第20話 義兄弟のプライド
「ギルの兄ちゃん……」
傷ハゲの言葉に、周囲がピタッと止まる。
多分だけど、彼らの中でも実力が上って事なのだろう。
というか今気づいた。
彼らみんなお互いを兄弟とか兄ちゃんとか言ってる。
これ、いわゆる義兄弟って事かな。かっこいい。
ギルの兄ちゃんはズカズカと歩いてきて、僕の前で腕を組みながら仁王立ち。見下ろして威圧してきた。
「揃いも揃ってこんなデブに負けやがって。おいババア。いいな、こいつ斬って」
ババアって。
流石にそれは失礼やろがい!
……と言いたいところだけど、その迫力に注意することもできず。
思わずカーラさんを見たけど、「この子はまったく」とばかりに肩を竦めていた。
「斬れるモンなら斬ってみな。泣きべそかいたら優しく抱きしめてやるから」
それどっちかというと僕の台詞なんだけど。
というか煽らないでよ!
ギルの兄ちゃんのこめかみ、めっちゃピクついてるじゃん!
「なあケント、ついでだからコイツの高くなった鼻折ってやってくれ。最近生意気になっててねえ」
「生意気どころか首取られそうですけど」
「何ゴチャゴチャ言ってやがる。弟妹達をコケにしやがって。ぶっ殺してやるからな」
わーんもう何だよもー!
ここ蛮族しかいないの?
本当に王都なの!?
というかこんな風に育てたカーラさんの監督不行き届きだと思うんですけど!?
渋々付き合うハメになった僕だが、カーラさんはずーっとニマニマしている。
まるで本当に我が子のヤンチャを楽しんでいるようだ。いい迷惑だよ!
★
「が、ハァ! この俺が……負けるだと!?」
ガラーンと、大剣が落ちた。
ギルが片膝をつく。これで何度目だろう。
そろそろ夕暮れになる頃合い。
ギルはもう一度剣を握ろうとしたけれど、僕はそれをギュッと踏んで首を振った。
「やめましょうよ。そんな剣振るうの疲れるだろうし」
ギルはキッと睨んでくる。
最初は怖かったけど、もう慣れた。
熊が吠えるより怖くないからね。
「ギルの兄ちゃんが……子供みたいにあしらわれてる……」
「あのデブ何者!? ねえママ!」
「言っただろう。レア職業の武術家だって。アタシの見る目はいつだって間違いないさ」
よく言うよ拉致したクセに。
甘い言葉に乗った僕も悪いけどね!
……流石の僕も疲れた。
このギルって人相当な力を持ってるけど、完全に大剣に体を流されてる。
大抵のモンスターとか出会い頭なら一撃必殺なんだろうけど、それだけ。
気迫を読まれたり侮られたりしたら、こういう武器は終わり。
ましてや二の太刀にいちいち「フン!」とか力ませるなら太刀筋も読めるというもの。
古びた石畳を割るほどの一撃をいなしては、僕が突きや蹴りで吹っ飛ばす。
もうそれを十ほど繰り返しているのに、彼はまだ目をギラギラさせていた。タフだなぁ。
「……舐めやがって。これならどう……ぐあ!」
ギルが腰に差していたナイフを突き出してきた。
僕はパッと左足を軸足に避けると、ギルの手首を左手でパチンと叩く。
「い……!」
痛い、を言う前に払った左手の甲を、裏拳の要領でギルの目を当てる。
軽くだけど、ミスリル鉄鋼の小手を付けているからそこそこ痛いはず。
やろうと思えば目を潰す事だってできるだろうけど、僕はそんなつもりは無い。
怯んだ隙に、突き出したままのギルの手首を両手でねじり上げる。
体を捌きつつ、僕の背中の方にコローンと投げた。
「あだっ!」
ゴチーンと、砕けた石畳に後頭部をぶつけていた。痛そう。
ごめんそこまでやるつもりじゃなかった。
「ケント。それは?」
「小手返しってヤツです」
これは合気道の技術。
体の真ん中、正中線を突いてきた相手を避けて、向かってくる勢いを攻撃に転じさせる技。
簡単に見えてけっこう難しい。体捌きとかタイミングとかね。
「踊るようにやるねえ。しかも手加減と来た。今の拳、隠しナイフだったらもう終わってただろうに」
うーんやっぱりカーラさんただ者じゃない。
僕のやってることの意味のその先を全部理解してる。
武の『道』は確かに納めるもの。
けど裏を返して『術』となれば、人を殺めるもの。
合気道はそもそも始まりが『道』から入って、『和の武道』『争わない武道』と言われている。
ならばこの術理だけを悪用して、僕が隠し武器の寸鉄とか、カランビットみたいなナイフを逆手に持っていたとするとどうなるか。
体を捌いた瞬間彼の小手を斬り、返す刃で首の動脈を刺す。
そしてナイフを抜き様に放り投げれば、僕には返り血がないままギルは絶命する。
……なーんて妄想は、妄想だけで終わらすのが良いよね。全部たとえの話。
でもカーラさんも、実際に受けたギルもそれを理解していたようだ。ギルなんかはイフの刃が顔を貫いていたのか、目をさすって呆然としていた。
カーラさんはカラカラと笑ってギルさんの所にいくと、背中をさすって起こしていた。
「もう止めな。格が違うってのは解っただろ。何回殺されたと思ってるんだい」
「……うるせえ」
「このガキは。まぁ、そういう所が可愛いんだけどね」
クシャクシャと頭を撫でているのは本当に親子のようだ。
「他にケントとやるヤツいるかい? あたしゃ一向に構わないけどね」
構うよ!
……と言いたいところだけど、その前にギルドメンバー達がしゅんとなった。
「く、クソ。あんなのの下になれっていうのかよ。絶対兄弟って呼ばないぞ」
「い、嫌。オークが兄弟になるなんて。何されるの? 兎族だからって、飼われるのだけは……!」
「強い人が偉い。体を求められたら……拒めない。わたしはまた、人形になるの?」
いやいやいやいやいや!
傷ハゲはともかく、何言ってんだこのウサ耳とダークエルフっ娘は。
しかも何そのヘビーな感じの暗い過去。目の光彩が無くなってるじゃん。
他のお姉さん達も……なんかチラホラ小学生くらいの幼女っぽいのも混ざってんぞ……とにかく、悔しそうに唇噛まないでよ。僕、悪者みたいじゃん!
みんな僕の事メッチャクチャ汚らわしいみたいに見てくるじゃんか。
もしかして彼らそういうのが嫌で僕殺そうとしてたの?
どういう教育してるんですかとカーラさんを睨んだが、彼女は若干呆れていた。
「だから。そういうの無しって言っただろう?」
「けどママ!」
「安心しな。コイツはそんなヤツじゃあないよ。それどころかメシを作れる。だから呼んだんだ」
「メシ? このオークが?」
この傷ハゲまだ言うのか。
人間だっつってんだろ。信じてよ。
「毒盛る気だ……こいつどうせハイ・オークだ。負けた俺たちを殺して、呪術の触媒にするつもりなんだ」
また出ましたハイ・オーク。
この強面の傷ハゲ、僕のこと何だと思ってるんだ。
「はぁ。まあいいや。ケントご飯頼むよ」
「作れって言えば作りますけど本当に良いんですか? 彼ら怯えてますけど」
「いいさ。サーラの村の出張所が総出で引き留めたその腕前、見せておくれよ」
一体何をやらかしたらこんなに恐れられるのかハイ・オーク。
果たしてケントは料理を振る舞って誤解を解けるのか?
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