朝から博打で心臓に悪いよ……
チュンチュンチュンと小鳥が囀る。
昇りたての太陽の光が、窓の隙間から微かに差し込む。
「んん……んー……」
光を浴びた所で眠りから浮上しようとしている寝ぼけた状態、久しぶりに堪能できる眠りの喜びを、布団の温もりを抱きしめる。
暖かくて、柔らかくて、もふもふして。
「んん……」
可愛い声で鳴いて。
「ん……」
鳴いて……?
あるはずの無い反応がひっかかり、恐る恐る視界を開く。
「えっと……リオン?」
開いた目の前には見慣れた姿から少しだけ変化した狐の耳がピンと立つ。
その根元には見慣れた黒髪と幼い頃から毎日見てきた少女の姿。
「えっと、これって、どういう状況……?」
状況が掴めずに呆然としてしまう。
とりあえず現状を把握。
右手はリオンの頭を抱きしめながら右耳と頭を撫でる位置。
左手は彼女の背中から回して左脇に伸びる。
右脚は彼女の両脚の間で左脚はその下敷きに……はい、どう見ても事案ですね、わかります。
その確認を終えたところで、僕は抜け出そうと少しずつ刺激しないようにリオンから離れようとするのだけれど。
「こおらあ、グレン、にげるなぁ」
そう寝言を言いながら更に詰め寄られる。
その無防備な可愛さに、頬は熱くなり、心臓は早鐘を打ち、頭の中は真っ白になる。
昔からリオンは抱きつき癖があり、六年前までは確かに毎日こうして起きるたびにリオンが抱きついていたのだけれど、その時にはこんな風には思わなかった。
けど、これは、まずい……。
何がとは言わないが非常にまずいぞ。
既にリオンも十五歳になり、あのころとは全く違うわけで。
そして僕も十六歳、健全な男子がこんな風にされてしまうととてもまずいのだけれども……
「うー、むにむに、……んん」
瞼がピクピクと震えて尻尾がユラユラ揺れる。
まずい、起きる前兆だ、どうにかしないと、どうにか!!
そう思うものの妙案など浮かぶはずもなく、リオンの瞼が持ち上がり始める。
これはもう手遅れだ、よし、見なかった事にして……
そう思い一縷の望みをかけて僕が取った行動、それは。
「ん……あれ?何でグレンがこんなところに……あ、そっか、昨日グレンの様子見ながら寝たから……ん、よいしょっと。グレンは……起きてないわね」
そう言って僕から離れるリオン、よかった、怒ってない。
「起きてたら記憶が飛ぶまで叩かなきゃだったけど、面倒にならなくてよかった、さて、ベッドを動かしてっと……よし!」
そう言いながらベッドを動かしたリオンが次にとった行動は。
「ほらグレン、おきなさい!朝ですよ!」
柔らかな尻尾が頭を揺らす。
昔からリオンは僕の事だけは尻尾で起こすんだよね。
昔に戻ったみたいで懐かしい。
そう思っているとおきない僕に焦れてきたのか尻尾の動きが早くなってくる。
マズイ、おきなきゃ。
そう思い狸寝入りを中止して目を覚ましてみせる。
「ん……あれ?リオン?おはよう、起こしてくれたの?」
白々しいんだけど、今起きたという事にしている為寝起きらしく問いかける。
「そうよ!病み上がりだから優しくしてあげたの!感謝しなさい、これから一杯こきつかってあげるから覚悟しとくことね!」
そう言ってツンとそっぽを向くリオン、その姿はまだ怒ってますというポーズなのだと思うけど、彼女に合わせて震え上がっておこう。
きっとそう大変なことにはならないはずだから。
「みんなおはよー」
食堂に入ったところでリオンが先にテーブルについている仲間達に声をかける。
「おはようリオンちゃん、グレン君も、夕べはお楽しみだったわね?」
「なっ!?そんなことしてないわよ!」
「あははは、冗談なのに、リオンちゃん相変わらず可愛いわね」
「冗談でもそんなこといわないで!グレンとそんなことなんて絶対しないんだから!!」
からかうレイラさんにリオンが反論するんだけどレイラさんどころかロインさんも微笑ましいものを見る目してるから子供扱いされてるなぁこれ。
「ほらグレン、ぼーっとしてないでさっさとすわる!」
「わかったよ」
飛び火しそうなので大人しく席に着いて朝食をとりはじめる。
因みにゾフィーはまだ眠いみたいで半分以上眠りながらパンを食べていてバウルさんはあわあわとしていて、なんていうかロインさんとレイラさんに遊ばれてる感が強い。
強いけど経験値を考えたらそうなるのも仕方ないからそんなもんと受け入れておく。
「ああそうそう、グレン君、リオンちゃんの抱き心地はどうだった?いい匂いして柔らかかったでしょ」
「うえぇ、げほっげほっげほっ」
不意のキラーパスに口をつけたコーヒーが気管に入ってむせる。
「ななな!なにいってるのよ!」
反論できない僕の代わりにリオンが食って掛かる。
「あらぁ?違ったのかしら?一緒に抱き合って寝てたんじゃないの?」
「だ、だれがグレンとなんて!」
「へ~、本当に?」
「ほ、ほんとうよ!」
「ま、そういう事にしといてあげましょう」
「そういう事にしなくてもそういうことなの!」
そう言って笑い話にしているけど僕はしっている。
彼女が一瞬だけだけど僕とリオンが寝ている所を見ていったというのを。
そんなふうに騒がしくその日の朝は過ぎていくのだった。