左頬の痛み
「えっ!?……」
僕の答えを聞いたまどかは、あまりの自分の想像との開きに、それ以上の言葉が出なかった。
「えっ!? 今、何て言ったの?」
まどかは、自分の聞き違いではないかと、再度、僕に確認した。
「中学二年の時!」僕は、やけくそになって、大声でそう言った。
それを聞いたまどかは、しばらく声が出なかった。
やがて、まどかは自分の声を絞り出すように「ウソでしょ……?」とだけ聞いた。
「ウソじゃない……」僕は、泣きたい気持ちで小さくそう言った。
その僕の答えに、まどかは、今度は強い口調で「……『中二』って……中二のいつからよ!?」
完全に、先ほどの穏やかに話していたまどかとは、違っていた。
僕は、眠気が襲ってきていたこともあり『もう、どうにでもなれ!』と、やけになって、本当のことをぶちまけた。
「中二の時に、お前が、盲腸で入院していた時……お前の家にお前の学校の届け物を持って行った時!」そう、はっきりと言った。
その僕の答えを聞いて、まどかは明らかに動揺し、そして再び、沈黙が続いた。
「なんで……?なんで、あの時……どちらが……どちらが、先に誘ったのよ……?」まどかの質問は、次に移った。
その答えには、僕も躊躇した。
おばさんに、『誘惑されたような……?』『僕が襲ったような……?』
どちらにしても、まどかに言える話ではなかった。
僕は、小学校の時、リョウちゃんのお母さんに、お風呂場を覗いたことを問い詰められた時のように、うなだれて、下を向いて黙った。
「答えてよ……はっきりと……」まどかは、黙ってしまった僕を責めた。
「いいわよ、あなたが答えないんだったら……ママに聞くから……」
その、まどかの言葉を聞いて、まどかへ許しを請うことへの気力さえ失くしていた僕は、
「僕が、おばさんのこと抱きしめたんだ。『おばさんのことが好きだ』って」
「えっ!?……」 まどかは、その僕の返答を聞き、小さくそう言うと、再び沈黙した。
しばらく、二人の間には、さらなる重苦しい空気が流れた。
そんな中、やっとまどかが口を開いた。
「それなら、なぜ、私と付き合ったのよ……?」
もうすでに、僕の頭の中の思考は完全に停止していた。
襲い来る睡魔の中「それは、お前が誘ったから……」
いかなる場合でも、絶対に口にしてはならない『禁句』であった。
「パシーン!」
僕の左頬に、眠気を一気に吹き飛ばす、冷たい痛みが走った。
「サイテイ!」
顔を、上に向けると、そこには、目に涙をいっぱい溜めたまどかの姿があった。
「ケンジ君が、そんなこと言う人だとは思わなかった!……さよなら!!!……」
それだけ言うと、まどかは、寮の方へ駆けて行った。
正気に戻った僕は、ブランコから立ち上がり「まどか……」と言って、右手を差し出したまま、そこから動くことができなかった。




