第19話 ギルド『灰狼』の歓迎(殺意)
「自己紹介も何も! 完全にアウェーじゃないですか! 歓迎もされてないし!」
「いんやこの馬鹿共が恥ずかしがり屋なだけだよ。ケントのコト怖がってるだけさ」
嘘つけえええええええ!
「こいつらは馬鹿でね。こんなんだから色んなところでつまはじきになる。ケントの強さも知らないでイキッてるだけさ」
「……おいおいママ。まるでこの丸いのが強いみたいなこと言うじゃんか」
あ、こいつら本当におバカだ。今解った。
僕の方が強いってカーラさんが言った途端、ウサ耳どころか大剣を背に殺気飛ばしてたヤツまで反応した。
どこの不良漫画ですか?
俺が強い一等賞は路地裏でやれ!
いやここ路地裏みたいなモンだけど!
「ああそうさね。コイツは強いよ」
「はあ。ママがそこまで言うなら――」
その時、傷ハゲの体にギュッと殺意が圧縮した気がした。
瞬間、僕の脳内に妄想が膨らむ。
傷ハゲはそうやって肩を竦めるフリをして、蛮刀を振り上げる。
片手で思いっきり切り下げて、僕の脳天をかち割るつもりだ。
この人こんなナリだけど、けっこう剣には自身があるとみた。
手の握りタコが訓練した証。
こいつただのゴロツキじゃない。
なら、素直な剣閃が降って来るはず。
僕は左にタン、とステップ。
傷ハゲが驚いた顔になるけど、蛮刀が地面に突き刺さる前に、返しの剣を切り上げてくる。
抑えるなら、ここだろうか。
ーー妄想完了。
君の動きは手に取るように解る。
ポツリと呟いたそれを聞いていたのはカーラさんだった。
傷ハゲはハハハと笑って肩を竦めている。
「――こんなのも簡単に! 避けられるよなぁ!」
ヒュバッ!
剣が踊る。
予想通り、僕の脳天を狙っていた。
僕はスッと横にスライド。
頬と突き出たお腹の横を剣が通り過ぎる。
ガッ!
剣が木の床に食い込んだ音。
僕が踏んだからだ。
「何ぃ!?」
グッと剣を引っ張っているけど、僕が剣を横に寝かして踏んづけているから動かない。
「お、お前……この!」
やるやる、それ。
ツバ吐くんでしょ。
目潰しってやつだ。
でも対処法は知ってるよ。
「ムグゥ!?」
カチ上げた左手で傷ハゲのアゴをギュッと掴む。
彼の顔はひょっとこみたいになった。
そこからギュッと力を込める。
僕の筋力値はA。カーラさん曰く巨人と腕相撲できるって話だ。
僕が本気で握ったなら、多分人間のアゴなんて簡単に砕ける。やらないけど。
「あがががが」
「ほいっと」
僕がそのまま放るように手を離すと、傷ハゲは尻餅をついてポカーンとしていた。
「嘘だろ。そんな体のどこに力が!?」
「やるじゃあないかケント。流石はエキゾチックスキル持ち」
「……この野郎! 兄弟に何した!」
ハッとして前を見る。
ウサ耳ギャルがネイルの手入れ道具を放り投げて、いつの間にかボウガンを手にしていた。
飛び道具は反則だろう!
……と思ったけれど僕の力も反則みたいなものだし。これも戦いだよね。
僕は傷ハゲが転んで倒れたテーブルを引き寄せる。
瞬間、ドスッと矢が突き刺さって止まった。
でも怖くない。
アインツさんの弓に比べればけっこうスローだ。
やっぱりエルフの弓って凄いんだね。
「ちょっと危ないよ。人に向けて撃たないでよ! カーラさんに当たったらどうすんの!?」
「この距離反応できンの!?」
「……とった」
ぞくりとする、不気味な声。
チラリと横目で見ると、カーラさんの影からいつの間にか迫っていた灰色肌のエルフ。
白い髪でスレンダーで、そして腰ベルトにやたらとナイフのホルダーがついてる人。
ぐわっと躍り上がって、逆手に持ったナイフを突き刺そうとしてきた。
「死ね」
「そういうの! 人に簡単に言うのはいけないと思います!」
僕は両手をバッと突き上げて、人差し指と親指で三角を作る。
指の間から不思議そうな顔をするエルフ美女に構わず、次の動作。
パッと両腕を開くようにして払ったのは、僕へ突き立てようとしたナイフの柄。
結構強く叩いたからか、両手のナイフがポロリとこぼれた。
「痛ッ!」
可愛い声を出して、エルフ美女が手を押さえて僕の目の前に着地。
うずくまるその姿、嘘だってわかる。
その綺麗な目にまだ、殺気が宿っているから。
「今度こそ死……え?」
僕が突き出したのはチョキの形。
空手で言う二本貫手。
その先は、彼女のエメラルドのような碧眼に向いている。
そして屈んで抜こうとした三本目のナイフに触れる手は、僕の反対の手がギュッと抑えていた。
「やめて、ね?」
エルフの美女はへたりとその場に座った。
降参ということなのだろうか。
手のひらを床につけていた。
「凄いねケント。ここまでとは。それなんてェ技なんだい?」
「……色んな武術を混ぜてますけど、主には空手と言います」
古今東西、空手ほど全てに対応できる武術は無いと思う。
今使ったのは空手道というより、術。
強いて言えば唐手術というべきか。ニュアンス的な意味でね。
目突きも武器を踏んでアゴをカチ上げるとかも、普通道場では習わない。
だいたいは演舞――つまり『形』に組み込まれている。
時々物好きな師範がいると、演舞を分解して各々の技の効力を教えるなんてのもある。動画でよくあるよね。
両手を上げて払うというのも、松濤館流の『カンクウ大』という形の始まり。
この挙動が空から飛びかかる人に対応するものなのかは知らないし、間違いだとは思うけど。
実際に使ってナイフを払った。
この事実は揺るがない。
つまりある意味正解というわけだ。
ちなみに、払った直後に彼女の両腕を抱き込みヒネリ上げれば、相撲の中で唯一の関節技である『閂』というものにもなる。
抱きつくような形で異性に対してはちょっと抵抗があるけど、締め上げれば彼女の肘間接は破壊される。
似たようなものには合気道の『閂固め』もあるし、少林寺拳法だったら『閂内天秤』というものにもなる。
結局実戦では知ってて使えるモノは全部使った方がいい。
二ヶ月ほどゴブリンだのコボルトだの熊だの、時には山賊だの蛮族めいた連中と戦って理解した。
武術は流派や術理を飛び越えて、使える時に使い分けて戦うのがナンボです。
お行儀のいい理論なんて絵に描いたモチだよ。
「おいデブ! も、もう一度だ。今度は表でやろう。狭いところだったからな!」
傷ハゲが起き上がってワンモア、とばかりに指を立ててきた。
最初の頃とは違って眉間のシワが取れてる。
まるでゲームに負けて悔しいって顔していた。
「納得いかない。ボウガン届かなかったのはそのテーブルのせいだ」
ウサ耳が耳をピーンと突き立ててる。
ウェーブのかかったピンク髪も逆立つ勢いだ。
いや、ボウガンやめてよ。怖いから。
どうでもいいけど、そのヘソ出しシャツってお腹冷えない?
「貴方、手加減した」
手を突いたままぷくーっと頬を膨らませているのは座っている灰色肌のエルフ美女。
今思い出した。こういう種族ってダークエルフって言うんじゃないかな。
「もう一回。今度は本気で」
目尻に涙貯めてる。そんなに悔しかったのか。
なんか背徳感というか罪悪感が背中をゾクゾクさせる。
え、エッチなのはいけないと思います!
「いいですけど……カーラさん?」
「最初に言っただろ? 今日は殴って良いって」
クックックと笑ってる。
さてはこれを見越していたな?
「なら、お外で。日の暮れる前までなら」
そう言うとドヤドヤと準備し始めるギルドメンバーたち。
参加しないのかなと思っていた魔術師っぽい人達まで立ち上がった。
おい今見たぞ。袖の下に手榴弾みたいなの仕込んだな?
「じゃあ俺がやる」
のそりと起き上がったのは、僕に殺気を飛ばしていた大剣の男だった。
いっけな~い、殺意殺意!
それでも殺意で返さないのが武術家なのかもね。
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