姉の告げ口
僕は、姉と目を合わさぬよう「うん」とだけ、答えにならない返事をした。
「なんで、あんたが、まどかちゃんとこにおるん?」別に、幼馴染の家だから、いて悪い訳ではなかったが、先ほどのおばさんとの行為に、ちょっとした後ろめたさを感じ、その答えに戸惑った。
そのやり取りを、中で聞いていたおばさんが出てきて「あら、美知子ちゃん、お帰り、ケンジ君ね、ウチにまどかの学校の届け物を持って来てくれたの。まどかね、昨日盲腸になっちゃって、入院しちゃったの」そう姉に告げた。
「あら、そうだったんですか……?」姉は、急なおばさんの登場に、よそ行きの言葉になって恐縮した。
「ケンジ君、ありがとうね……」おばさんは、もう一度、僕にお礼を言った。
「いえ……明日もまた来ます」僕は、『ホッ!』として、先ほどのおばさんへの返答を、姉の前で堂々と公言した。
「早よ、帰るよ」姉に諭され、姉の後ろについて家に帰った。
帰るまでの短い間だったが、僕は紺色のスーツに身を包んだ姉の身体を後ろから眺めた。
姉は、おばさんにも劣らないくらい細身で、腰が括れている割にはお尻は程よい肉付きで、身内の僕でもむしゃぶりつきたくなるような身体になっていた。
髪にはパーマをかけ、化粧か香水かの香りが後ろにいる僕の鼻にも届き、小学校の時に見た姉の裸の身体を思い出していた。姉は、高校を卒業してから、一段ときれいになった。
「ただいまー」
そんな、姉をめでる気持ちも、家に着いたとたん、一瞬で普段どおりの感情に戻ってしまった。
「ケンジさ、前のまどかちゃん家に寄り道しとったよ……」
家に着くなり、さっきのことを母に告げ口をした。
「あんた、なんでまた……」他人に迷惑をかけることが大嫌いの母が、半分怒り気味に僕に訊ねた。
「だから、まどかが盲腸になって学校休んだから、学校の給食とかを先生に頼まれて届けたんだって……おばさんも言ってたやんか……」僕はむきになって反論した。
「どうだか……?まどかちゃんのお母さんが美人だから、鼻の下伸ばして、嬉しそうに家に上がったんちゃうん?」
「違うわい」僕は本当のところを姉に突かれ、怒り心頭で、家に上がった姉を追いかけた。
「これこれ、ケンカせんの……美知子も、てがわんの……」母が、いつものことと、僕たちの間に割って入った。
「べー」姉は、笑いながら僕に舌を出して自分の部屋に入った。
『よくもまー、こんな小憎らしい口軽女が、僕の夢精を見たことを、今まで母にも言わずにいたもんだ』と思った。『いや、母が黙っているだけで、あいつはすでに母に言いつけているかもしれない』そんな風に思うと、余計に腹が立った。
「ケンジも、まー落ち着いて……それでも、まどかちゃん、盲腸になったって……?見舞いに行かんでもええやろか?」
心配性の母が、僕たちのケンカどころでなく悩み始めていた。
「別に、行かんでも、ええんちゃう?手術も今日無事に終わったみたいやし……それに、盲腸くらいで見舞いに行きよったら、余計おばさんに気使わすで……」
それでも、母は「本当にええんやろか?」と悩んでいた。
「ええよ、俺明日もまどかの届け物、持って行くけん、その時『母も心配してました』って言うとくから……」
それを聞いた母は「そう……それじゃ、よろしゅうに言うとってな」そう言って、やっと安心した。
「でも、もう、上には上がったらいけんよ。おばさんも忙しいやけん」と僕をたしなめた。
僕は「分かっとる」と口から出まかせの適当な返答をした。
『そんなことあるはずもない……上に上がらないんだったら、何のためにまどかの給食届ける意味があるんだ……』僕は、明日も、おばさんのとろけるような『ジュース』をいただく気満々であった。