地獄への階段
その後、下を向いて泣き続けたおばさんは、突然顔を上げ、その場に立ち上がった。
「どうしたの……?」僕は、恐る恐る、おばさんに声をかけた。
おばさんは、そんな僕の問いかけには何も答えず、自分のコートを着始めた。
コートを着終わると、僕の方を『チラッ』と見て、「とりあえず、まどかの寮に行ってみる」と言った。
時刻は、寮の門限を大きく超えた、深夜の2時過ぎだった。
門限で寮には入れないことを知っているまどかが、寮に戻ったとは到底思えなかったが、そんなことを口にすると、またしてもおばさんの怒りを買うと思い、黙っていた。
そして、「俺も行っていい?」とおばさんに訊ねた。
おばさんは、最初黙っていたが、部屋を出る時に、こちらは見ず「好きにすれば……」と言った。
僕は、その言葉が、おばさんの承諾と思い、自分もコートを着ると、おばさんについて、部屋を出た。
アパートの階段を降りる時、ふとその階段が地獄へ続く階段のように感じ、そこを転がり落ちる自分の姿が見えたようで、冬の夜風のせいだけではなく、得体のしれない恐怖に思わず身震いをした。
僕は、小さな声で「おじゃまします」と言って、おばさんの自動車の助手席に乗り込んだ。
夜中の、空いた道路で、しかもほとんどの信号が点滅に変わっていたため、昼間だと車でも30分近くかかるまどかの寮へも、10分足らずで到着した。
おばさんは、道がよく分かっていなかったので、僕が道案内をした。
先ほどは、僕がついて行くことを「好きにすれば」と、投げやりな物言いだったが、本当は、不安でついてきて欲しかったに違いないと、僕は勝手に思った。
おばさんは、まどかの寮に着くと、車を寮のすぐ前にある公園の駐車場に止めた。
そして、二人で寮まで歩いて行き、寮の駐輪場を見た。
やはり、まどかの単車はそこにはなかった。
僕たちは、一旦、車に戻った。
車の暖房をかけるため、キーを入れて回そうとしたおばさんは、その手を止め、キーを抜いた。
「まどかちゃん、寒い中、どこに行ったんだろう……?」そう言うと、再び、顔を伏せて涙を流した。
僕は、そんなおばさんを、黙って見守るしかなかった。
僕たちは、そのまま、その寒い車内で、お互いの身体に触れることも眠ることもなく、朝まで過ごした。
新聞配達の単車の音が聞こえるたびに、おばさんは車から降り、音のする方に目をやった。
僕は『単車の音が違う』と思いながらも、おばさんが車から降りるたびに、それに付き合い、車から降りては乗るを繰り返した。




