市街の交戦区域
クラス2つ分の生徒の駆ける音が、真っ白な坂に響いている。
急げ、間に合え。そんなことを呟く生徒の声も聞こえる。
「日昼班、来たぞ!」
メガホンを持った青年が、前方に見えてきた市街の入り口で声をあげた。
教官の話していた、深夜担当だった班の隊員だろう。坂から大勢の生徒が、各々の武器を携えて駆けてくる様を見て、その顔は、安堵しているようだった。
「深夜班、日中班の合流サインが出るまで、戦闘続行! 各担当区域のサイン確認次第、学園に撤収!!」
街一帯から歓声に近い返事が響き渡る。
そして、それと同時に私やアネモネも含んだ、鏡引達は市街へと突入した。
一部の生徒は、各々の武器に向いた地理を考えてか、建物の壁を蹴って、屋根に上がって駆けて行ったりもする。
朝と昼、夜の役割交代のタイミングの活性は、この学園都市の一般人区域の風物詩だ。各役割の交代直前の時間が、一番ミラーとの戦いでの負傷が多いこともあり、こうして大勢の増援が来るのは、町の人々にとっても救いの一つだろう。
最も。どこにいようと変わらない分、何十歩も引いたうえでの救いだと思うが。
「ひっ」
市街に入る瞬間、アネモネが傍らを見てひきつった声を上げた。
なんだと思い、そちらを見る。ちょうど、今しがた声を上げた深夜班の青年が、壁際に退いたところだった。
だが、退いた所の地面に落ちていたものが、縁起でもなかった。
足だ。左右どちらの足かは分からないが、側部に機械式のサポーターらしいものを付けた、人間の足だけが、青年の足元に転がっていた。
「~っ…!」
アネモネは口をへの字に曲げて、堪えるように前を見なおす。
今の足は、なんだったんだろう。
ミラーが深夜班の一人を喰った残骸なのは想像できる。しかし、それをなんで、今退いた青年は、戦闘地から持ってきたのだろうか。
鏡引の武器は、生産コストも掛かるため、貴重だから回収されることは推奨されている。だが、足につける武器なのを考えると、左右それぞれに武器は付いていたのだろう。そのうちの片方しか回収できなかったとなれば、彼は成績に悪評が付きそうだ。
「わざわざ回収しないで、置いておけばいいのにな…」
「えっ?」
隣で、アネモネがえっ、といった顔でこちらを見た。
なんでそんな顔をする? ただ、そうなんだろうなと思ったから言ったのだが。何か変だっただろうか?
アネモネの心中が少しわからないところだが、ちょっと首をかしげる。
ひとまず、今はミラーに集中しよう。そう思いなおし、集団とともにミラーのもとへ向かった。
入口時点から聞こえていた争いの音が、より一層強くなってきた。
目的地だ。私はアネモネと共に広場へと出た。
そこは、坂の途中に作られた、円状の広間だった。
円状の広間は、頂上であるがゆえに平坦な地に建てられた学園内に、大きいものがあるが。基本、そういった広間は、平らな土地に作られている。
だが、この広間は無理に坂の途中に作られている。その縁を囲むようにして、真っ白な民家が並んでいた。
なんとも見るからに、いびつなその広間だったが。そこは大勢の人が休日を寛ぐためにあるような場では無い。ミラーを出現し易くするための、罠だった。ミラーを出現し易くするための、罠だった。
「深夜班発見!」
同じく来ていた隊員の一人が、広間の中央を見て叫ぶ。
そこには、肩で息をして、広間の中心の塔を恨めし気に見つめる深夜班の姿があった。
坂状にできた円状広間の中央にあるその塔は、先端に、眩しいほど、乱雑に重なり合った鏡の集まりがあった。
清々しい程の光を浴びて、ゆっくりと光を見せつけるように回転するその鏡は。あたり一帯の景色をところかまわずに映している。
そして、何よりもその鏡は、広間で立っている深夜班から、今駆けつけてきた私達日中班、それから、広間周辺の民家で、逃げ出すこともできず、おびえた様子で外の様子を見ている一般人たち。大勢の人間が、まるで、それ以上そこに居るかのように、反射し映し出していた。
「本当に、悪趣味だ…!」
一瞬の静寂の中、腰のギアに手を掛けたダスティーが、苦虫を潰したような顔で、吐き捨てた。
その次の瞬間だった。
広間中央の塔、吸暗塔を中心に、銀色の歪みが無数に表れた。
ぎゅおんと、電気かなにかを機械に置き換えたかのような音と共に、その歪みはそれぞれがタービン上に連なる板へと変貌していく。
そして、タービンとしての形を整え終えると、その板の表面からは、人間の腕に思われる、長さが様々の銀色の腕が伸びた。
それは、人類にとってはもう長く。私達訓練兵には生まれつきの痣。
人のいる場に現れ続ける怪物、ミラーだった。