後編
身を清めて新しい衣服を着たペアルズ夫妻は輝く目で私を見てきた。
「まあまあ、あの子がこんなに立派になって。母親として嬉しいよ。ねえ、あんた」
「ああ、ほんとうにな。一生懸命育てた甲斐があったってもんだ」
二人は都合のいいことを好き勝手しゃべる。
腹立たしさで気が狂いそうになる。
「あんたたち、私に何をしたのかきれいさっぱり忘れているのね」
私が言うと彼らは誤魔化すように笑った。
「いやほら、ね。立派な人間になるようにと厳しく育てただけさ」
「そうそう、そのおかげでお前は領主の妻にまでなれただろう? その恩を今返すべきさ。そうさ、お前は娘として俺たちに報いる義務がある!」
ペアルズの旦那は閃いたように言った。奥方は感心するように旦那を見つめた。
「そうだよ。お前は私たちに恩があるんだ! しっかり返してもらわないとね!」
ペアルズの奥方はさきほどまでのしおらしさが一変し、尊大な態度で私に言った。
「恩? 恨みはあるけれどそんなものはないわ。あんたたちは私に字を教えてくれた? 礼儀作法を教えてくれた? 愛情を注いでくれた? ないでしょう? あんたたちが私にくれたものは、地獄だけよ! 今からそれを思い出させてやるわ。リア、こいつらに雑用をすべてやらせて。怠けたり、逃げようとしたら棒で叩いていいわ」
私の言葉にペアルズ夫妻は震え上がった。
「ひぃっ! やめとくれやめとくれ。行き倒れたあんたを助けたのは私たちなんだよ。いきすぎた躾はしたかもしれないけど、助けた恩は返すべきじゃないかい?」
「そ、そうさ。それにお前に酷いことをしたのは街の連中だ。あいつらは自分の罪をお前に擦り付けて暴行していたんだ。わしらは逆らえなかったんだ」
必死で弁明をする彼らに私は胃のムカムカが収まらなかった。
「この期に及んで責任転嫁? あんたたちは謝罪という行為さえできないのね」
私が吐き捨てると、そこで二人は顔を見合わせた。
もたつきながら二人は平伏すると、初めて謝罪の言葉を口にした。
「すまなかったねえ。このとおりだ。許しておくれよ。本当に済まなかった」
「そ、そうだ。わたしらは反省している。このとおりだ。どうか許してくれ」
ぺこぺこと頭を下げる奥方の頭に私は靴底を押し付けた。
「な、なにすっ……ぐぅ」
「なにをするですって? いつもやっていたことじゃない。謝罪して許しを乞う私にあんたたちが、こうやって頭を足で踏みつけて……それから蹴とばすんだったわねっ!」
私は容赦なく蹴りを奥方に入れた。
床に転がる奥方を旦那は恐怖にひきつった顔で見ている。
奥方はうめき声をあげたまま、動かなかった。
「寝たふりをしてもダメよ。気絶したって許さないんだから! あんたが私にしたように起こしてあげる」
私がいうと奥方は跳ねるように体を起こし、そのまま立ち上がって走り出した。
旦那はそれを見てすぐ立ち上がると後を追う。
「マリーティア様。いかがなさいますか?」
「玄関を開けて大通りに逃がしてやって」
私はそう言って彼らの後をゆっくりと追った。屋敷に不案内な彼らは来た道を引き返すしかない。正面玄関を通り抜けると大通りがある。
人の往来が激しい場所は、捕り物にはもってこいだろう。
私は外に出た。
大通りに二人の背中があるのを確認してから大きな声で叫ぶ。
「誰かそのものを捕まえよ! そのものたちは領主の妻たる私に無礼を働いた!」
私の声を聞いた街の人々は蟻が砂糖に群がるようにわっと彼らを取り囲んだ。逃げる足を踏みつけ、もがく腕を握った。どこからか持ち出したロープで荷物を縛るように巻きつけ、半時もたたないうちに私の前に二人を連れてきた。
「ご領主さまの奥様。ど、どうぞ」
街の人々は私の顔色を伺う。その顔はだれもかれも見知った人間だった。恐怖に震える彼らに私は笑いかけてやった。
「ご苦労様、よくやったわ。これは褒美よ。とっておきなさい」
私はイヤリングを一つ外して放り投げた。
彼らは我先にと掴みかかり、乱闘が始まった。
私はそれを背にし、騎士に命じて繋がれた二人を屋敷に連れてこさせた。
人々から暴行を受けて真新しい傷をつけた彼らに私は笑った。
「ぶざまねえ。でもこれでわかったでしょう? アンタたちに逃げる場所なんてないのよ。ここで私に懺悔をして生きていくしかないの。それが嫌なら元の生活に戻るといいわ」
私がにこやかにペアルズ夫妻に笑いかけると、彼らは泣きながらここにいさせてくれと懇願した。小娘一人の折檻と屈強な男衆からの暴力は非にならない。ここで私に蹴られて殴られた方がマシだと考えたのだろう。
「わかったわ。それじゃあ、ここで楽しく過ごしましょうね」
私はそう言って二人を蹴り上げた。
昔、私もあいさつ代わりに蹴られたことがあった。どうしてそんなことをするのとずっと疑問だった。でも今は分かる。
「蹴ったり殴ったりすることに意味はなかったのよね。ただ楽しかっただけなのよね。面白半分に人間を壊すあんたたちに反省を求めたのが間違いだったのよ」
私がくすりと笑う。
ペアルズ夫妻は床に頭を擦り付けて何度も何度も謝ったが、私の心はぴくりとも動かなかった。
その夜は素晴らしい晩餐会だった。
二人にはとっておきの犬皿にスープを入れて地べたで食べさせた。
その様を見ながら私とゲオルクはテーブルの上で優雅に食事を頂く。
「マリーティア。体調は大丈夫かい?」
ゲオルクは心配そうに私を見る。
「すこぶる元気よ。ゲオルクは……気分が悪そうね。食事が終わったら寝るといいわ。父直伝の薬湯を作ってもっていくわね」
「ありがとう。楽しみにしているよ」
私が微笑むとゲオルクは小さく微笑む。だが、元気がない彼に私はとても心配になった。食事を早々に切り上げ、私は彼のために薬湯を作って部屋に持っていった。
「ゲオルク。具合はどうかしら? 薬湯、熱いから気を付けてね」
私はカップを彼の口元に持っていった。
彼は素直にこくこくと飲み切ると私を抱き寄せた。
「愛してるよマリーティア。愛してる……」
悲痛な響きで叫ぶゲオルクに私は胸が張り裂けそうになった。
「どうしたのゲオルク。わたくしも愛しているわ。あなたが好きよ」
カップをサイドテーブルに置き、私もゲオルクの身体に腕を回した。
温かい体と菫の香りが私の心と体を癒していく。まるでゆりかごのようなひと時に私はうとうとと眠くなっていった。
気づけばぐっすりとそのまま寝てしまっていた。
朝起きるとゲオルクの目と合って私の胸がどきりと驚く。
「ゲ、ゲオルク……。びっくりしたわ。わたくしの顔を見ていたの」
「うん。とても可愛かったよ」
ゲオルクが邪気のない顔で微笑む。
悪意に染まらない彼の笑顔を見ると私は幸福感に包まれる。怖いことも辛いことも何もない場所なのだと改めて安心するのだ。
朝食は二人だけで部屋でとった。
最近読んだ本の話や、二人で旅行した外国の話など心から楽しめる話題だった。
私はあまりの楽しさに時を忘れていたが、執事が飛び込んできてゲオルクとの時間は終わってしまった。
「申し訳ありません。奥様。旦那様にお城に戻って頂きませんとお仕事がたまるばかりでございます」
申し訳なさそうに新婚夫婦に謝罪する執事は汗だくだった。
彼としても主人の幸せな時間を邪魔したくなかっただろうが、領地運営に力を入れているゲオルクを考えて、憎まれ役を買って出たのだ。
私にもそれくらいわかる。
「お仕事でしたら残念ですけど仕方がありませんわね。次に会える日を指折り数えておりますわ」
私がゲオルクの頬にキスをすると彼は嬉しそうに笑った。
他愛ない話をしながら私は彼のために服を選び、使用人のまねごとをして彼に着せた。
「君は僕の奥方なんだから、そんな真似をしなくていんだよ」
ゲオルクはそう言ったが、私はにこっと笑った。
「もうすぐでお別れなんですもの。最後まで独り占めをしたいわ」
ゲオルクが行ってしまうのはとても寂しかった。私も城に戻ろうかと思ったほどだ。名残惜しさにゲオルクの胸に頭を擦り付けると彼は頭を優しく撫でてくれた。
「はは、嬉しいことを言ってくれるね。僕も名残惜しいよ。君が一緒に来てくれたら僕はとても嬉しいんだけど、どうだろうか」
ゲオルクの言葉はとても魅力的だった。
しかし、私は首を振った。
「そうか、わかった。それじゃあね」
ゲオルクは仕方ないとばかりに笑って従僕を引き連れて馬車に乗り込んだ。
彼の馬車が見えなくなるまで私はずっと手を振った。
ゲオルクが行ってしまった後、私に寂寥感だけが残された。
ぽっかりと空いた胸の穴を抱えながら、とぼとぼと帰路に就いた。
すると前方から一人の男が荷車を引いているのに気付いた。赤毛の巻き毛の青年だった。
一瞬、私の身体はびりびりと痺れた。鼓動が早くなり、冷や汗が出る。だが、その次にきたのはどうしようもない怒りだった。
「リア。騎士たちに言って彼を捕まえさせて、広場に連れて行って」
私が言うとリアはそのようにした。
騎士たちに連行された彼らは怯えながら私を見た。
人通りのある広場では男たちの叫び声で人が集まり、私たちの周りを円形状に囲み始めた。
「久しぶりねケイン。ずいぶんと元気そうじゃない。きれいな肌をしているわ。殴られたこともないのね。うらやましいわ」
私が微笑むと赤毛の男はぶるぶると震えた。
「すみませんごめんなさい……ごめんなさい……」
狂ったように謝る彼の声を聞きつけ、一人の老婆が飛び込んできた。すいぶんと顔が変わったが、ケインの母親だった。
「この子は何も悪くありません!! 解放してください!!」
老婆は敵意を込めて私を睨んだ。
私は真正面から睨み返してやった。
「子を守ろうとする気概は立派だわね。でも、それと同様に躾はしっかりした方がいいと思うのよ。あなたがしないから私がしてあげているだけよ」
私が言うと老婆は息をのんだ。
「……躾は家できちんとします。だから解放してください」
再び私を睨む老婆に笑うしかなかった。
「そう、家でしつけてくれるなら解放してあげるわ」
私の答えに老婆は顔を輝かせた。その顔を見て私はさらに言葉を続ける。
「アハハハ。どんな躾をするのかしら。ちゃんと棒で叩くんでしょうね? ムチも使わなきゃだめよ。血が出るまでちゃんと躾てね。あとでちゃあんと確認しに行くから、手加減はしちゃだめよ」
私が煽るために抑揚をつけて言うと、老婆は悔しそうに私を睨んだ。
「この悪魔っ! お前たち、この女の横暴を許していいのかい!? あんたたちだっていつかこの女に殺されちまうよ! それでもいいのかい!?」
彼女は声を張り上げた。
街の人々は彼女の言葉にぎょろりとした目を私に向けた。
「そ、そうだ。この女は俺たちに復讐しに来たんだ……」
「いずれあたしたちも、棒で殴られて殺されちまうなら、いっそのこと……」
ゆらゆらと亡霊のように彼らは私に向かう。
私は薄い笑みを浮かべて見つめていた。
暴徒となった彼らが私に飛び掛かった瞬間、血しぶきを上げて彼らは地面に沈んだ。彼らの背中にはおびただしい矢が撃ち込まれた。
息のある者が振り返り、高台に配置した弓兵を見つけて悲鳴を上げた。
「ばかねえ。領主の妻が単身で出歩くわけないでしょうが。ここは私のためにゲオルクが与えてくれた場所なのよ。私に万に一つの危険もない」
人々に言い聞かせながら、私はふと甘い感情が蘇った。
『ゲオルクが私のために用意した場所』その響きが甘露を私にもたらす。私一人だけでは絶対に復讐ができなかった。彼がいたから私は怒りのまま彼らに暴力を振るうことができるのだ。
ゲオルクの愛を感じながら、私はうめき声を上げて苦しむ彼らに微笑みかけた。
「私に牙をむいた者を反逆罪として処刑するわ」
朗らかに言う私に人々は悲鳴を上げる。
「お、お許しください。お願いです。お願いです!」
「魔が差しただけです。申し訳ございません!」
彼らは痛みに呻きながら、私に謝罪をした。
それも当然だろう。反逆罪は重罪でその罰の恐ろしさは筆舌しがたい。死ぬ直前まで首を吊るし、腹を裂いて臓腑を引き出し、四肢を切断して最後に首を切るのだ。私は見たことがないが、その苦痛は想像を絶する。
私が受けた屈辱とようやく釣り合うというものだ。
「そうね。今日は気分がいいから全員を処罰するのはやめておきましょう。だけど、民を先導したお前は許さないわ」
私は老婆を睨みつけた。
彼女は縮み上がり、平服して何度も許しを請うた。
「申し訳ありません。私が間違っておりました。申し訳ありません」
恐怖にさらされた彼女は、延々と謝罪の言葉を繰り返す。
「お願いです。母を許して下さい。僕を守るために間違いを犯したのです。その母心に免じてどうか許して下さい」
ケインも涙を流して言う。
私はそれを笑い飛ばした。
「ほほほ。お前の謝罪に何の意味があるというの? お前の母心は自分の息子の罪を人に擦り付けることを指すのかしら? おかげで私は棒切れで叩かれて鞭で打たれ、ひどい暴行を受けたわ。お前の言う母心というやつで私は苦しんだのよ!」
私はケインの頬を殴った。鈍い痛みが拳に響き、石をぶつければよかったと後悔した。
ケインは痛みに呻いた。
老婆は立ち上がって縛られたままのケインを抱きしめた。
「おお、おお。可哀そうに可哀そうに。奥様! どうかケインだけは許してやってくださいませ。必ず私が言って聞かせますから」
老婆がケインを思う涙に私は胸が締め付けられた。
殴られ、叩かれた私に誰一人そんな涙を流した人はいなかった。理不尽さと妬ましさが私の中で怒りを増幅させた。
「だめよ。そんなの不公平だわ。罪を犯したのなら、その罰を受けなければ! でないとなぜ私が打たれていたのか説明がつかないわ」
私はぎろりと老婆を睨むと老婆は泣いた。
ケインはしゃくりあげながら、謝り続けた。
それでも私は怒りが収まらない。
「リア。処刑の準備を始めて、老婆は反逆罪。ケインは処刑を妨害した罪よ!母心とやらに免じて凌遅刑は免じてギロチンによる処刑にしてあげるわ」
私が言うとケイン親子は悲鳴を上げた。
請願する声がいつしか私に対する侮辱に変わった。
「お前なんてあの時殺しておけばよかった! 街の厄介者の分際で貴族面するんじゃないよ! おいでケイン! 逃げるよ!」
老婆は木に括りつけられた息子を外そうと皺だらけの指で一生懸命縄を剥いだ。
私はその顔を思いっきり足で蹴り倒した。
「前言撤回するわ。今日は気分が最悪だから、この場にいるものをすべて反逆罪で処刑する。凌遅刑を覚悟せよ! すぐに引き立ててなぶり殺しなさい!」
私がそう叫ぶと控えていた騎士たちが人々を次々に捕え始めた。
人々は泣き叫び、老婆は一転して謝罪を繰り返したが私は睨みつけるだけで何も答えなかった。
その日の昼、おびただしい血が広場に流れた。
「できるだけ苦しむように殺してちょうだい」
私は執行人にそう注文した。ロギーと名乗る優男は元々さる貴族の御曹司だったが、血を何よりも好む性格から栄光ある未来を捨てて拷問官に志願した変わり種だ。凌遅刑は残酷すぎるので、執行人の中には手心を加えるものが多い。
首吊りの時に息の根を止め、その後の刑を苦しませないようにするのだ。
私はそれを危惧し、血を求めるロギーをわざわざ北の領地から来てもらった。
「嬉しいわあ。凌遅刑って最近全くなくて、あっても苦しませないようにとかそういう注文ばかりだったからずっと欲求不満だったのよねえ。奥様ありがとう。腕によりをかけて執行しちゃうわぁ」
独特のイントネーションを取る彼は綺麗な笑顔で請け負ってくれたのだ。
おかげで私は憎悪の対象の苦痛をできる限り長い時間楽しむことができた。
凄惨な処刑だったが、ロギーのおかげで滞りなくすんだ。
「いい腕ね。ここは私の狩場だから、街の人間なら誰でも好きに解体していいわよ」
「それはダァーメ。ちゃあんと刑罰が決まってからやるのが私の流儀なのよぉ。私なりの美学だからそこのところはヨロシクね。その代わり、刑罰が決まったのならご注文通りに仕上げるわぁ」
ロギーは屈託なく笑った。
頼りになる執行人のおかげで、私の復讐は順調に進んだ。
人々はほとんど往来を歩かなくなり、私と目が合いそうになるとそそくさと家の中に入った。
ひと時の気も休まらない日々を彼らは送っているのだ。昔の私のように。
いくつもの夜が過ぎた。
ある夜、轟音が屋敷を襲った。
「リア。一体何事かしら?」
私がリアに尋ねると彼女は見てきますと言って階下に行った。しばらくして騎士を引き連れたリアが戻ってきた。
「反乱です! 街の人々が武器を持ってこの屋敷を襲っています」
リアの言葉に私は笑いが噴出した。
「あらあらそうなの。それじゃあ、狼煙をあげてね。街を取り囲んだ一個大隊がすぐに奴らを捕えてくれるわ」
私がいうと騎士は返事をして階下に降りて行った。
騎士たちは小さい街にすぐさま流れ込み、暴徒を取り押さえた。
私は反乱に参加していない者を退避させたあと、街に火をつけた。
街一つを消すのはそう簡単なことではない。だが、『反乱』が起きたのなれば別だ。私はずっとこの街を焼きたかった。すべて消したかった。そうすれば、きれいなゲオルクにやっと釣り合えると思ったからだ。
「マリーティア! マリーティア! 大丈夫か!」
ふいに名前を呼ばれて私は驚いた。
見ると甲冑姿のゲオルクが血相を変えてこちらに駆けてくる。
「まあ、ゲオルク。会えて嬉しいわ!」
私がゲオルクに抱き着くと彼は悲しい顔をした。
「あら、どうしたのゲオルク。お腹でもいたいの?」
「いいや、なんでもないよ。それより、君は大丈夫かい?」
「ええ、もちろんよ。それにあなたのおかげでようやく私は自由になれるの。見て、こんなに真っ赤に燃えているわ。私の嫌な過去がこんなにもきれいに」
私は窓の外を指さして燃え盛る赤い火を見せた。
ゲオルクはぎゅっと私を抱きしめ、肩口に頭をうずめた。
「ゲオルク? どうしたのゲオルク。悲しいことでもあったの?」
辛そうなゲオルクに私は困惑してしまう。
大好きな彼が悲しそうに、辛そうにするたびに私は胸が張り裂けそうになる。そんなとき、私は彼に愛を伝える。彼の愛で私は元気になれたから、その思いを告げるのだ。
「大丈夫よゲオルク。心配しないで。大好きよゲオルク。愛しているわ」
だから、どうか笑って。