The Festival of the Cherry Blossoms
彼女は有名人である僕のことを知っていたが、僕は彼女を知らない。
僕は、しくじったようだ。また会いたいからLINEの連絡先交換しようって。
彼女は、アルトの声で憤慨した。
「本気なの。信じらんない。だいなし。
あんたがハイスペックだってことは知ってるよ。
でもおことわり。もうこれっきり。無粋ものめ」
やわらかな光沢のカーテン越しに滑り込む、うすぼんやりした月明かり。
まとわりつくような、夜の生温かい空気。
遠く聞こえる、楽の音。水の流れ。花の香。
彼女の顔もまた、うすぼんやりとしていて、その輪郭はもはや判然としなかった。
意識がかすんでいく。
僕は部屋をあとにしたが、彼女はまだ扉の向こうで何か口にしていた。
「照りもせず、曇りもはてぬ、春の世の…」
最後に聞こえた彼女の声とともに、ふっと夢は終わった。
はて、可愛い彼女はいったい誰だったのだろう。
もう、逢うすべもない。
LINEでなくて、何なら交換してくれただろうか。
夢から覚めた僕は、有名人ではないけれど。
窓の外は、うららかな春の陽気。