不幸の始まり
クリスマス・イブの朝、まどかは「ゴメンね。今晩は一人で寂しいけど、いい子でおとなしくしてるのよ」そう言って、笑いながら僕の頭をなでて家を出て行った。
僕は、一人で、今晩何をしようかと考えていた。
仲のいい友人と飲みにでも行こうかと、何人かに電話をかけたが、みんな、家に帰っていたり、彼女とのデートで忙しかったりと、飲みに付き合ってくれる奴はいなかった。
昼間ダラダラと、コタツに入ってテレビを見ながら時間をつぶした夕方、玄関の呼び鈴が鳴った。
玄関ドアを開けると、そこにはまどかの母親が『ニコニコ』して立っていた。
僕は、あまりに久しぶりの突然に驚いて「どうしたん?」と訊ねた。
おばさんは「明日の夜、まどかの部屋に泊って、次の日まどかを連れて帰らないといけないから、一日早く来て、久しぶりにケンジ君に会おうかと思って……」そう笑顔で言った。
「今日は、クリスマス・イブだから、もしかすると彼女とデートでいないかとも思ったんだけど……もし、誰かと約束あるんだったら、私、自分のホテルとるから……」
『今晩なら、まどかは帰ってこない』そう考えた僕は、「いや、今晩、なんの予定もなくて、寂しいイブをどう過ごそうか考えていたとこなんだ。ただ、ちょっとだけ待って」
そう言うと、僕は慌てて部屋に戻り、まどかと二人で撮った写真が入ったフォト・フレームなど、まどかの存在が分かる物を、片っ端から片付けて押し入れの中に放り込んだ。
「お待たせ、どうぞ中入って」僕は、おばさんを部屋に招き入れた。
すべての間違いは、この時に始まっていた。
「どうしたの?何かまずいものでもあったの?」
感のいいおばさんは、すぐに部屋の中に自分を招き入れなかった僕の行動に対して質問をした。
「うん……まあ……」
「ふーん」おばさんは、それ以上、追及はしてこなかった。大人の対応である。
「今夜、イブなのに、彼女との予定とか、本当にないの?」おばさんは、僕の夜の予定を再度確認した。
「うん、本当に何もなくって、『つまんないなー』って考えていたとこなんだ……」
僕も、先ほどと同じ返答をした。
「それなら、よかった。本当は、ここに来て、ケンジ君の彼女がいたらどうしようかと、迷ってたんだけど……」
「これ、神戸のお菓子。よかったら食べて」そう言って、おばさんは、持っていた袋を僕に渡した。
僕は、『まどかに見つかるとまずい』と思いながらも「ありがとう」と言って、そのお土産を受け取った。
それから、おばさんは、コタツに入り、今日ここまで来たルートについて話し始めた。
「昨日の深夜に、神戸から高松までのフェリーに乗って、朝、フェリーを降りてからは、私が一人でここまで車運転してきたのよ。本当に遠いわね……明後日も、まどか乗せて同じ道を逆戻り……まー帰りはまどかがいるから、来るときみたいに、退屈じゃないと思うけど……やっぱり、遠いわ……」
その後は、引っ越しをして、神戸に行ってからの話を始めた。
神戸での生活は、結構充実していて楽しそうだった。
「早く、離婚しとけばよかった」とも言った。
おばさんは、一通りの話が済むと「ケンジ君、ここ、お風呂は?」と僕に訊ねた。
「安アパートなのに風呂なんてないよ。いつもは近くの銭湯に行ってる」と答えると、「それじゃ、二人で、温泉に行こうか?」とおばさんが言い、おばさんの車で、その町にあった有名な温泉に行くことになった。
僕たちは、おばさんの車で、近くのファミレスに行き、夕飯を済ませた後、温泉に行った。
温泉を出ると、おばさんは「どこか、夜景のきれいなところへ行こう」と僕を誘ったが、自分のアパートで、一刻も早く、おばさんと繫がりたかった僕は、そのおばさんの誘いを断り「アパートに帰ろう」と言った。
この後起こる、最大の不幸は、この時の僕の言葉がなければ……素直に、おばさんの誘いに応じていれば……もう少し、違っていたのかもしれない。




