裏と表
「バグ?」
「何でもない」
私が舞依のお兄さんの話をした昼休み以降の舞依の言動が不安定だ。これはやはり嫉妬をしているって事なんのかそれともなんだろう。焦り? 不安? 思い違いの可能性も高いけど私に嫉妬をしているのか?
「紫は私の兄の何処が好き?」
「え、えーっとね」
いきなり聞かれても答えるのは難しい。そもそも舞依のお兄さんと会ったのはもう8年位前でその頃の記憶は曖昧だ。当たり障りないように言うならば性格……優しいところ? とか無難だろうか。顔とか言うと私が面食いみたいで舞依から私へのイメージが下がる気がする。
舞依のお兄さんとは数回しか会ったことは無いけど舞依が話すお兄さんの話は文句がほとんどだ、けれどその言葉の中にしっかりと愛があった。
私は一人っ子なので、学校の友達から聞く話によると兄妹は世間的に仲があまり良くないのが普通らしい。
けれど杉原兄妹は関係が良好なんだろう。
それ故にお兄さんの性格の良さが現れてる。別に舞依の性格に難点があるってわけではない。舞依は舞依で甘えるのが苦手なかわいい子なんだ。
「……紫? 思い付かない?」
「ち、違うの。いっぱいありすぎてどうしようかなぁって、ね?」
「……いっぱいあるんだ」
私の顔を見て悲しそうな表情をする舞依。私がお兄さんのことを好きになっていることに対していい気分ではなさそうだ。
「改めて聞かれると何だか落ち着かなくなるわ」
「紫が私のお兄ちゃん好きになったのって夢の中で出てきた日より前?」
それは前から好きって事を聞いてるのかな? でも夢の中で出るくらいなのだから前からずっと恋慕を抱いてるのは普通だ。私だってずっと好きだった。それに嘘はないし今更隠すつもりだってない。
「え、えぇそうよ。友達のお兄さんが好きだなんて言い辛いじゃない。だから申し訳ないと思っているわ。この鏡の世界に囚われでなければ多分言わなかったもの」
「そうだね、所詮は友達だよね」
友達、その言葉に落胆するのは何故?
「し、親友よ! 舞依はずっとずーっと昔からのかけがえの無い唯一の親友! それは嘘じゃないわ!」
「私は親友なんて嫌だよ」
やっぱり今日の舞依はおかしい。お互いが傷付くようなことを言う子ではなかった筈だ。私が屋上で言った言葉が舞依の様子をおかしくしたに違いない。
「な、んでそんな事言うの!」
今日の舞依は本心を言っているのだろうか。どう考えても私の望む結果にはなり得ないと分かっていたけど、それでもカッとなってしまう。
「私は!!! 私は……紫からそんな風に思われてる事に不満は無かったよ。親友って言葉が何よりも尊かった……けど」
舞依は両手で顔を覆い項垂れ、ぐつぐつと煮だった黒い感情が籠った怨嗟の言葉を垂れ流すかのように吐露する。
「けど紫との親友と言う関係性が、意味の無いただの伽藍洞な箱みたいになった。それは紫からしたら私との思い出が沢山詰まった大切な関係かもしれない。私だって一緒だったよ? けどそれを全部かなぐり捨てたくなるような事を言ったのは紫なんだよ! 仕方ないと思うよ? だって互いの気持ちなんて分かりっこないし、言わなきゃ伝わらないよね。けど私は押し殺してきのに! それを紫は何も考えずに言った!私は紫からそんな言葉聞きたくなかったよ…………辛い、苦しい、もう嫌だよ……紫の顔見たくないよ……」
慟哭にも似た声で私を責め立てる舞依は酷く小さく見える。幼い頃から彼女は飄々としていて掴みどころがなかった。けどそれは取り繕った彼女だった。今でも隠してる部分があった。けどその内に秘めたものを今私に晒している。彼女なりの言葉で。でもそれは一体誰への想いなの?
「……じゃあ舞依は私の立場になったらどうするの? 教えて頂戴」
「そんなの……紫には理解出来っこない」
頬を伝って涙を掬ってあげたい。私は今更になって後悔している。もっと別の方法があった、私の考えは浅はかだったなと。
「ねえ好きな人ってどうして選べないんだろうね」
「私だって紫と出会った時からずっと思ってたわ」
言えたら言っていた。けど私は卑怯な手段を使ってでも伝えたかった。今でもずっと燻ってるこの想いをぶつけたくてぶつけたくて仕方ない。けど私は言うことが出来ない。ならせめてこの子を傷つけてでも。
「今日初めて紫と私の意見が揃ったよ」
それはどういうこと?
「舞依?」
「あははっ、折角だしもうひとつ教えてあげる。私と紫が似てるとこ、親友なんてやめてもいいから言わせて」
怖い。今の舞依は私の知ってる舞依じゃない。
「ねえ、紫」
震えている、でもなんで紫まで?
「ど……うしたの?」
「私お兄ちゃんが好きなんだ」
「知ってる、いつも話てたわよね」
最悪の結末になりそうで動悸が激しくなる。
「……紫、動揺してるの? 面白いね紫」
息がはっはっはっと過呼吸気味になる。
まさか。そんなのおかしい。だって兄妹だよ?
「私お兄ちゃんに」
その言葉の続きは禁忌だ。線を超えてはならない関係だ。聞きたくない! 聞きたくない! 聞きたくない! でも耳は塞げない。だって、私はずっと舞依ことを。
「恋愛感情を持ってる」
こんなの裏切りだ。
こんなのって馬鹿げてる。
こんなはずじゃなかった。
舞依はお兄さんに恋をしていた? そんな素振り今まで見た事なかった。
いつも一緒にいた私ですら知らなかった舞依の想い。いつも私と過ごす学校でも、休みの日に一緒に出掛けてるときも、一緒にクリスマスを過ごしたときも、あれもこれも全部茶番だったの? 私の片思いはなんだったの?
「諦めてよ、紫」
俯いて表情の見えない舞依は今どんな顔をしてる。
この世界にいる私はどんな顔をしてる。
「ずっとそこにいてね紫」
鏡の魔法は解けない。