第10話 確かなスキルは手のひらの中
「立派な厨房じゃないですか」
ギルドのバックヤードに案内してもらった。
見てみると給仕さん達がせっせとお酒や簡単なおつまみを用意しているけど、釜戸に火を入れたり鍋を振っている様子がない。みんな盛り付けだけみたいだ。
……随分と、給仕さんたち可愛い制服着てるな。
そのままメイド喫茶とか言っても不思議じゃないくらい。
猫耳までつけてる人いるけど……え、あれ本物?
「この前までは料理人がいたんですけど、森に食材を取りに行ったらキラーベアーに襲われてしまって」
熊、出るんだ。
しかもキラーってついてるとか。
もしかして僕ってばかなり危ない場所にいたのでは?
「冒険者の皆さんは外の食事で我慢してくれるんですけど、外食高いんですよね。そろそろ王都から料理人連れてきてくれる人がいると思うんですけど」
――ただこんな辺境だから、いつくるのかサッパリわからない。そんな感じだろうか。
給仕さん達の邪魔にならないように色々見てみる。
驚くことに冷蔵という概念があった。木とガラスの棚の奥に、何やら青い光の炉のようなものがあって、触れたら氷のように冷たかった。
他にも火を使うのも魔法の石を使う道具があったりと、使い方さえ理解すれば僕でも全然なんとかなる。
この世界は電気とか蒸気とか、そういう技術が全部魔法に置き換わった世界……みたいな感覚でいいのかな?
火のもの以外、調理器具も変わったモノもなさそう。
ここで僕が料理をするには何の問題もないようだ。
「ニャー、ジェニファーちゃん。防腐魔法で保管してたシチューも限界ニャー」
猫耳メイドの給仕さんが尻尾をしんなりさせてそう言っていた。
そのシチューとやらを見てみる。
寸胴に入っていたのは、僕が想像した通りのポトフのようなもの。
ゴロゴロと乱雑に切った野菜に肉の塊が具材だ。コレはコレで美味しそう。
「ちょっと失礼します。お匙借りますね」
味を見てみる。
うん、素材の味をうまく塩胡椒で味付けしてる。
でもここの人達に提供するにはこうなんていうか、カロリーというかパワーが足りない気がするけど。コレがここの主食なんだろうか。
「今度はオークの料理人さんかニャ?」
「いいえ。コボルトの長をソロ討伐した武術家さんよ」
「ニャハハハ、冗談が過ぎるのニャ! ……マジニャ?」
紺色ストレートボブの猫耳さんが僕の顔をじーっと見つめてきた。ちょっと幼いけど愛嬌がある顔してる。
「ケントさんが厨房みたいって言うから連れてきたんだけどね。このシチューはだめねぇ」
「じゃあ僕作りますよ」
「困ったわぁ。なんでギルドってこう、裏方を軽く見てるのかしら――え、作る?」
コクンと頷くと、特に猫娘さんは尻尾をピーンと立てて驚いていた。
「オークが料理作るのニャ? そのごっつい指でニャ?」
「僕は人間ですって。それに料理はちょっとだけ自信あるので」
周囲を見回して、かけてあったエプロンを取る。
腰回りのサイズはギリだけど何とかなるだろう。多分。
「ジェニファーさん。ホワイトソースって知ってます?」
「??? ホワイト?」
ジェニファーさんがこてんと首を傾げる。
猫娘も尻尾をくねらせて首を傾げていた。
「あ、その反応で大丈夫。ちょっと面白いもの作ってあげます」
ここサーラの村は標高が高くて肌寒い。
ご飯はシチューとかがいいだろう。
ざっと見た限りは箸とか無いみたいだし、匙だけで食べられるものがいい。
そしてさっきジェニファーさんが食べていたクッキー。あれがキモだ。
クッキーが作れると言うことは、小麦粉がある。
それもグルテン量で強力、中力そして薄力粉の概念がある可能性がある。
僕はしばらくキッチンをまわり、収納をいろいろ確認して――見つけた。
ビンに糊で貼り付けられたタグにも、まんま強、中、薄とある。ラッキー。
「いいね。ここ、僕の料理人スキルが生きる」
「ニャー。このオークっぽい子、なんかめっちゃ生き生きしてるニャ」
そりゃそうだ。料理は僕が唯一、実益のある趣味だからね。
実際僕のステータスには料理人というものはなかったけど。
特技としては確かに、自分の手に中ある。
★
「というわけで、出来ました」
僕が置いた皿に、ギルド出張所の面々は奇異の目で見ていた。
「大将、料理できるのかよ。コレは?」
「クリームシチュー。白いシチューを見たことある人は?」
誰も手を上げない。
なるほどそれならばコレは、異世界からの技術ってやつになるかもしれない。
野菜はにんじんっぽい奴、玉ねぎっぽい奴とある程度は揃っていた。
牛乳ももちろんあった。まんま無調整牛乳だからやりやすい。
そして薄力粉。
そもそも小麦があるのが嬉しいし、ちゃんとグルテン量で別れてるのも嬉しい。
コンソメは肉を煮詰めたブイヨンから代用した。ここだけちょっと手間だった。
現代のコンソメブロックとか顆粒だしとか、ああいうのって本当に叡智の塊だとここで実感したよ。
そうして作り上げるのがホワイトソースであり、クリームシチュー。
ホッカホカでトロットロ。
野菜もお肉もいい感じに火が通ってる。
一応ジェニファーさんやジェイクさん達にもつくってあげたけど、未知の料理を前にして皆一様に
「何じゃこりゃ」
「武術家の精進料理かしら?」
「牛乳が入ってるシチューか? なんか子供向けみてえだな」
……と首を捻っている。
食べたことないものってそんな感じだよね。
僕はお手本を示すように匙を入れて、口に運ぶ。
「うんまい!」
僕の世界の野菜と微妙に味が違うところもあるけど、採れたて新鮮。味もいいぞ!
具材がいいからガンガンいける。
肉は何の肉かわからないけど、美味しい。
見た目から鶏肉だと思って使ったらそれっぽかった。
そんな感じで僕が食べていると、怪訝な顔でジェイクさんが一口。
「うぅぅぅぅんまあああああああああああああああああああい!」
ガターンと。
椅子を倒して、勢いよく立ち上がった。
「大将! コレ! 美味い! オデ! 幸せ!」
「口調がコボルトになってるよ……」
「……ほ、本当だ! これ美味しいよケント君!」
たまらずにと口に運んだジェニファーさんが、頬に手を当ててニコニコしていた。
口に合って良かった。
ここ肌寒いし皆力仕事してそうだから、クリーム系のシチューが合うと思ったんだよね。
ジェイクさんの声を皮切りに、ギルド出張所にいた面々が「俺も食いたい」「私も!」と言ってきた。
するとバックヤードから待ってましたとばかりに、猫耳の給仕さん――ミーヤという名前だそうだ――が皿に入れたシチューを運んできた。
ミーヤさんの口元にクリームソースがついてる。
猫舌だって言ってたけど食べれたんだな。良かった。
「ケント君!」
ふと振り向くとジェニファーさんがガッと僕の手を掴んできた。
凄い近い。
まつ毛長い。
てか美人だなこの人。
キラキラした目に、僕は思わず頬を赤らめてしまう。
「君、コレからどうするの!?」
「え? そ、そそうですね。記憶が戻るまで――」
一瞬、記憶喪失設定を忘れかけてた。
あぶねえ。
これ徹底してないとボロでそうだ。気をつけよう。
「予定がないなら……そう、王都から料理人が来るまででいいですから! ここにいて! お願い! 出張所の上は宿泊所にもなってるの。一番いいところ使っていいから!」
「大将俺からもお願いだ。こんな飯食べたことねえ!」
「勇士。私からもお願いしたい。恥ずかしいことに、あなたのシチューの虜になってしまった」
「ワシも旦那の為に防具作ってやるから! お願いだ!」
おお、何だろうこの高揚感は。
イケメン君が美味しいって笑顔を綻ばせてくれた、その何倍も嬉しい。
太った僕が必要とされている。
人権を持てる。
こんなに嬉しい事ってあるか!?
「仕方ないな。部屋は一番狭い所でいいよ。暫く厄介になるとするか」
妄想上の僕はフッと笑って、流浪の達人よろしく出されたお茶をズズーっと啜っているのだけど。
「願ったり叶ったりだよ! こちらこそお願いします!」
意地汚いなお前なんて言わないで。泣いちゃう。
ただ皆も喜んでくれているのだから、いいよね?
そんなわけで。
僕はほとんどノリに近い形で、ギルドの冒険者となってしまった。
とりあえず仕事もあるし、寝るところも確保することができた。
世間知らずの、いや世間どころかこの世界のことがほとんど分からない子供にしてはよくやったと思う……思うよね?
何故こんなことになったのだろうかとか、どうしてこんな力が宿ったのかとかよく分からないけど……。
こんな僕を受け入れてくれる世界なら、何とかやっていけそうだ。
ホッカホカのトロットロ。異世界初のホワイトシチューはバカウケの予感がする……!
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