頼まれごと
プロローグ
僕が中学2年になる時に、リョウちゃんが引っ越しをしてしまい、好きだったリョウちゃんのお母さんが僕のそばからいなくなってからというもの、僕は空気の抜けた風船のように、ふらふらと、ただ無気力に毎日を送っていた。
中2の1学期がもうすぐ終わるというある日、僕は隣のクラスの先生に呼ばれて職員室に行った。
特に隣の先生に呼び出されるような何かが思い当たるわけでもなく、悪いことをした覚えもなかったので、まさか怒られることはあるまいと、職員室のドアを開けた。
「失礼します」
僕は、少し緊張気味に、入り口で一礼し、僕を呼んだ2年2組の山中先生のところに行った。
この先生は、女性の先生で、中年ではあったが、なかなかの美人で、年上の大人の女性好きだった僕は、先生が受け持つ国語の授業中は、リョウちゃんのお母さんとのことを重ね合わせながら、ずっと視姦してあらぬことを妄想したりもしていた。
そんな、好きな女性の先生からの呼び出しだったので、『もしかして、コクられる・・・?』などという、絶対にありえないことも考えながら山中先生の前に立った。
「あぁ、ヒカル君。ゴメンね、お呼び立てして……君って、たしか伊藤まどかさんの家の近所だったよね」
『伊藤まどか』とは、僕と同級の幼馴染で、リョウちゃんと同じように、僕が小学校3年の時にウチの前の家に東京から越してきた子だった。
まどかは、都会っ子らしく垢抜けした男勝りのお転婆で、僕には、とても魅力的で、家もすぐ前だったこともあり、小学校の頃はよく一緒に遊んでいた。
「今日ね、お母さんから電話があって、盲腸になって入院したらしいの。だから、悪いんだけど今日の授業のプリントと給食を彼女の家に届けて欲しいんだ。先生も、明日か明後日には一回病院にお見舞いには行こうと思うけど、今日は職員会があって行けそうもないから……悪いけどお願い」
その話を聞いて、『そういえば、今朝学校へ来るとき、彼女とは会わなかったな……』と思った。
「それくらいのことなら、いいですよ。まどかの家はウチのすぐ前だから」
僕は、先生の頼みをすぐに引き受けた。
「本当?ありがとう」
そう言って先生は、用意していたプリントと給食のコッペパンを僕に手渡した。
「できれば、お母さんに、伊藤さん、どんな様子か聞いて、明日教えてくれるとありがたいな」
僕は「分かりました」と言ってお辞儀をし、職員室を出た。