第21話 醤油は料理界のエリクサー
厨房は意外にも綺麗だった。というか誰も使ってない感じ。めっちゃ勿体ない。
保存庫にはとにかく肉、肉、アンド肉。
あと固いパン。そして赤ワイン。ここの連中はやっぱり蛮族だ。
幸運なことに肉の添え物なのか、せめてもの野菜なのか保存が利くのかタマネギがいっぱいあった。
タマネギって言うのは僕の呼び方。この世界だとオニオンって言うらしい。まんまやがな。
「合い挽き肉でも作ってハンバーグにするか。あいつら子供っぽいし」
そうするとソースというのが必要になってくるけど、流石にここにはケチャップもウスターソースも無い。
が、心配ない。僕は見つけてしまったのだ。
サーラの村にこれがあったのは目を疑って、思わず個人的にも買ってしまったけど。
「この世界に、味噌と醤油があって助かった」
懐から取り出したのは瓶詰めになった醤油。今のところ僕の宝物です。
いやマジで助かった。もうこれがあれば超万能。
この世界は僕の世界で言う、一四世紀から十七世紀くらいの技術水準がある。
醤油の始まりは十三世紀頃だし、本格生産されたのは十六世紀頃だからあってもおかしくないと思った。
思ってたけどまさかねーハハハーと思ったら普通に売ってた。
何でも東の国原産のソイソースとか。いつか必ず行くからなその東の国とやら!
「で、オニオンもいっぱいあるからオニオンソースができるな」
と言うことで作成開始。
合い挽き肉といっても相変わらず何の肉か解らないからとにかくみじん切り。
その様子を窺っていたウサ耳とダークエルフっ娘が厨房の入り口から覗いている。
何だか気恥ずかしいなぁと思いながら、大量の肉を挽き肉へ。
乾いたパンを潰してパン粉を作る。それを牛乳でふやかして、刻んだタマネギと塩こしょう用意。挽き肉の入ったボウルに入れて、コネコネコネコネと混ぜ合わせる――
「というわけで作りました。ハンバーグのオニオンソース和えです」
コトリと置いた小判状の肉の塊に、皆思いっきり怪訝な顔をしていた。
「な、なんだこりゃ。肉……なのか?」
と傷ハゲ。
この世界に合い挽き肉料理って概念がないのはサーラの村で確認済み。
ついでに言うとハンバーグもホワイトシチューに次いで人気のメニューだった。皆の口に合うとは思う。
ソレが証拠に美味しそうな香りは感じ取ったみたいで、ヨダレが垂れていた。
「ママ、こいつおかしいよ。乾いたパン砕いて、肉を鼻歌歌いながら粉々にしてたの!」
とウサ耳。
ただこの人も香りに負けたのか、鼻をスンスンしている。
「……毒の塊? にしては、香りが……」
とダークエルフっ娘。首をしきりに傾げている。
無表情だけど、唇の端にヨダレがキラリと光った。
「ほぉ、これは興味深い。生肉の錬成は禁忌であるからなぁ」
そこの錬金術フェチは黙っていてくれませんかね。食欲失せるっての!
せっかく作ったのに皆怪訝な顔をしている。
ギルも部屋の隅でじーっと睨んでいる。親の仇みたいに。
「それじゃアタシから」
口火を切ったのはカーラさん。ナイフとフォークの使い方が意外にお上品。
それでもやっぱり怪訝な顔をしていたけれど、パクンと一口。
瞬間、無言で立った。
え、もしかして口に合わなかった?
と思いきや。
「うっっっっっっま!! 何じゃこりゃあああああ!」
その言葉を信じたのか、ギルドメンバー達が次々に口に運ぶ。
何こいつらみんな揃ってナイフとフォークの使い方が上手い。ギルさんだけちょっとワイルドだけど。
やがて一瞬の間の後。
「うぅんまああああああああああああい!!」
「え!? 何コレヤバくない!? 美味しい!!」
「美味。何で? フォークが、止まらない!」
「おおおおなんだこれはあああ! こんなモノは食べたことがなあああい!!」
「……クソ、美味ェな」
この瞬間って良いよね。作ったものを美味しいって言ってくれるのは。
「ちょっと。凄いじゃないか。なんだいアンタの世界ってのはこんな美味いモノ食ってるのかい!?」
カーラさんがバシバシと僕の背中を叩いてくる。痛い。けど嬉しい。
他のギルドメンバーも美味い美味いと食べてくれて、あっという間に完食。
ギルの皿も見てみると空になっていた。顔はそっぽ向いてるけどね。
「お、恐れ入りました。ママの目は間違いじゃなかった」
と傷ハゲがへへーっと頭を下げた。そういうの止めて欲しい。
ジェイクさんたちもそうだったけど、冒険者って何でこうクルーッと手のひら返すのだろうか。
良く言えばとても純粋というか。悪く言えばバ……やめとこ。
「あ、あの。さっきはご、ごめん」
「謝罪する」
モジモジしてるのはウサ耳と横のダークエルフっ娘。仲いいなこいつら。
さっきまで汚物をみるような目をしてたのに。僕みたいに蔑まれること慣れてない男なら即死してましたよ?
「いやーこりゃ本当に拾いものだね。なかなかどうして。ケント、アタシがここに呼んだの解っただろう?」
解ったけど言葉にしたらダメなヤツだ。
多分ここ、他にも料理人を招いては追い返していたんじゃないだろうか。
んで見かねたカーラさんが色々と頑張ったんだけど、親の苦労子知らずってな感じで半ばお手上げだったのかも。
何でそんなに排他的なのか……というのはやめとく。何かディープなとこ触りそうだし。
人間関係は付かず離れずからスタートしないとね。特に僕は存在自体が暑苦しいからね!
「というワケでだ。今日からケントはウチで預かる。文句無いね?」
「「「ない!」」」
元気な声が返ってきて大変よろしい。
何だこう見てみると可愛くも見えてきた。
見た目は完全にアウトローな連中で、傷ハゲと肩組んでる連中はガッツリと入れ墨が入ってるけどね。
ウサ耳とダークエルフっ娘はそうでもないけど、他のお姉様方も中々の迫力……ちょっと待ってボンテージばっちり決めて鞭持ってる人いるけど何あれ?
そうかと思えばオタク臭い連中もチラホラいる。あの錬金術マニア筆頭にヌチャアって笑顔浮かべてる。
親近感は湧くしどっちかといえば同族だけど、ちょっとそれどうかと思うよ?
さらにはどう見ても少女か幼女なのにお酒ラッパ飲みしているのもいる。明らかにアウトな感じの幼女集団は何なの?
そして「ドラゴン死すべし慈悲はない」って剣にもたれかかってるギル。
彼だけは他のメンバーと違って、慕われてるのに一匹狼を貫いてる。
僕には目も合わせてくれない。ひどい。
でも美味いって言ったのは聞こえてたからな。仲良くなったらいじり倒そう。
「よろしくな先生!」
傷ハゲが再びへこーっと頭を下げる。
「先生?」
「そうだろうよ。メシも美味いし腕っ節も強え。オマケに殺そうとした俺たちに傷一つねえし、落とし前も求めねえ。器がでけえってレベルじゃあねえ。こりゃ先生って言うしかねえだろ」
「あ、先生。いいなソレ。先生! これ明日も作って!」
「先生……先生。師でなく先生。いい」
「いいネーミングセンスですねえ兄弟。私も師を転々としたクチですが、なるほど先生。うん、うん、これで錬金術の事も知っていたら完璧なんですが」
「……フン」
「だってよケント。流石だねえ」
カーラさんはポンと僕の肩を叩いてニッと笑う。
雰囲気に流されそうになったけど……『おや?』と心の中で首を傾げる自分がいる。
なんか良い感じだけど、そもそも僕何でここにいるんだろうか。
半分拉致られて騙されてスラムに来て。オマケに殺されそうになったけど、ご飯作って仲直り。
これ、考えたら負けってヤツだろうか。
まあいいや。衣食住が確保できた。スラム街だけど。
それに『先生』、か。良いじゃん。そうやって呼ばれるの、僕の理想だったし。
スラムって事に目を瞑れば、案外居心地が良いのかも。
住めば都って言葉があるくらいだしね。
まずは僕が生きているコトに感謝しなきゃ。
――そう思っていた時期が、僕にもありました。
むしろここからが始まりでした。
王都ファリズン。そこは何万人もの人が住む、大陸一の城塞都市。
僕みたいに変なヤツがポッと現れるのもそう珍しくないように。
吐き気を催すような悪人というのがいるって事を、僕は思い知らされることになった。
異世界にもちゃんと醤油があった!
そのうち『東の国』にも行けるといいネ。
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