いつもの目覚め時
「おーはっよ!」
窓から差す光の中。そんな明るく陽気な声が聞こえてきた。
「ん……」
ゆっくりと目を擦り、ぼんやりと前を見る。
そこには、左肩からお下げの髪を垂らし、頭部右とお下げ髪のそれぞれに、真っ赤なリボンを結んだ陽気そうな女の子が居た。
よく知っている顔だ。
「……おはよう、アネモネ」
目の前のリボンの子の名前を呼ぶ。
「おーっす! どーしたのゲッケイ、いつも早いのに。 町にはミラーが出放題だよ!!」
本当に、その通りだ。いつも朝の自警訓練には、寝坊してばっかのアネモネより、自分の方が早く起きる。
それでいつも私の方が彼女を起こすのに。どうしてかな…。
「ああ、そうだな……」
「んもー。そんなんじゃ、アネモネが先に上のランク行っちゃうよー? いつものゲッケイみたいに、前をいってくれないと……はれ?」
一回の早起きで、調子の良い事を言っているアネモネだったが、私の顔をもう一度見ると、きょとんとした顔をした。
「どうしたの、なんで泣いてるの?」
「…え?」
アネモネにそう言われて、自分の目元が熱くなっているのを感じた。
そして、自分の頬を熱い水が流れているのにも気が付いた。
「? ゲッケイ?」
どうしてだろう。もう、耐えられない。
「わっ!?」
次の瞬間、自分はベッドから身体を乗り出し、アネモネに抱き着いていた。
アネモネの背中を優しくさすり、その暖かさを感じる。
自分が何をしているのか分からない。なんで悲しくて、それでいて嬉しいのかが理解できない。
「ど、どうしたのゲッケイ! 怖い夢でも見た!?」
「違う。分からないんだ、アネモネ……! ごめん……!」
ただただ、アネモネが生きているという事が、砂のように乾いてた心に、突然流れ込んできた水のように、嬉しくて仕方がなかった。
「おぉぉ、おぉ……よしよし、大丈夫、大丈夫だからね。ゲッケイ」
アネモネは、ただ泣き続ける自分を、戸惑いながらも撫で続けてくれた。
しばらくして落ち着きを取り戻し、私とアネモネは朝の自警訓練に向かいだした。
「びっくりしたよほんと。いっつもクールなゲッケイが、私に抱き着くなんてさ。これってあれ? ママみを感じた?」
「変な事を言うな。私でも、よく分からん…」
実際、なんで泣いてしまったのかよく分からなかった。
アネモネの顔を見た途端。どうしてもこみ上げてきてしまったんだ。入学当時から見ている顔なんだが、それが故に、なんでか分からない。
考えていても仕方が無い。自分は、自警団として、日々の務めに集中するのみだ。
「お前たち。アネモネはまあ、いつも通りとして。どうしたんだ、ゲッケイ?」
「んっ…」
考え事をしているうちに、前から声を掛けられた。
そこには、片方の腰部分に巻き取り式の歯車のような装備を身に着けた、鈍い青の目立つ女性が立っていた。
「む……ダスティー」
「おはよう。もしくはおそよう。同じタイの成績だというのに、随分とまあ、余裕を見せるものだな」
静かなままこちらを睨みつけてくる。こいつは、本当に苦手だ。いつもこっちが上がれば、向こうも上がる。向こうが上がればこっちも上がる。同じ成績を誇るがゆえに、いつも憎んでくる。
口が悪いだけに。仲良くするのも難儀だった。
「ちょっとちょっと! アネモネはいつも通りって、どういうことー!!」
甲高くも可愛らしい声で、うっとおし気な気持ちが剥がれる。
ふと横を見て見れば、アネモネが拳をぶんぶん振って、ぷりぷりと怒っていた。
アネモネの成績は並みクラスなのだが、だいぶ寝坊しやすい性質なので、愛嬌的にからかわれることも増えてしまっていた。
「おお、どうどうアネモネ。ステイ」
「なにがステイじゃー!!」
「ぷっ……あっはっはっは!」
こちらがアネモネを羽交い絞めにして抑えていると、ダスティーは噴き出して笑い出した。
お前の言葉で私もアネモネも怒ってるから、なんかアネモネを解放して襲わせようかって一瞬思った。
「全く、本当に余裕ばかりだな。今日は日曜日、ミラーが一番小うるさい日だ。そんなに気を抜いて、いざってときに挟み殺されないようにな」
そう言って、ダスティーは踵を返して、廊下の先へと向かった。
「全く……。それはお互い様だな」
「むぅ…! ゲッケイ! 絶対に二人の力で、ダスティーの成績に勝とうね!!」
「いや、ミラーの討伐数は個人ごとだが」
「ゲッケイの点数貰えれば、いける!」
あほか。軽く頭を小突き、歩き出す。
その後をアネモネがついてきつつ、私は廊下の先の外へと出た。
一瞬、辺りが眩しく真っ白になる。
光が収まるにつれ、感じてきたのは、私の真っ白な髪と、その先を結んだ一対の星飾りを揺らす。涼しい潮風。
そして、私達の住まう学園を丘の中心として、穏やかな丘の続く真っ白な街が広がり、その向こうには、少し丸さを感じるほどの、真っ青な水平線が広がっていた。
ここは、学園都市スガタミ。私たちの今の故郷であり、私達の守るべき街だ。