逃げていく真実
それからの中村先生の行動は速かった。生徒一人ずつを朝に2人、昼と放課後にそれぞれ3人ずつを呼んで、一日8人の聴取を行い、四日で全員の聴取を終えた。
もうすぐ、夏休みが迫っていた。
その頃には、一年の全クラスに『まどかがいじめられているらしい』という噂が広まり、他のクラスにいた、中学時代まどかと仲の良かった女子たちが、そんなまどかを心配して、休み時間にはウチのクラスに来るようになっていた。
中でも、まどかと一番の仲良しだった藤崎 美香は、まどかと一緒に登下校をするようになり、そんなことで、まどかも、以前よりは少し元気が出てきていた。
しかし、夏未たちのいじめは、終わったわけではなく、それまでとは形を変え、地下に潜る感じで、僕たちにも把握がしづらいものとなっていた。
まず、まどかに対する完全無視は、それまでよりも度を増してひどくなっていた。夏未だけでなく、他の女子全員が、まどかとは一切口を聞かなくなった。
その徹底ぶりは、逆に夏未のリーダーとしての才能を見せつけられているようで、それがいじめの采配でなければ、賞賛に値するほどであった。
『まどかが、数人の男たちと肉体関係があり、中絶をしたことがある』という根も葉もない噂も流れた。
一学期の最後の日、僕は中村先生に呼ばれて、またあの『相談室』に行った。
「どうだ?最近のいじめの様子は?」そう、先生に質問された。
「前のように、分かりやすい、いじめじゃなくなって、まどかの変な噂流したり、口をまったく聞かないなど、より陰湿なものに変わりましたね……まだ、いじめは続いていると思います」
僕は、そう、正直に自分の感じているままを伝えた。
「でも、今は、他のクラスの中学時代の友達が、まどかを心配して、話に来てくれたりしているんで、まどかも、少しだけは元気になったように見えます」
その僕の答えに、先生は静かに「そうか……」と下を向いて頭を振った。
「あのな、ケンジ……この前、皆に『いじめられている人を見たことはあるか?正直に答えてくれ』と、問うたんだけどな、ほとんどの生徒が、『ありません』て答えたんだよ。
一部、お前が言っている内容と、よく似たことを言っている奴はいたけど、ほぼ、皆、『見たことない』って……それを、校長や教頭に伝えると、『それじゃ、やっぱりこの学校にいじめはないんだ。一部の人間の思い過ごしだ』って言われて、『もう、この件は終わりにしろ』と釘を刺されたんだよ」
僕は、その話を聞いたとたんに腹が立ち「そんな話ってないじゃないですか?あんなに、まどかは苦しんでるのに……」
「だけどな、そのいじめられている張本人のまどかが『いじめはない』って言ったんだから……先生たちにはどうすることもできんのだよ。本人が否定したんでは……
お前やまどかは、もちろん、俺のかわいい教え子だけど、夏未だって同じだからな……
この前、先生、お前に言ったろ?いじめは、人の心が絡むから、人によって真実が真逆になることもあるって」
「……」僕は、絶句した。
「それに、夏未の父親は土建屋の社長さんで、市議もしているんだ。この町の有力者で校長とも親交がある。校長は、そんな人の娘をいじめの犯人にはしたくないんだろう?きっと……」
「そんなの……そんなの、おかしいじゃないですか?」僕は、悔しくて声を詰まらせながら先生に詰め寄った。
「おかしい……確かにおかしい。だけど、それが、世の中なんだ……」
先生は、世の中の……大人の世界のやるせなさを、悔しそうに、そう僕に教えた。
「今から、言うことは、お前の心の中にとどめておいて欲しいんだが、実は、夏未は中学校時代にも何回か、いじめを行っていたみたいで、それが、中学からの申し送り事項で来てるんだ。それによると、初めのころは、徹底して標的になった者をいじめるが、時間がたつと、それをやめ、いじめていた人間とも何でもなかったように仲良くなったりしていたみたいなんだ。
明日から、夏休みだろ?まどかも、少し元気を取り戻したみたいだから、少し、様子を見てみんか?まどかと夏未が会うことも、夏休み中はないだろうから。
その間に、まどかも元気を取り戻し、夏未もまどかへのいじめの興味が薄まるかもしれんから……」
「それに、こんなことを言うと、お前は怒るかもしれんが、先生は、夏未もそんな悪い奴とは思えんのだよ。
この前、学校から帰る途中に夏未を見かけたんだが、横断歩道を渡り損ねてた小学生を見つけて、その子のところに走り寄ると、車を止め、その子の手を引いて横断歩道を渡らせてやってたんだ。
それと、父親の関係でかもしれんが、いろいろな恵まれない子供たちの施設を慰問してボランティアしたりもしてるんだ。そんな、一面もあるんだ。
だから、今回の一件も、お前たちの行った女生徒を顔の良し悪しで評価するやり方に腹が立って、その怒りが、たまたま、そこで一位になっていたまどかに向けられたんじゃないかと……それだったら、少し、時間をおけば、この一件は自然と収束するんじゃないかと思うんだけどな……」
僕は、そんな先生の消極的な案に納得はいかなかったが、しかし、それ以上のうまい解決方法も思い浮かばず、事を荒立てないまま、時間に解決させる方法に渋々同意した。
「分かりました。夏休み明けまで待ってみます」そう言って、頭を下げ、その部屋を後にした。後ろで先生が「すまんな……」と言っていた。




