第22話 美少女の皮を被った殺意めいた何か
「へっへっへ。オークがこんなところで何の用だ。命置いてくか金……はごぅ!?」
「そこのデブ。殺されたく無かったら、さっさと出すモン出して……ごはぁ!!」
「女連れとは良いご身分だなクソオーク。その女寄こし……んがっ!!」
また、くだらぬものを殴ってしまった――
そんな決め台詞を言えばカッコイイのかもしれないけれど、僕の口から出てくるのはため息しかない。
最初こそ人を殴るのは抵抗があったけど、慣れって怖いね。
強盗だのゴロツキだのヤンキーだのビクビクしていた自分が懐かしい。
今や光り物を出された瞬間に殴ることにしてる。モグラ叩きみたいになってきた。
ちょっと強く顔殴りすぎたかなと、心配になって気絶している男の顔を覗いてみる。
……オッケー、大丈夫。
死んでない。目を回してるだけ。
この世界で言うなら正当防衛の範疇内だ。多分。
「先生すごい。一瞬で殺した」
「殺してない殺してない。気絶してるだけだよエステル」
パチパチと背後で拍手してくれるのは、一緒に買い物に付き合ってくれたダークエルフっ娘のエステルだ。
「先生の手が見えない。それは魔法?」
「ただのジャブだよ」
「ジャブ? 先生は時々知らない言葉を使う」
「軽いパンチって意味さ。骨も砕けない。けど、反応できる人間ってあまりいないんだよね」
軽いパンチ。牽制パンチ。
腰の入っていない様子見。
大体それで全部あってる。
日常の異常時に特化した護身術クラヴ=マガなんかは実戦であまり意味の無いものと言うくらいのもの。
たかがジャブ。
されどジャブ。
訓練を重ねることで、全くのノーモーションから放たれるパンチは、人の反射能力を簡単に越える。
大前提として……何でもそうだけど、武術の技には『起こり』というものがある。
腰の入ったパンチなら腰が回る。
蹴りなら膝が上がる。
タックルなら体が沈む。
投げならば掴み、引き寄せる。
遠間からなら踏み込むという動作がある。
そこを上手に悟らせないようにするのが技術であり武術。
同時に看破するのもまた武術であったりする。
その点ジャブは特別だ。
曲げた腕を伸ばすだけ。
技の『起こり』を消すという点については既に完成されている。
ボクサーのソレを反応してガードするということは、いつ発射されるかわからないボウガンの矢を受け止めることに等しい。ちょっと角度をつけて、上手くアゴを狙えばこの通り、一発で気絶させることだってできる。
今の僕はスキル【わがままボディ】のおかげで理想的なジャブを放てるようになっている。ボッという音を立てるジャブはほとんどヘヴィー級ボクサーだ。
反面、スキルを維持するためにこの丸っこいボディを維持する必要があるんだけれど……やっぱ罰ゲームか何かにしか聞こえませんね。
「先生は強い。強い人は安心する」
エステルは片方の腕で紙袋を抱え、もう片方の手をナイフの柄に乗せたままピタリとくっついてきた。
ひやっとしてて、それでいて柔らかい。女の子の肌。
誰がどう見ても美少女な彼女にピッタリとくっつかれてはいるのだけれども……僕はムラムラどころかラブラブコメコメした気持ちになれないでいる。
何故なら柔らかい手と別に、彼女がしこたま装備してるナイフの柄がゴツゴツして痛いンだもん。
「先生柔らかい」
「僕はゴツゴツして痛いよ」
「先生の肌、よく斬れそう」
指でスーッと肩を撫でるのは艶めかしいというか、エロいように見えるじゃない?
残念、職業『ナイフマスター』の彼女は言葉の通り「ここらへん綺麗に斬れそう」くらいしか思ってない。
こんなんばっかです。ウチのギルドメンバーは。
ああ神様。
僕は確かに望んでました。
望んでいましたとも。
美少女とかに先生って言われて慕われる生活。
冒険者ギルド『灰狼』の女性陣は間違いなく美人揃いです。
美人、美少女というところ『だけ』を見ればサイコーです。
でもこれ、ちょっと違う。
どうしてシチュエーションがキラキラしたカフェとかでなくて、廃墟に似た町並みなのか。
極彩色の鳥が空を舞って、エルフっ子とか金髪碧眼のヒロインがキャッキャウフフではなく。何故野良犬がうろつきゴロツキたちがウヨウヨいる中、衛兵さんが見たら卒倒するナイフフェチの美少女が「殺す? やっぱ殺す?」と物騒なことを僕の耳元で囁いているのか。
不満を垂れ流す僕はワガママでしょうか。
ワガママですね。
はい、我慢します。
カーラさんに騙され、この街に住み着いてもう四ヶ月経った。
異世界に来てもう半年。
時間が流れるの早すぎ。
そして僕も慣れるのが早すぎ。
ここは大陸一の城塞都市、アリアンナ王国の首都ファリズン。
城につながる目抜き通りは壮観の一言。まさにファンタジーオブファンタジー……なんだけど、僕のいる場所はそんな所とは正反対の場所だった。
一言で表現するなら神も仏もない場所。
この区画には崩れた礼拝堂しか無いあたり、神様もバカンスに出てそのまま戻らなかったと見たね。
わかる。
この有様を見たらイエス様もちゃぶ台ひっくり返す。
ブッダ様も屁をこいて、もっかい涅槃かます勢いで寝る。
そこらじゅうにゴロツキはいるはマフィアはいるわ、油断していると命が無い。ぶっちゃけ言うとスラムです。エンカウント率が郊外の森と変わらないってどういうことなの。
「ったくもう。どうなってんだよここの治安は」
側に置いておいた背負いカゴを拾う。カゴの中には食材がぎっしり。これは全部、ギルドメンバーのためのもの。そう、僕は相変わらず、ギルド住み込みの冒険者兼料理人をしていた。
最初こそ一秒でも速く山に帰りたかったけど……。
大変遺憾ながら。
懐いてくれたギルドメンバーに、愛着が湧いてしまった。
皆揃って僕の料理を美味しいと言ってくれるし、何かと「先生」と慕ってくれる。まるで本当に先生になった気分だった。
ギルドメンバーの女性陣は美人揃いなんだけど、ハッキリ言って皆難あり。ゼータクと言われたら素直に謝ります。
まんまとカーラさんの策略にはまった気もするけど……何やかんやで充実している。治安の悪さだけを除けば文句はありません。
「先生はすごい。いつも殺さない」
エステルが気絶した男をつま先で突いていた。
灰色肌に銀のボブの髪が美しい彼女。エルフらしい長い耳と端正な顔立ちはまごうことなき美少女。スラリとした体にボディラインの表れるライダースーツのような服。そこからぷっくりと膨れる胸の膨らみは慎ましくも美しい。
長寿種らしく僕より年齢がかなり上だけど、人間換算すると僕と同じ位なんだって。大人びていると思いきや口を開けばけっこう子供っぽい。エルフよくわかんねえ。
口数も少なく表情も乏しい彼女だけど、ギルドの中では特に僕に懐いている。
何故かはわからない。わからないけど、買い物に付き合ってくれるのは嬉しい。
その独特な服装にナイフの鞘をしこたまつけている以外はとても良い子だ。
「殺しとく? こいつら先生睨んだ。殺したい」
……良い子ってところ、ちょっと訂正させて?
気分はごっつい土佐犬がすり寄ってくる感じ。
見た目は超絶美少女なのが悩ましい。
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