僕と夏未のケンカ
次の日、まどかと一緒に、学校へ行く間中、まどかに、夏未への交渉を思いとどまるよう、説得した。始めまどかは、それを拒否し続けたが、最終的には、僕の意見を聞き入れ、「分かった」と小さく頷いた。
僕は、やっと、まどかが、夏未に直談判することを諦めたものと思い、とりあえず『ホッ!』とした。
そして、教室に着くと、入り口で皆に朝の挨拶をし、それぞれの席に着いた。
僕が、鞄を開けて、本を取り出そうとしていた時、それは起こった。
まどかが、自分の席を立ち、夏未のところに行ったのだ。
まどかは、夏未の前に立つと、
「夏未さん、もし、私に悪いところがあったのなら、謝ります。だから、もう、私に対するいじめをやめて下さい……前のように、私にも優しかった夏未ちゃんに、戻って……お願いです……」そう言って、夏未に深々と頭を下げた。
その言葉は、緊張のためか、少し震えていた。
夏未の周りにいた女子や教室にいたみんなが、驚いて、無言のまま、その様子を見ていた。
夏未は、そんなまどかには目もくれず、何事もなかったかのように、周りにいた女子たちに、「ねえねえ、この前の『夜ヒット』に出てた『ヒデキ』かっこよかったよね~」と話しかけた。
まどかの行動に、あっけに取られていた女子たちは、夏未の問いかけに慌てて、「うん、うん、よかった」と、上の空で返事をしていた。
僕は、その夏未の徹底して、まどかを無視する態度に、怒りが頂点に達した。
両手で、自分の机を思いっきり叩いて立ち上がると「なつみー!!!おまえ、いいかげんにしろよー!!!」そう叫んでいた。
その僕の怒りに、夏未の周りにいた女子たちは身体をこわばらせた。
しかし、夏未はそんな僕の様子にも、ひるむことなく「何、怒鳴ってるのよ!!!」と怒鳴り返してきた。
「こんなに、まどかが、自分へのいじめをやめるよう、真剣に頭を下げて頼んでるのに、お前はそれさえも無視して……」
僕の言葉は、怒りで震え、言葉にならなかった。
「あら?まどかさん、私に何か用だったの?お声が、あまりにもお上品で小さかったから、私、気付かなかったわ……ゴメンあそばせ」夏未は、とぼけて、またしてもまどかのことを侮辱した。
僕は、そんな夏未の言動に、さらに怒りが増し「ふざけるな!まどかは、はっきりと、遠くにいた俺にも聞こえる声で、お前に、頭下げてたじゃないか!!!いい加減に、まどかをバカにするのはやめろー!!!」
僕は、あまりの怒りに自分の拳を握りしめ、夏未のところへ行った。
「何よ……殴るの?女の私を……殴るんだったら、殴りなさいよ……すぐに、退学だから……さあ、どうしたのよ、殴れば……?」そう言って、夏未は自分の顔を突き出し、僕を挑発した。
「どうせ、やれもしないんだから、カッコつけないで、おとなしく座っときなさいよ!意気地なし!!!」
僕は、その夏未の挑発にとうとう我慢の限界を超え、こぶしを握った右手を大きく後ろに振り上げた。
「ケンちゃん!やめて!!!」そばにいた、まどかが、その僕の腕にすがりついた。
まどかは、泣いていた。
夏未の取り巻きたちも、僕と夏未の大声での言い争いに、ひきつりながら泣いていた。
僕は、僕の右腕にすがりつくまどかの涙に、少しだけ、冷静さを取り戻し、こう言った。
「まどかを、襲った『クズ工』の奴らも、お前の差し金だったってことは、分かってるんだ」
その発言に、みんなが、驚き、一斉に夏未の方を見た。
「ちょ……ちょっと、変なこと、言わないでよ……なんの証拠があって、そんなこと言ってるのよ……?憶測だけで物言ってると、名誉棄損で訴えるわよ!」夏未は、即座にそう大声で反論した。
「襲われたんじゃなくて、この女が『クズ工』の奴らを誑かしたんじゃないの?」
そう言って、またしてもまどかを侮辱してシラを切る夏未に、収まりかけた怒りが再びぶり返した。
「『岩田』って野郎が、お前に頼まれたって、白状したんだよ……だから、謝れ、まどかに謝れ……!!!」僕は、そう大声で叫んだ。
その言葉で、また、皆が夏未の方を見た。
『岩田』という名前を聞いて、夏未は初めて動揺した様子を見せた。
夏未は、立ち上がり、自分の鞄に、机の中に入れていた物を詰め始めた。
そして、謝ることなく、さらに強気で「誰よ、その『岩田』って……あんた、根も葉もないこと言ってると、承知しないわよ!!! 私を侮辱した罪で、訴えてやるから……早く、その目障りなメス猿連れて、私の前から消えなさいよ!!!」
まどかのことを「メス猿」と侮辱した夏未の挑発に、僕はさらに怒り「訴えるんなら、訴えろ!!!この、ヤリマン野郎!!!」と、つい、言ってはならない言葉を口走ってしまった。
今度は、皆が一斉に僕の方を見た。
僕は、しまったと思った。横で、僕の腕を握っていたまどかも、驚いて、「ケンちゃん……」と言って、泣きながら僕の腕を強く引っ張った。
しかし、即座に怒ると思っていた夏未は、その僕の失言にも、明らかに動揺していた。
そして、自分の鞄を手に取ると「私、帰る!……覚えてらっしょいよ!!!あんたたち……二人とも、この学校にいられなくしてやるから!!!」そう捨て台詞を吐いて、教室を出て行った。
気が付くと、廊下には、大声での僕と夏未のやり取りを、何事かと思った、隣のクラスの野次馬たちが大勢集まっていた。
ウチのクラスの、女子たちは、皆大声を上げて泣いていた。まどかも、僕の腕にすがって泣いていた。
丸山君や男子が、僕のところに駆け寄り、「ケンジ、今の話は本当か?」と聞いてきた。
怒りから覚めた僕は、しばらく、放心状態のまま、そんな問いかけに答えることもできなかった。




