プラトニック・ラブ
そんなことがあった次の日、僕は、いつものように学校へ行くために家を出た。
坂を下りて、まどかとの待ち合わせ場所である四つ角に来たが、そこにまどかはいなかった。
『まだ、来ていないのか?』と思い、しばらく、そこでまどかを待ったが、やはりまどかは現れず、ギリギリの時間になったので、一人で、学校へ向かうことにした。
『やっぱり、昨日のことを怒っているのかな?』そんなことを考えながら学校への道を歩いていると、中学校の時、まどかが盲腸の手術痕を見せてくれた路地から、ひょっこり、まどかが姿を現した。
僕は、驚いて「なんだ、いたのか?」とそっけない対応をした。
「『なんだ、いたのか?』は、ないでしょ? せっかく、待っていてあげたのに」まどかは、少し、ふくれっ面で、僕にそう文句を言った。
「いや、昨日のこと、まだ怒っているのかと思って……」僕は、そのそっけない言い方の言い訳をした。
「そりゃあ、怒ってるわよ……ケンジ君が、聞き分けないんだもん……でも、まどかも、あんな言い方して、反省してる……ごめんなさい」まどかは、たぶん、僕の意識の中ではぜんぜん悪くはなかったにもかかわらず、そう言って僕に謝った。
そんなまどかに、僕は自分が恥ずかしくなり「俺の方が、悪かったんだよ」と言って、頭を抱き寄せると、そのいい香りのする髪の毛をなでた。
「ケンジ君……まどかさー 昨夜、少し考えたんだけど、しばらく、アレなしでケンジ君と付き合えないかな~と思って……」
僕は、まどかの言っている『アレ』が、何を指すのかはすぐに分かったが、あえて訊ねた。
「『アレ』って?」
それを聞いたまどかは、下を向いて恥ずかしそうに「『アレ』って言ったら、『アレ』だよ…… ケンジ君が、いっつもまどかに求めてくるエッチなこと……」
そんなありがたくもない、まどかの提案に、僕はすぐに反応した。
「なぜ!?」
まどかは、しばらく黙っていたが、やがて、その重い口を開いた。
「だって……あんなこともあったし……それに、ママが、私のこと心配して言ってくれたことも、分かるの。ママにしてみれば、公園で、私たちが帰って来るのを待って、あんなこと聞くなんて、それなりに、タイヘンだったと思う。だから、そんなママの気持ち考えると、やっぱり、裏切れないなーというか、裏切るといけないなーと思って……」
僕は、そんなまどかの思いを聞き、頭の中では納得しながらも、やはり『セックスはしたい!』という、単純で邪悪な男の欲望を断ち切ることはできなかった。
「だって、まどかのこと、愛してるから……その延長線上に、まどかを抱きたいっていう気持ちもあるんだから……」僕は、おおよそ適当なことを言ってまどかの提案に抵抗した。
ただ、やはり、昨日、自分の母親をも言い負かしたまどかの方が一枚上手だった。
「まどかのこと、愛してるんだったら、まどかのお願い聞いて……」
そう言って、僕の腕にすがり、甘えた。
「……」僕は、即答ができず、黙った。
「そんなに、長くなくていいの。三年生になるまで……ううん、そこまでケンジ君が『我慢できなーい』って言うんなら、次のバレンタインか、冬休みになるまででもいい。……だから、それまでは、『プラトニック・ラブ』ってことで……お願い……」
そう言って、まどかは僕に両手を合わせて懇願した。
「それくらいなら……」とうとう、僕は、まどかの提案を受け入れざるを得なくなった。
先週までは、ほぼ毎回、二人だけの時間は、問答無用で繋がりを求めていた僕に、それができるか自信はなかったものの、仕方のない選択であった。
それから以降は、学校が終わってからウチの購入した隣の家の部屋に来ても、お互いに、その日あった話をしたり、宿題をしたりするだけで、それだけで、まどかは嬉しそうに自宅に戻って行った。
最初こそ、キスだけは許してくれていたが、それさえ、その後、僕が興奮して、まどかの胸や大事なところをまさぐり始めるので、許可してくれなくなった。
そのため、僕たちは、完全に、まどかの言う『プラトニック・ラブ』を、しばらくの間、続ける羽目になってしまった。
しかし、次の週には、その『プラトニック・ラブ』の場さえも取り壊されることになっており、僕の中では、『約束を守らなければ』という気持ちと、『自分たちの愛の巣が、もう無くなってしまう』という焦る気持ちとが、交錯し始めていた。




