっぱいです。
察するに相当にヘヴィーだとみた。僕のふくよかボディーでも受け止められるかどうか。彼女の口から語られるまでは何も聞かないでおこう。
それが陰キャで人の顔ばかり窺っていた僕の処世術。
あるものはあるままに受け止めて、深くは立ち入らない。
地雷は避けるものだ。いやマジで。
ちなみにギルドメンバーの誰も彼もが大体そんな感じらしい。問題児や暗い生い立ちの奴らを集めてママと呼ばせているカーラさんの胆力たるや。一周回って尊敬する。
「先生、殺していい?」
そんな事を考えていると、エステルが腰元のお気に入りを抜いていた。
ズラァと抜かれたナイフは悪魔の爪みたいに禍々しくカーブしている。こわい。
「やめなって。ほら、パンでも置いてあげて」
そう言うとむくーっと頬を膨らませながらも、エステルはナイフを納めてくれる。止めなかったら本当に躊躇が無いからおっかない。
「じゃ、毒でも仕込む?」
「食べ物を粗末にしちゃいけません」
めっと叱って、いつも多めに買っているロールパンをゴロツキ達の胸元に置く。
自分を襲ってきたゴロツキに慈悲なんか見せる必要は無いはずなんだけど、痩せこけた頬や窪んだ目を見ると悲しくなるというか何というか。
お腹がちょっとでも満たされたなら、イライラが無くなるかな……くらいの自己満足だけど……やらないよりかはマシかな、なんて思っていたりする。
「先生は甘い」
と、エステルは口を尖らせながらも言う通りにしてくれる。
表情の無い顔に僅かな不満が浮かんでいたが、すぐに消えていた。
まあ彼女の言い分も解る。王都のスラム街は中心よりも今いる『ここ』――一般市民の住む場所との境界線が一番危険なのだから。
二ブロックだけ帯状に続く、一般とスラムの境界地帯。
皆はここをゼロゾーンと呼んでいる。
なんでもあらゆる緩衝地帯にもなっていて、マフィアだのギャングだの物騒な勢力達が不可侵を決めているのだとか。
だからどの勢力にも所属していないアンポンタンが集まりに集まる。
その結果、僕みたいなカモがネギ背負って土鍋片手にトンカツの手土産を持っているようなのは簡単に餌食になるというわけだ。
避けて通れと言われても無理がある。
買い出しに出ると絶対横切るからね。
そしてこのゼロゾーンを越えると、今度はマフィアだの何だのが統治する別の法が出てくる。
「あ、センセイじゃあねえっすか!」
「センセイ! またブツ運ぶの手伝ってくだせえ!」
道を歩いていると、頭を下げてくれるのは黒いコートを羽織るマフィアの下っ端達だ。
傭兵上がりが多く、皆して顔が厳つい。中には虎なのかヒョウなのかよくわからい獣人もいたりする。悪の秘密結社みたいな絵面だ。
「良いけど、危ないモノはやらないからね。ハイになるお薬とかヤだよ?」
「大丈夫でさ! 近々闇市がありますんで! ブツ運ぶときのお供してもらいてえんでさ!」
「カーラの姐さんの顔汚すなんてこたァしませんぜ!」
おもっくそ『闇』て言ってるけど。どこが大丈夫なんですかね。
どうせご禁制のブツだらけなんだろうなぁ。
とはいえ、ここはもう別の法律が敷かれている場所。
いちいち指摘していたらキリがない。
「解ったよ。またクエストボードに貼っといてね」
「へぇい!」
「おなしゃす!」
下っ端達は再びへこーっと頭を下げて、がに股で行ってしまった。このあと集金でもあるんだろうな。
「先生、人気だね」
「たまたま仕事しただけだよ。僕は嫌だったけど」
「そう言っていっぱい仕事してる。すごい」
「すごいかなぁ?」
「色んな護衛に抗争の仲裁。ダンジョンの助っ人に手配モンスター退治。もうみんな先生の事知ってる。尊敬する」
無垢な言葉で褒められると僕でも照れてしまう。
……が、改めて言葉にしてみるとどうにかしている。
ちなみにエステルは『抗争』って言ったけどコレに関して言えばガチの殺し合いだった。そりゃそうだ。ここは治安国家日本じゃない。異世界だ。
マフィア同士の戦いと思って何が出てくるかと思ったら、えげつない武器出すわ魔法は飛び交うわ。挙げ句の果てに賭け闘技用のモンスターまでけしかける始末。詳細は省くけど散々だった。
最終的に僕が怒りに怒って片っ端からブン殴り、正座の上に説教小一時間で幕を閉じた。思い出したくもない。
とにかく、だ。
そんな感じで嫌々ながらもアンダーグラウンドな方々と接する縁ができた結果、あんな下っ端達にも慕われるようになったとさ。めでたくなし、めでたくなし。
……確かにこれも、僕が半分望んだこと。
『――暗黒街に一人、どこにも属さない拳法の達人がいる』
武侠映画の導入みたいでカッコイイかなと思ってたんだけど、現実は非情である。
何が楽しくて胡散臭い連中や顔の怖い筋者達に慕われなきゃならんのか。
もっとこう姫騎士さんとか。
お忍び女王様とか。
百歩譲って悪役ルートに入り込んでるけど打開したい令嬢とかいるでしょう!?
……無いものねだりですよね。知ってます。
「仕事はやるはやるけど……いつの間にか悪人の片棒担いでたらやだなァ」
「そこは大丈夫。ママが目の黒い内は、本当に悪い事はさせない」
エステルの言葉に「まあそうだけどさ」と口を尖らす。
今のところギリギリアウトなのかセーフなのか微妙なところだけど、確かにカーラさんが引き受ける仕事に外道なものはない。
それでいて客を選ばないんだよねあの人。浮浪者だろうが孤児だろうがマフィアだろうがキッチリ仕事を受ける。
だからだろうか。スラムの中では『灰狼』は一目置かれていて、カーラさん自身も闇の界隈にハバが効く。
多分彼女の根も葉も無い噂の震源地はここにある。半分合ってるんだけどね。紙一重ってヤツだ。
「ママがいるから、スラムは静か」
「静かねえ……」
今すぐそこの路地裏で
「何ガンくれてんだオラァ!」
「舐めんじゃねえぞスッタコがよォ!」
って殴り合う音がしているんですけどね。
「先生もいて、もっと安心」
再びピタリ、とくっついてくるエステル。
最初こそ美少女にひっつかれて心臓が跳ね回っていたけれど……彼女は本気で僕に甘えている。触れられる度にカーラさんの『優しくしてやってくれ』が呪いのように頭をぐるぐる回って、いつのまにかドキッとも、ムラッとも来なくなった。
そう言って単に女の子に手を出せないチキン野郎じゃないの?
――と、言われたら「ええそうです」としか言えません。悪いか。
でもいいの。
この子に対しては。
僕はあくまで先生として彼女の頭を撫でる。
エステルは一瞬だけ可愛い顔するけど、すぐ無表情になる。いつものことだった。
因みにケント君のご贔屓はシンシアファミリーという名のマフィアさんです。
ブツは大体どこかの横流し品や流通ルート不明の美術品なのでセーフ(?)
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