守護する歯車
周囲の歓声が高まり、戦いは人間側の士気が優位に高まってきた。
私は地面に着地し終えると、即座に伸びてきたミラーの大量の腕を躱していく。
士気の優位とは言ったものの、こいつらミラー共に、そんな気持ちの浮き沈みとか、何が何でもかなえたい願いみたいな動力源があるとは到底思えない。
すぐそこに設置された、吸暗塔で存在する人間の量を笠増しされれば、あっという間に騙されて姿を見せる。ただ、人がいる場所に現れるってだけの、心無い怪物だ。
だが。実際のところ、そんな展望も無いような怪物に、喰われ続けたのが人類史と言える。
食い殺された事は無いから、想像でしか考えられないが。夢も将来も抱いていない無機質な物に殺されるとは、どういう心地なんだろう。
例えば、欲しいものが手に入れられたりする直前に、ふらっと出てきた人間が、自分を刃物で刺すような話だ。
想像してみれば、吐き気さえも感じる。
そこまでの事を味合わされるのだとしたら、その後に、もう死んでしまっていて、もう何も考えられない存在になり果ててしまっているというのは、むしろ救いに近いのだろう。
だが、この学園に通う訓練兵とは、そういった運命を辿れるのは、むしろ少ない方なのかもしれない。
「やめろ! 止まれっ!! そっちに行くんじゃねえ、鏡の化け物!!」
戦いの中で、叫び声がする。
その方を振り向いてみれば、広間でミラーを相当するのが、従来の戦略だというのに、円陣の一部をミラーが通り過ぎ、なんと、一部の訓練兵がそれを追いだして、陣形を崩していた。
「なにやってるの、Cブロックの人たち!?」
「外部に漏れた奴らは、遊撃班に任す算段だろうが、戻れ!!」
歓声からの逆転。動揺が伝達し、場を乱したCブロックの訓練兵たちに怒声が投げかけられる。しかし、そんな声で止まることはできない程、Cブロックの訓練兵たちは狼狽していた。
「少しだけ、勘弁させてくれ! こっちにゃ俺の家族がいるんだ!! 親父達がいなくなっちまったら、俺、訓練兵で居る意味まで失っちまうんだよ!!」
Cブロックの訓練兵はそう叫び、無機質に包囲網の外を目指すミラーに攻撃し続ける。
そう、何も考えられない死体になった方がましとは、これが理由だ。
ミラーに追い込まれた人類が作った学園、スガタミは。その傘下に入ることになった市民には、ある義務が課せられる。
1つ。1家庭につき、必ず1人以上学園の訓練兵として就学すること。
2つ。訓練兵以外の家族は、学園スガタミより下の、一般人街に住まうこと。
この二つが決められた結果、スガタミは抱えた市民を防衛するだけの兵力と、兵士の目的意識を獲得した。
1つの組織を作るとして、そこに大勢が集うとすれば、その大半はトップの事なんか、来るまで知らないような人間達だ。
自分に従わない人間を、従わせるようにするにはどうすればいいか。
学園スガタミは。口を悪く言えば、人質を取る方法をとった。
ここに居れば、外の世界よりは生きられるという恩恵と引き換えに、そこに居ることで起きる損害を、何もできなければ、自分のせいで家族が死ぬという責任感を負わせることで、学園に従わせる手を選んだ。
ここは、そういう背負わされた焦燥感で焼き焦げかけた訓練兵が、とても多いんだ。
「大変! 穴が……!」
アネモネが狼狽えた声をあげる。自分自身は、中央の吸暗塔近くで、次から次に湧き出るミラーを倒し続けているが、それでもカバーしきれない。
自分の防衛個所の傍ら、欠けた穴から漏れる敵を倒そうと気を散らしたり。Cブロックの訓練兵に感化され同じように追いかける人間が現れたり。焦りで管理された人間達は、焦りのままに成果を崩し、全体の崩壊を招きかけていた。
「アネモネ。場を離れれば、広間住まいの人々がまず助からないぞ!」
「うっ、うん…!」
「くそう、きりがない」
先陣を切るのが役目である以上、ここで今自分が動けば。それは全体の瓦解を意味する。
歯がゆい思いをしながら、次から次に塔に現れるミラーを討ち続ける。
その時、Cブロックが空けた包囲網の穴に、一体のミラーが接近した。
しまった。そう思った時には、そのミラーから大量の銀の腕があふれ出す。そして、必死に最初にミラーを追い続けているCブロックの訓練兵達に、その手を伸ばした。
「おいっ、避けろ!!」
「えっ、うああぁああ!!」
それは、手遅れだった。
駆けて間に合わない距離にいたそのミラーは、あっという間に腕を飛ばし、Cブロックの訓練兵達を掴んだ。
「…!」
しかし、次の瞬間。Cブロックの訓練兵達を掴んでいた腕は、すべてが切断された。
惨劇を目撃する筈だった訓練兵達は、何が起きたのかとどよめきの声をあげる。
だが、切断された腕の場所から、まるでブーメランのように飛んでいく武器の姿を、私は目撃した。
それは、一見宙を舞う歯車のように見える。しかし、もともとが中心を軸に折り畳み式だったそれは、宙を舞っている間は大きく開き、腰に付いていた時の2倍近い大きさを見せつけている。
その姿を見ているうちに、歯車は弧を描いて、屋根の上に佇んでいる主の元へと帰っていった。
「ダスティー!」
そこに居たのは、朝方私とアネモネをからかっていた同期の訓練兵、ダスティーだった。
「なんで、どうして、助かったのか…?」
動揺からか、自分が何で助かったのか分からないで狼狽えているCブロックの訓練兵達。
そこに、民家の屋根からダスティーが跳び下りてくる。駆け足気味に近寄る彼女は、無言ながらその顔に怒気を含んでいた。
ダスティーは訓練兵のもとに近寄ると、そのうちの一人の両肩を強く掴んだ。
「貴様の気持ちは痛い程分かる! だが、後ろを見ろ!!」
そう叫び、Cブロックが抜け出した方を見る。
ちょうど私と目が合う形となったが、どうも、こわばった顔をしてしまっていたらしい。私を含め、戦いながら何度もせわしなく自分たちを見る同期の生徒達を見て、自分らが何をしたのか、ようやくわかったようだった。
「ご、ごめん。ダスティー。俺……」
「誤っている暇があれば、戻って戦え。そして、外側で戦っている仲間たちが、必ずお前の家族に手が届く前に倒してくれると、信じろ!」
「っ!」
そう言い、ダスティーは歯車式の武器をたたみ腰に再装着して、包囲網の方を向き直る。
そこには、欠けた包囲網の入り口で歪な揺らめきを見せながらもだえる、ミラーが浮かんでいた。
「みんな、失いたくないという気持ちは同じ、仲間だ」
ダスティーはそう言って、腰のギアに手を当てる。
先ほど切り刻んだ銀の腕の残骸を歯にからめとっており、攻撃と共に鏡引を済ませたことが見て取れた。
「お前が不安なら、私が不安な分一緒に戦ってやる! だから、自分の役目に努めろ!!」
ダスティーはそう叫び、ギアを虹色に輝かせ、高速回転させた。
それと同時に、ダスティーの正面に、半透明ながらに歪な時空の割れ目のようなものが現れた。
ダスティーはその割れ目に、躊躇なく手を伸ばす。そして、何かを掴み取ると、勢いよく引き戻し、抜き取った物をギアに絡めとった。
それは、鎖だった。
遠くからでも聞こえるほどの、ジャラジャラという金属音を鳴り響かせ、割れ目から鎖を引き、歯車に絡めていく。
歯車いっぱいに鎖が巻き取られたところで、割れ目は閉じられ、千切れた先端をダスティーが握った。
「うおおおぉぉらああぁあああ!!」
雄たけびと共に、ダスティーが鎖を振り回し、ミラーめがけて投げつける。
鎖は素早く飛んでいき、まるで蛇のように巻き付いて、ミラーをがんじがらめにした。
そうして動けなくなったミラーめがけて、ダスティーが駆けていく。
鎖の巻き取りによって速度を上げ、あっという間に包囲網の入り口である、ミラーを通り過ぎると。私の真横へと滑り込んできた。
「うらあぁぁあああ!!」
ダスティーがまたも叫び、鎖を力いっぱい握り引っ張る。すると、宙を浮かんでいたミラーはバランスを崩し、あっという間にダスティーに振り回され、ぐるぐると回されてしまう。
仕上げに、ダスティーは別のミラーが多数集まっている場所に目を向ける。
「喰らいやがれぇ!!」
振り回していたミラーを、敵の大群へと投げる。すると、ミラーを縛っていた鎖は、ダスティーの手元でバキッという音共に千切れ、ミラーは勢いのままにぐるぐると回転しながら、敵の大群へと飛んで行った。
そして、ミラーがミラーに衝突をする。鏡が割れるような音共に衝撃が走る。
しかし、それだけでは終わらない。
衝突したミラーに巻き付いていた鎖が、一つ一つ、虹色に輝いた。
次の瞬間、鎖が端から一つ一つ、連鎖爆発を引き起こした。導線のように爆発していく鎖は、ミラーにまでたどり着き、ぶつかったばかりのミラーまでも巻き込んで、大規模な爆発を空中で引き起こした。
「ふぅ……」
肩で一息をついて、爆発を背に一息を突くその姿は、同性ながら、とても美しく見えた。
「相変わらず。すごいな」
「ふん。ゲッケイは気にせず、ミラーを倒すことだけ考えていろ。お前はその方が、救えるもんが多い」
ダスティーはそう一言いうと、鎖をまた広げる。
「全員、外の仲間も、内の仲間も信じろ!! 各自がするべきことを果たせば、必ず互いの家族を、互いが守ってくれる!! 最後まで、戦い抜け!!」
欠けていたCブロックの訓練兵たちが元の場所に戻り、広間に居た多くの訓練兵が、ミラーと戦いながら、おおと声を挙げた。
その声と共に、ダスティーの横顔を見て、私は両手のグローブを強く握り直し、ミラーと対峙した。
ダスティーこそが、クラス内の成績において、自分と同点近くの成績を誇り、昇格を競うライバルあることを、今一度、再認識した。