お迎え
あれから半年近く、毎日のように愛は俺の家に来てくれた。
子供は大丈夫なのか聞くと、小学校と保育園に通っていて帰りは旦那に任せているから大丈夫と言っていた。
愛も師匠が残してくれたこの店でもっと働きたかったらしく、以前にも増して楽しそうにしている事が多かった。
[プルルルル…プルルルル…]
と、ディナーを始める直前に店の電話が鳴った。
「はいはーい。」
愛が近くにいたので電話を取りに行き、いつものように挨拶をする。
「え…あ、はい。」
愛の声色が変わる。
もしかして、キャンセルが出たのか?
俺は最終確認の味見をして、愛の元に行く。
その直後、愛の電話は終わった。
コン「キャンセル?」
愛「ううん。私の旦那がまだ子供の迎えに行ってないんだって。」
コン「旦那さんも仕事忙しいの?」
愛「いや…、いつも15時には終わって16時前にはお迎えに行くはずなの。忙しかったらいつも保育園に電話を入れてるみたいだし…。」
愛が困惑した顔をしている。
コン「今日は俺1人でやるから、愛は家に帰りなよ。」
愛「でも15組だよ?さすがに1人は…」
コン「大丈夫。愛は子供のお母さんなんだから、ちゃんとお母さんしてあげてよ。」
俺はしてもらえなかったから、今愛の子供がどんな気持ちで親を待っているか分かる。
愛「…うん。じゃあ、子供達連れて戻ってくる!」
愛は携帯を弄り、どこかに連絡を入れながら外に出る準備を始めた。
愛「出ないな…。じゃあ少しの間、よろしくね。」
コン「そのまま、家帰りなよ。」
愛「いいのいいの。」
愛は笑顔で店の裏口を出て行った。
俺は1人、店でお客様の前菜を皿に盛り付け始めていると、店の入り口に付いているベルが鳴る。
まだ10分前で看板もクローズのままのはずなんだけれどな。
俺は手を洗い、店のホールを見に行く。
すると、外は雨が降っていたのか青いスーツの肩が紺色に変わって、髪の毛からポツポツと水が滴っている男性がいた。
コン「すみません。後少しで開けますので…」
「おい。」
コン「…はい。」
俺はその一言でお客様ではないと、勘が働く。
「1人か…?」
コン「はい。」
男はそういうと近くのテーブルの上に腰をかける。
「お前、あの女は?」
コン「…女?」
愛の事だろうか。
この人は愛のストーカーかなんかだろうか。
コン「今日はいません。」
「嘘つくな。」
コン「物音1つしないのが、証拠です。もうすぐ予約されたお客様が来るので、食事をしないのであればお帰り頂けますでしょうか。」
男は無表情のまま、俺がいるキッチンとホールの境目に近づいてきて、そこからキッチンを舐めるようにみる。
男の胸ポケットに不自然は膨らみがある事を、近づいてきた拍子に気がつく。
あまり怒らせてはいけない類の人間だと思い、
コン「どうぞ、誰もいません。」
俺はキッチンにその男を通し、隅から隅まで納得させるまで見させた。
「…どこ行った。」
コン「お知り合いの方でしょうか?」
「ああ、お前より深い仲だ。」
男が俺を睨む。
この人は昔からの客なのだろうか…。
でも、こんな顔見たことないはずなのだが。
[ピリリリリリリリ!]
男のズボンから携帯の着信音が鳴る。
男はわざと無視をしているのか、とる様子を一切見せない。
「いないならいい。私たちは終わりだ。」
と、独り言を呟き男は大雨の中、傘も差さずに出て行ってしまった。
一体なんの目的で来たのかは定かではないが、顔を覚えて置くことにした。