想定外
僕たちは、驚いて、即座にお互いの身体を離した。
「おーい、いないのか?」
男の人の大きな声が聞こえた。
「主人が帰って来た……」
明らかに、おばさんは動揺していた。
「ケンジ君、早く服着て前の部屋に行って」
僕は、その時、自分の服は一枚も脱いでいなかったのに、やはり、おばさんは動揺していた。
僕は、言われるまま、寝室を飛び出し、座卓のある部屋に行って、何事もなかったかの様子で座った。
おばさんは、急いで、ブラジャーを直すと、自分のブラウスの前ボタンを閉めながら玄関に走って行った。
まどかのお父さんが帰って来たのだ。
「どうしたの?今日は早かったわね?」
「明日から出張になったんで、準備をしに戻って来たんだ」
そんな会話が玄関先から聞こえてきた。
「ん……?誰か来てるのか?」僕の靴を見つけたおじさんがおばさんに訊ねていた。
「うん、前の家のケンジ君が、まどかの学校の届け物を持って来てくれたの」
おばさんの返答は、焦ってうわっずっていた。
「それなのに、玄関の鍵、閉めてたのか?」おじさんは、もっともな疑問をおばさんにした。
おばさんは、ドギマギした口調で「そうね、いつもの癖で……」と返答していた。
おじさんは、そんなおばさんの適当な返答を少しも気にかけた様子もなく「そうか」とだけ言うと、僕のいる部屋にネクタイを外しながら入って来た。
まさか、こんな中学生のガキと自分の妻が昼間っから浮気をしているなどとは、夢にも思わなかったに違いない。
正座をして座っていた僕は、おじさんが部屋に入ってくると「こんにちは、お邪魔してます」と言って、座ったままお辞儀をした。
それを見たおじさんは、「ああ、こんにちは、まどかの届け物をしてくれたみたいだね。ありがとう」と、そっけなく言った。
そして、そのまま、僕の方を見ることもなく、隣の部屋に入って行った。
おばさんも、おじさんの脱いだ背広の上着を持って、僕に「ゴメンね」とだけ言うと、ドタバタと、おじさんの入った部屋に入った。
「ボストンバッグはどこに仕舞ってあるんだ」そんな、おばさんを叱責するような大きな声が、僕のいる部屋まで届いた。
僕は、いたたまれなくなり「それじゃ、僕、失礼します」と言って、立ち上がった。
その声を聞いて、また、おばさんが僕のいる部屋に戻って来た。
「ケンジ君ごめんね」おばさんの顔は、明らかにうろたえていた。
先ほどまでの、冗談を言う余裕は、もうどこにも残っていないように見えた。
それでも、玄関まで、僕を見送った別れ際には、
「明日も、来てくれる?明日の夜は、主人いないから……出来たら泊まって」と小さな声で言った。
その言葉を聞いて、僕は早速、母につく嘘を考えていた。




