松下君のお願い
その後、僕たちのクラスに大した事件もなく、2年生になった。
僕は理系、まどかは文系ということで、クラスは別々になってしまった。
そんな、2年生の新学期が始まったばかりの春の日、2年になって初めて一緒になった松下君という男子が、僕のところにやって来て、あるお願い事をした。
「ケンジ君、君に頼みたいことがあるんだけど、聞いてくれるかな?」
僕は、まだ、そんなに知らない、この新たなクラスメイトの言葉に、少し不安を持ちながら「なに……?」と聞いた。
「実はさ、6組に『伊藤まどか』さんていう女子がいるだろ?俺さ、彼女に一目ぼれしてさ、彼女とつきあいたいと思って……
彼女に『つきあってください』って告白するから、今日の放課後、彼女を屋上まで連れてきて欲しいんだ。君たち、聞くところによると、幼馴染で、とても親しくしているようだから……まさか、君の彼女じゃないんだろう?」
松下君は、そう言って、そんなに親しくもない僕に、親友にでも頼みづらい恋の仲介役を依頼してきた。
この、松下君は、細身のスラッとした美少年で、1年の時は、いろんな女生徒との噂が、彼のことをよく知らなかった僕にも聞こえてくるほどのプレーボーイであった。
「まどかに、告白するって……君って、噂では、たしか、神崎さんとつきあってたんじゃないの?」ぼくは、1年の時に噂で聞いていた話を彼にぶつけた。
「ああ、彼女とは、この春休みに別れた」松下君は、悪びれたり悲しんだりする様子もなく、平然とそう答えた。
「なあ、頼むよ、ケンジ君」松下君は、僕を拝むように両手を合わせて頭を下げた。
知らない人間には、結構気づかいで、優柔不断だった僕は、彼のあまり気の進まないお願いを断ることができず、「屋上に連れた行くだけでいいんだったら」と安請け合いしてしまった。
松下君は、その僕の返事に喜んで「ありがとう、うまくいったら、僕も君の恋の仲立ちするから……」と嬉しそうに言った。
『そんな必要はない』と、僕は内心怒っていた。
その日の授業が終わると、すぐに松下君は僕のところにやってきて「それじゃ、ケンジ君、僕は屋上に行っとくから、よろしく頼んだよ」と言って、教室を出て行った。
僕は、その話を、まったく乗り気ではなかった。
『もし、万が一、あの男前のアプローチにまどかがなびいてしまったら……』
そんな風に、まどかを自分の彼女とすることができないにもかかわらず、まどかが、誰か他の男に奪われてしまうことを心配していた。
僕は、気が進まぬまま、隣の6組にまどかを呼びに行った。
まどかは、ちょうど、鞄に教科書やノートを詰め、帰り支度をしているところだった。
そんなまどかに「ちょっと、用事があるんで、屋上まできてくれないか?」と気の重くなる言葉を言った。
まどかは、そんな僕の誘いに「何か用なの?用事があるんなら、ここで言えばいいじゃん」と不思議そうな顔で言った。
「いいから、ここではダメなんだ」
その僕の言葉と僕のいつもとは違う態度に、まどかは、もしかすると、僕が、そこでは言えない大事なことを自分に伝えるものと勘違いをしたのか、「うん、分かった」と嬉しそうに言って、僕の後に黙ってついてきた。
屋上に上がると、松下君が一人でまどかを待っていた。
それを見たまどかが、僕の方を怪訝な目で見た。
「彼が、お前に話があるそうだ。行って、聞いてきて」
そう言って、僕は、まどかを松下君の方へ押し出した。
まどかは、松下君のところに行く間中、何度も僕の方を振り返って見ていた。




