力なく学もなく後ろ楯もない女護衛の成り上がり
女の護衛は需要が高い。
深層のご令嬢とかを、男に任せるのが怖いって思う貴族は多いから。
もちろん、護衛を志す人は、賊ではなく護衛として仕事をすることを選んでいる分、真っ当に生きようとしている。
でも、護衛を生業にしてる人間の中には、暴力を振るう以外に取り柄がない者、学がなくて護衛以外の真っ当な仕事につけない者も多く、短絡的な事件が起きることがあった。
まあそれでも賊よりはましか。
賊と護衛の混合案件だと、賊が護衛をたらしこみ貴族の信頼を得た頃に略奪する、なんてのもある。
一件平和に見えるかもしれないけれど、路地1本分とか、それくらいの違いで人の人生の明暗が分かれることがあるんだ。
誰からも好かれるような優しい人とか、決して恨まれるようなことしない人とかが、ただタイミングが悪かっただけで、悲しい目に合う。
傷つけて略奪する悪い人間が得をする世界。
間違ってるよね?でも、この世界はそういう世界。
だから貴族は金で安全を買う。
私みたいなのは、金をもらって盾になる。
そうして1日に貰える賃金なんてさ…笑うよ?
ああ、私の命の価値ってこんなもんかって。
女の護衛は需要が高いけど、女で護衛になろうとする奴は相当訳ありだ。
なんせ、力で男に敵わない。
でも力以外の技術を身につけるには時間がかかるでしょう?
裕福な家の出で幼い頃から剣技を磨いていて、その力を役立てたい、みたいな理由で護衛になる子も中にはいるけど…大抵は男女共に後ろ立てが何もない子。
そして、こんな荒くれ者達の中で、無力な女が護衛になろうとするなんて、まともじゃない。
私はね、リスクが分かる程度にはまともだった。
それでもあえて護衛になることにした。
一番の理由は…なんだっけ…?まあ、私には学がないから、生きて行く為に選べる仕事は元々限られていた。
無力な間はざんばら頭にして、毎日泥を顔や体に塗っていた。
肌が荒れたけどむしろそれでよかった。
そして極力女であることを周りに意識させずに、技術を磨いたんだ。
たまにはそんな私にさえも、下卑た笑いを浮かべて近づく男もいたけれど、そんな時は逆に女らしく泣いて油断をさせて、そうしてギリギリの所で切り抜ける。
そうして、ようやく誰かを守れる程度になった時、守りたかった人はもういなかった。
あ、そうそう、泥を傷口につけるのだけはダメだよ?
擦り傷程度でも、しっかり洗って清潔にすること。
破傷風は確実に死ぬ。針1本くらいの傷から命を落とす人間も沢山見てきた。
私達みたいな仕事だと、死はいつも身近で微笑む。
****
真っ当な指導者にようやく出会えたのは護衛になると決めてから2年後だった。
日々自分の命を担保にして、わずかずつ貯めた金を使って、人を傷つける方法を学んだ。
そうして2年弱指導を受けた。私はナイフに一番の適性があった。
この指導者のおかげで、受けることのできる仕事の質も上がった。
実力がつくにつれて、私はある程度、自分を本来の姿に戻してもいいかという気になっていた。
髪は男並みに短いけれど、毎日泥を塗りたくるというのは止めた。
風呂にも毎日入るようになった。
この指導者の元で一緒に修練する連中は、これまでの護衛人生の中で出会った男達の中ではまともな部類と感じて、日常会話する程度には気を許していたけれど、宿舎で寝泊まりするつもりにはならなかった。
鍛練の合間に単発の仕事を受けて、唯一の女である私は、ドアが頑丈で、私が通れる程度に窓が小さな、アパートに住んでいる。
ある日修練仲間の一人が言った。
「御者と護衛を兼任する仕事で、女の護衛を希望してる貴族がいる。面接が相当厳しいらしいが報酬はいい。お前受けてみたら?」
確かに、その仕事内容と拘束時間に対して、魅力的な報酬だった。基本は学園への送り迎え。そして、学園以外の外出をする際に終日護衛として付き従う場合もあるけれど、それは別途報酬。
その伯爵令嬢が暗殺者とかに狙われてる、とかでなければ、とてもぬるい仕事内容だった。
「ありがとう、ローラン。面接か…期待せず受けてみるよ。」
****
採用試験は貴族の屋敷ではなく、別の建物で行われた。この貴族は非常に慎重なようだ。
指定の会場に向かったものの、さっそく筆記試験で詰んだ。私は文字が書けない。
このまま1時間、カリカリと音がする部屋の中でぼーっと過ごしても仕方ないし、さっさと退室しよう。
恥は掛け捨て。
手を上げて試験官の1人を呼ぶ。
「どうしました?」
「私は読み書きができません。退室させてください」
くすくすと笑い事が聞こえる。
でも試験官は笑わなかった。
「そうですか。では、退室して左隣の部屋に行ってください」
なぜ隣の部屋?と思ったけれど断る理由も特にないから「わかりました」と行って退室した。
素直に左隣の部屋に入ると、面接官とその護衛っぽい人がいた。
「お名前は?」
「メアリーです」
「では、メアリーさん。これから面接に入らせていただきますがよろしいですか?」
「ええと、私は筆記試験が0点なはずで、面接は無駄だと思うんですが…」
「御者と護衛に読み書きは必要ですか?」
「…さあ、どうでしょう?でも必要だからこそ筆記試験をしているのでは?」
「いえ。あの部屋にいる人達の半分くらいは、たぶん読み書きできませんよ。」
「そうですか。」
それならなぜやるのだろう。
その後、これまでの主な仕事内容や、その仕事に対して何を思うか、得意な武器は何か、実際にそれで人を傷つけたことがあるか、と言った感じで面接が進む。
私が言ったことは、几帳面に全てメモしてるようだ。質問項目はとても多く、類似する質問もあった。さっき似たようなやつあったな、と思いながらも答える。
そして、ようやく「これが最後の質問です」と言われて、裏返した2枚の写真を目の前に置かれた。
「この写真に写る人物は、もし採用となった場合に、あなたがもっとも多くの時間を共有することになるお方達です。1枚ずつめくって、感想を5つずつ述べてください。」
1枚目をめくる。ゆるふわ金髪の可愛い女の子が微笑んでいる。
「可愛い子ですね…天使みたいな。」
「他には?」
「…優しいいい子そうですね」
「なぜそう思いますか?」
「ええと…雰囲気が。笑い慣れた口元をしています…周りによく笑いかけているのでしょう。目も優しそうと感じます。」
「なるほど、今ので2点目です。他には?」
ええ…。5つって難しい。っていうかさっきの答えを3つ分くらいにしてほしい。私は内心うんざりしながらも、頑張って感想を5つ述べた。
そしてもう1枚。こちらはゆるふわな銀髪の男の子だ。この男の子もたいそう顔立ちがいい。
「先ほどの子の兄でしょうか。こちらもとても顔立ちのいい方ですね。」
「ええ、他には?」
先ほどと同じように私は頑張って5つ述べた。
最後に面接官が言う。
「結果は3日後にご連絡いたします。文字が読めないということなので、人を手配しましょう」
「ありがとうございます、助かります。…3日を過ぎて人が来なければ不採用、と思っていたらいいですか?」
「いいえ、何らかの理由で行き違いがあることもあります。不採用の場合もご連絡いたします」
「それは…すごいですね。わかりました。」
「採用の場合、今のお住まいからだと通勤が不便になります。特に今の場所にこだわりがなければ、身辺整理をお願いします。屋敷に住み込みか周辺のアパートを選べます。また、ご希望であれば、業務時間外に教育を受けられる、という仕組みがこの屋敷にはございます。希望されますか?」
「…まだ採用と決まったわけではないですよね?」
いきなりの具体的な話に、とりあえず釘を刺す。
魅力的だけれどこのタイミングで喜んで、ダメだったらむなしい。
すると面接官は「たしかにそうですね」と笑った。
「もちろん最終判断は旦那様なのでこの場で採用とは言えません。ですが、今想像して、要望を聞かせてください。」
「…では、周辺地域に私の希望するタイプのアパートがあればそこに。なければ住まいは現状のままで。教育は…文字の読み書きと計算を学びたいです。」
「希望するアパートとはどのようなものですか?」
「丈夫な壁と扉。そして窓は女性1人がギリギリ通れるサイズのものしかない部屋を。」
「それはなぜ?」
なぜ?おかしな質問だ。でも答える。
「自衛の為に。窓から侵入されないように。
ですが…万が一ドアを使えない場面が訪れた際には脱出できるように。」
「…先ほど私は、旦那様の判断によると答えましたが。私はあなたこそふさわしいと感じますよ、メアリーさん。…あなたは実に慎重で聡明だ。判断の速度、論理的思考、実行力、そして人を見る目等も。必ず人を手配します。3日間時間をください。」
面接を終えてから私は、お世話になった修練場の仲間と指導者に、3日後採用が決まった場合はしばらく来れなくなると思うと伝えた。そしてアパートの家主にも、採用の場合はアパートを引き払うと告げる。
どの人も快く応じてくれた。合格を祈ると。
そして3日後、無事「合格」と口頭で伝えられた私は、そのまま馬車に乗るよう促され屋敷に向かった。
****
「はじめまして、プリシラです。あなたが私の護衛になってくれるんだね。私、あまり外に出たことがないの。だから、これから始まる学園生活、頼りにしてる。よろしくね、メアリー」
私に微笑む女の子は、写真以上に可愛かった。
そして、屋敷の人達を紹介しながら、屋敷の中を案内してくれる。
来たばかりの人間にいきなり屋敷の内情を見せて大丈夫なんだろうか?老婆心でつい聞いてしまう。
「…大丈夫だよ。メアリーを選んだ面接官はね、家で一番長く働いてくれてる執事長なの。彼の目は信用できるし…私も、メアリーは信用できると思ってる。私の勘はね、当たるの」
そうしてにこりと微笑んで「次は勉強部屋だよ」と教えてくれる。「勉強したい時はここに来てね。そしたら誰かしらが教えてくれるから」と。
え。思ってたよりアバウトなシステムだった。
でも実際に勉強部屋を利用してみると、確かに誰かしらが声をかけてくれて私の横について教えてくれる。文字や計算を教えてもらうことを通して、私は屋敷の人達と仲良くなっていった。
平日の夕方なんかだと、プリシラ様が教えてくれる日も多々あった。
勉強部屋には様々な本が棚に収められているけれど、プリシラ様の場合は、自分の部屋から、小さい頃好きだった絵本を持ってくる。
そうして読み聞かせをしてくれる。
初めてそれをされた時は、なんだかとても懐かしい気持ちになって泣きそうになった。
こんなこと私、されたことないのに。
その時に私は、この子の為に命をかけようと誓ったんだ。
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もう1人の写真の子、エドガー様も優しい雰囲気で、写真以上に見目麗しい。しかしそれで苦労をしているそうだ。
「メアリー、これからプリシラをよろしくね。あと、こんなこと言うのは失礼で申し訳ないんだけど…ぼくとは極力2人きりにならないでほしい。その点も問題ない人を面接で選んでるはずなんだけど…結構、ぼくは女難が多いんだ」
そうして苦笑するから「わかりました、大丈夫です」と伝えた。
具体的なエピソードについては、エドガー様の護衛のサイモンから、日々一緒に仕事をしていく中で聞いた。
エドガー様が学園に通い始めた頃は、積極的なご令嬢に、馬車を待ち伏せされたり後をつけられたりで、巻いたり逃げたり大変だったらしい。
「お陰でこの辺の地理は無茶苦茶詳しくなりました」
サイモンは私より3年先輩だけど、私より年下だからか、それとも元々の育ちがいいのか、私と敬語で話す。
主2人が一緒に1年間馬車で学園に通うから、私とサイモンも1年間ほぼ一緒に御者台で過ごす。御者台での他愛ない会話が楽しい。女性と話すことがあまりなかったらしくて、サイモンはすぐ赤くなる。それが面白くて、時々わざと顔を覗き込んだりして私は笑う。
普段隙だらけのくせに、手合わせしてみたらすごい強かった。
エドガー様は唯一、妹のプリシラ様とは2人きりでもとても楽しそうにしている。
とても平穏な日々が過ぎていく。
この屋敷での生活はほとんどそんな感じだった。ある1日を除いて。
****
学園への送り迎えを終えたある日、アパートに帰ろうとした私は、唐突に、違和感を感じた。
全身にぞっとした感覚が走る。何かいつもと違うことがある。どれだ。私は何に恐れている?
サイモンがそんな私の焦燥に気づいて「どうしました?」と声をかけてくる。「なにかがおかしい。違和感を探してほしい」と小声で伝えた。
原因は、門だった。門の開閉音がいつもと違った。
蝶番を見てみると、完全に閉まらないように、粘土を詰めるといった簡単な細工がされていた。
そしてもう1箇所、門前の目立たないところに、子どもの落書きのようなマークが描かれていた。こちらについては、いつからあるものかは、わからないけど。
とりあえず、私達は屋敷の敷地内に戻って、木の影に隠れる。っておい、サイモン。こんな時までいちいち照れるな。
「どうしようか…どう思う?サイモン」
「俺より、メアリーさんのほうが頭がいい」
「じゃあ、私の考えを。もしかしたら、屋敷の中に、悪意を持っている人間がいるかもしれない。誰なら信用できる?誰に言えば…一番いい状態でいられるだろう?」
サイモンが考えて、答えたのは意外な人物だった。
「旦那様には伝えるべきですね…そして執事長にも。あと、それ以外の方だと…エドガー様に。」
「…彼はまだ子どもだろう?」
「ええ、でも…裏をかくようなことが得意なんです」
「そうか、じゃあ、その中で私達が一番話しかけることが自然な執事長の元へ行こう。そして執事長から2人を呼んでもらおう。」
とりあえず蝶番の粘土は取り除いた。
****
そうして旦那様の部屋に集合する。執事長は旦那様の部屋付き執事でもあるので、ここなら人払いをしなくていい。
「よく気づいてくれた、メアリー、サイモン。」
「いえ…」
旦那様の言葉に、私達2人の返事が小さくハモる。
旦那様は続けて後ろに控える2人に質問した。
「そして、今回の件…どう思う?」
「メアリーの言う懸念の…屋敷の中にいるかもしれない内通者については…疑問です。人の入れ替わりは数年ありませんから。一番直近でメアリー、そして、次が3年前から勤めているサイモンです。」
執事長がそう言って私達を見る。
「もし内通者がいるとしたら…私は自分の目を信じているが…それでも。メアリー。君が一番怪しいということになる」
「メアリーさんは、今回の違和感に気づいた張本人ですよ!?」
「そうアピールすることで自分を真っ先に容疑から外すということも考えられる」
「…ですが…!」
「いいよ、サイモン。私もそう思う…この屋敷にはいい人しかいないのはわかってる」
勉強部屋に行くと本当に色んな人が、親切にしてくれた。
私は文字を少し読めるようになって、簡単な計算ができるようになっていた。
守りたいけれど。でも。根本を取り除かない限り、どんどん疲弊してすり減って、いつか終わる。
優しい人達が、大切な居場所が…理不尽な理由でまた、奪われる。
空気が淀み、停滞する。
でもそんな空気を、この部屋にいる少年の言葉が変えた。
「ぼくは信じているよ、メアリーのこと。プリシラが君を信頼していて…あの子の勘は当たるから。
だからたぶんね、君は善人だけど、原因だ。ねぇメアリー…君から情報を得て、君を陥れようとしているやつがいるとしたら…誰が思い浮かぶ?」
私は目を見開いた。考えもしなかった。
でも今は、ただ1人を確信する。
「…私に、ここを…紹介した人がいます。私はその人を、信頼してたから…この仕事が楽しいと…よく、彼に話していました」
ここの仕事に慣れてからは、休みの度に私は再び修練場に通うようになっていた。
そして、すっかり平和ボケしてた私は、色んな話をしてしまっていた。さすがに、屋敷の内情とかは言わなかったけれど、私が帰る時間とかは知ってたと思う。
でも、信じたくなかった。だって、ローランは…私にとってとてもいい奴だったから。思い浮かぶローランの顔は、人好きのする笑顔だったから。
****
私やサイモンは通いの護衛で、拘束時間もとても短い。
そうした護衛以外にも、屋敷を守る為に常時交代で勤務している護衛達がいる。今夜は全員出動することとなった。
屋敷の地図を広げて、ウィークポイントや対策等を話し合う。
旦那様は、門前のらくがきについて関心を示していた。
「見込みは少ないが外部に加勢を頼めるかもしれない。私は少し外出する。ここの司令塔は私が戻るまで執事長に引き渡す。家の人間は侍女を含め全員使っていい。ただし、なるべく妻と娘にだけは、今夜のことを悟られず、平和なままに。…頼むぞ」
「はい、いってらっしゃいませ」
私はその後のエドガー様の言葉が気になった。
「門前のらくがき…。絵本みたいだね」
「絵本…ですか?」
「あれ?メアリーは知らない?プリシラが読んだことまだないかな。熱帯地域の童話にあるんだ…盗賊の話。昼間、襲いたい家の前にらくがきを残して、夜中になるとそれを目印に盗賊団がやってくる…。でも家族が子どものいたずらと思って消してたから見つからなかったっていう話。…家の前のやつも消してみる?試しに」
本当に消しに行こうとしたら、冗談だよと止められた。
「それが本当に盗賊団を集める為のマークなら、まとまったところを仕留めたほうがいい。元々アジトがあって1箇所にまとまってる盗賊団なら…メアリーの通ってる修練場の人達が怪しくなるし…強そうで困るね…。あ、逆にそのマーク増やそうか。他の場所に誘導してみる?執事長」
「場所によりますね。エドガー様はどこがいいと思いますか?」
「旧バラ園。あそこに誘導して火をつけるのは?」
「え…!屋敷の敷地内に火をつけるんですか…!?中に誘導した盗賊ごと!?」
エドガー様の提案にサイモンがドン引きする。ちなみに私もドン引きしている。子どもの発想って怖い。
でも執事長は、いい案ですね、と乗り気だ。そして私達に補足してくれる。
「旧バラ園は、以前庭師が辞めてから荒れていて…今では少し面倒な雑草も茂ってまして…処分に困っていたのですよ。園内に閉じ込めて、園周に火をつけられれば…たぶん中の者達を安全に昏倒できるでしょう。燃えると幻覚や麻痺作用の出る草が生えてるのです。…問題は誘導方法ですが」
「それならたぶん大丈夫。あまり使いたくない手だったけど…たぶん殲滅できる。ぼくとサイモンがいればいいよ。あと、プリシラ付きの侍女…マリーに相談したいから上手く呼び出してくれる?」
「ええ、エドガー様と…俺!?」
「承知しました」
「ちょっ、執事長~!?」
動揺するサイモン以外は落ち着きを払っている。
念のためプラス2人の護衛が、エドガー様達と裏門を担当する。エドガー様は「サイモンだけでいいのに…」と苦々しい顔だ。
そして、私を含むほとんどの護衛が、正門前に向かわせてもらえることになった。
****
貴族の屋敷を襲うという話に乗り、指定された時刻にその屋敷へと向かった。日中に侵入経路を作っておき、目印として壁の足元付近にらくがきのようなマークを付けていると聞いている。
建物のどこにそのマークがあるかは知らないが、1周すればいずれ分かる。でもまあ、たぶん裏口だろうと、屋敷の裏に回った。あっさりとマークを見つける。
周りを見渡すと、さりげない風を装ってはいるが…たぶん俺と同じ理由で集まったごろつき共がいた。
集まった人数は15名前後といったところ。
こんなもんか。意外と少ないもんだな。
そして、俺に声をかけたやつがいないのも気になった。
だけどそれが襲わない理由にはならない。俺はかつかつだ。今日、明日、生きていく為には金がいる。
「…時間だな。行くぞ」
ごろつきの1人がそう言い、俺達は頷く。
裏口は簡単に開いた。
そうして入った敷地内は…酷く幻想的だった。
足元に淡い光が満ちている。そして目の前には…この世のものとは思えない…美しい女性。
「おお…」
「女神だ…」
そう思ったのは俺だけではないらしい。ごろつき共は…荒んだ心が洗われたような顔をして、彼女を見つめている。
「こっちにおいで?」
夢のような彼女は、美しく微笑み、甘く囁く。
そうしてひらひらと光の中を進んでいく。
俺達は当初の目的を忘れて、彼女について行った。
****
正門では戦闘が始まっていた。
15人前後の盗賊が、正門から侵入してきた。こちらの護衛の人数のほうが多い。
サイモンの実力しか私は知らないけど…通いでそのレベルだ。屋敷を守る護衛達の実力を私は信じる。
私は目の前にいる1人の男と相対する。
口を隠しているが、誰かなんてすぐ分かる。
「メアリー。なんでお前がここにいるわけ?夕方までだろ。帰れよ」
「生憎今日は残業なんだ。…なんでだよ、ローラン…」
ローランが悲しげに笑い、ローランの得意な武器…ダガーを両手に持つ。
私も同じように、両手にナイフを。
私達はこれから殺し合いをする。いつも一緒に鍛練していたのに。時には一緒に同じ仕事をして、命を預けあう日もあったのに。
バチバチと火のはぜる音と熱気がここまで届いた。
向こうはもう、作戦を成功させたようだ。
バチン!
そして大きく音がはぜた時、私達は同時に地面を蹴った。
****
キンキンと、刃物同士がぶつかり合う音が延々響く。
ずっと一緒に鍛練してきた私達は、お互いの癖を相手以上に知っている。
だから、まるで、いつもの鍛練のように、打ち合いが続く。
そして、たぶん。お互い相手を傷つけたくないんだ。
だから、刃物を持っている今、お互いに万が一にも致命傷にならないような、ぬるい攻防をし続けている。
私は、ローランがこんなことをすることが未だに信じられない。
そして私がそう思うからそう見えてしまうのかもしれないけれど…彼の隠されていない目を見ると、とても苦しげに見えるんだ。
だから、周りに聞こえないように私はローランに話しかける。
「なぜ、こんなことを?」
「……」
「ローラン…私はお前がこんなことするのが信じられないんだ。もし、苦しみの中にいるなら、教えてほしい。力になれるかもしれない」
「…嫌だよ。メアリー。お前に俺と同じ思いはさせたくない。だから言わない」
「馬鹿が。言え。…泣くほどしんどいんじゃないか。」
ローランが泣いていた。でも、周りに悟られないように、私達は攻撃をし続け合う。
糸口を見つけた、と思った。
わずかな希望を。
大切な人を誰1人失わないで済む未来を。
だから私は、必死にローランに訴え続ける。
「ローラン…お前が思うほど私は弱くないよ。お前1人分の苦しみくらい一緒に背負える。解決の糸口を一緒に考える。何があった?」
「唯一の家族を…人質に取られている。失敗したら殺される。俺は…家族の為に…他にも罪のない人を殺してるんだ。
…弟は命が助かったところで…1人では生きられないから、この仕事が成功した場合でも、俺が捕まったら終わる。
もう人生詰んでてさ、後戻りができないんだ…」
「…敵は、誰だ?」
「この町のギャングだよ。スコーピオンと、呼ばれてる男」
周りを見渡すと、戦闘は一通り終わったようだ。
失敗かどうか判明するまで、今日一晩くらいの余裕ならあるだろう。
ちょうどエドガー様達もこちらに来た。
「ローラン、武器はもうしまっていい。たぶん、どうにかなるよ。きっとさ…今から進む未来の中で、一番良い未来になる。だから、私達を信じて。」
私はそう言って、笑った。
そして、武器をしまったんだ。
****
「とにかく君たちは、ぼくの半径3m以内には絶対に近づくな!変な目で見るな、本当に怖いから…ねえ本当止めて?…ちょっ、サイモンお前はとにかくぼくを命がけで守って」
エドガー様は非常に怯えながら、サイモンにしがみついている。そしてゆでダコ状態のサイモン。その他にエドガー様と裏門担当した男達は、非常に苦悩しながらも、どことなく熱っぽい視線でエドガー様を見ている。
なにがあったか、非常に気になる。
あとでサイモンに聞こう。
執事長もやってきたので、私は事の次第をみんなに話した。
「たぶん、旦那様が出かけられた理由もそれだと思います。類似の強盗事件はこれまでにも発生していて、ギャング名までは特定していたようです。ただ、首謀者がわからなかった。
…ローラン殿の発言は、だからこそとても大きい。
旦那様のところに至急人を送ります。」
執事長がそう言って、席を立とうとする。
私は執事長に聞く。
「私達はもう、今日の勤務を終わっていいですか?あと、ローランと一緒に行きたいところがあります。それを許可してほしいんです。」
「…いいでしょう。あなた達は、よくやってくれました。業務後のことについては…ウィルソン家の名に傷はつけないようにだけお願いします」
「はい、ありがとうございます」
そして執事長が屋敷に戻った。
エドガー様も「ぼくももう日常に戻るよ。お疲れ様」と言って屋敷に戻った。
こちらの損害はほとんどなく、盗賊団も命を落とす者はなく。盗賊達の武器を奪って拘束して、今夜は護衛達が交代で見張るらしい。
「サイモン、お前はどうする?」
「もちろん、一緒に行きますよ。俺も残業が終わったので」
「なあ、お前達、何をするつもりだよ」
「決まっているでしょう?」
「今から、一番良い未来をつかみ取りに行こう」
****
私達は暗殺者とかじゃないから、隠密スキルとかはない。
だからとりあえず、仕事終わりで飲みに行く感じで、談笑しながら町を歩く。
全て上手く行ったら、本当に飲みに行きたいね。このメンバーでさ。
そんなことを考えていたら、ローランが小声で私達に囁いた。
「あそこだ。あの建物だ…」
隠密スキルはないけれど、ここから先は隠密に進めないといけない。悟られたら、彼の弟が殺される。
私達はでかい…成金が作るようなぎらついた建物を見上げた。
とりあえず路地裏に隠れて相談する。っておいサイモン、お前はまたいちいち照れるな。律儀か。…とりあえずこっちも照れるので頭を叩く。
「…ええと、じゃあどうしようか」
「は?ノープランかよ」
「いやだって、どんな建物かも知らなかったし」
「なんかでも、同じような服着てる人が多いですね。あいつら1人ずつ路地裏に誘いこんで身ぐるみ剥がして、その服着ていくのはどうでしょう?」
「それだ!」「よくやったサイモン!」
ローランと私でサイモンの背中をバシバシ叩く。
プランが決まったので早速始めた。
そして、15分くらいで服を奪うという目的を達成する。
でも室内の情報を知らない状態は危険だ。というわけで、身ぐるみ剥がした男達に猿ぐつわをはめて、蹴り倒し「3人の中で一番従順なやつだけ殴らない」と告げてからボコボコにしてみた。
そしたら3人とも手を上げたから「じゃあ1人ずつ話せ。有効な話をしたやつは殴らない」と告げた。
ローランに質問役を任せて、私は彼等が嘘をついてないか観察する。まあたぶん大丈夫だろう。
こういう時に嘘を見抜くコツは、話してないほうの人間を見ることだ。気を抜いて油断して、本心が見えやすくなる。彼らは、自分以外が真実を言うから、自分はもっとすごいことを言わないと殺される、みたいな顔して怯えている。
ローランの弟以外にも、人質が割りといるようだ。人質部屋があるらしい。
他にも弱味を握られて言いなりになってる人間が大勢いるんだな…。
まあでも人質と権力者がばらばらの部屋にいるのなら、都合がいい。これで、こっそり人質を解放できるのが最高だ。
問題は方法だけど…思いつかない。聞いてみよう。
「なあ、そこで勤めてるお前達ならさ。人質を全員こっそり解放するとしたら、どんなやり方をしようと思う?」
さっき殴らないと約束したから、殴る代わりにナイフの腹で顔をぺちぺちして、笑顔で聞く。たったそれだけで震え上がる3人。
後ろでサイモンが「メアリーさんのこんな一面知りたくなかった…」とか言ってて「そうか、夢を見てたんだな…今までのは夢だ、目を覚ませ」とかローランが言ってる。
あとでしばこう。
****
作戦が決まった。私達はついに建物へ入る。
あたかもいつもそうしている風を装って。
聞いた話だと、権力者がある人質を殺そうとした場合、その連絡を受け付ける部屋があるらしい。だからまずそこに行く。
部屋に入ると6名の屈強そうな男達がいた。
「んだこらあ!」
「何しにきたごらあ!?」
話が通じない系だった。私は無言のまま、手近なところにあった酒ビンで、手近な男を殴り倒す。
それを皮切りに乱闘を始めたがものの15分で終了した。
それにしても…ここの制服着てる人間を、なんだこらあ!とか言うか普通。まあ私達敵だけど。
たぶんいつもそんな感じなんだろう。結構バッタバッタと騒いだけれど、助っ人が来るとか全然なかった。
服脱がせて縛って猿ぐつわ噛ませておく。猿ぐつわしてるのにうるさいな…まあいいか。
「じゃあ行こうか。あ、服重いから持って」
ここにいる6人分の他にも、ロッカーを荒らしたら制服があったから、それを全部出して、ローランとサイモンに預ける。
私はこの部屋にあった人質部屋の鍵を手に取る。
人質部屋も順調過ぎるほど簡単に着いた。
あんまり順調過ぎても不安になるんだけどな…。
念の為、ポケットの中のものを私は使った。
鍵を開けると、怯えた目がいっせいにこちらを見た。
窓のない部屋だ。10人の老若男女。
サイモンに扉を死守してと告げて、私とローランが中に入る。
「お兄ちゃん…」
ローランが、ローランの弟を抱きしめて泣いている。
私はとりあえず他の人質のロープをナイフで切って回り「その制服に着替えてください。逃げましょう」と告げた。
でも、女性までこの部屋で着替えさせるのは忍びない。あ、毛布があるからこれで隠そう。
「女性はこちらで着替えてください。私が死角を作りますから」
「ありがとうございます…」
「メアリーさん!!」
ガキン!
弾かれた刃物が私のすぐ側を転がる。
サイモンのいる場所に敵が来たようだ。強い。
サイモンは自分の防御より私を優先したのだろう。膝をついて崩れた。やばい。
「ネズミがいたか。もういい。全員死ね」
サイモンが蹴られて弾み、私達のいる窓のない部屋に転がされる。
そして扉が閉められそうになり、サイモンが扉と壁の隙間に手を差し込んで、完全に閉じるのを防いだ。
「…ぐ!」
「サイモン!」
「すみません、油断しました」
そう言いながら扉に這っていき、折れた手で扉を押し開こうとする。
そこに刃物が光る。
「止めろ!下がれ!」
私はサイモンのほうに走りながらナイフを投げた。
ガキン!
私の投げたナイフが敵の刃物を弾いてサイモンへの致命傷を避ける。
私はサイモンの首根っこをつかんで部屋に引き込む。
「ふん、馬鹿が」
敵が嘲笑を残して扉を閉めた。
****
「すみません、扉を死守できませんでした…」
「いや、よくやったよ。それに、助けてくれてありがとう。…手、痛いよね、ごめん」
傷を点検する。致命傷はないけど打撲が酷い…特に扉にはさまれた左手が骨折し、酷く変色している。なにかで固定しなくては。人質部屋には良いものがなかったから、私は腰の防具の繋ぎめを壊して…手のひらより少し大きいくらいの大きさだったけど…それと布でサイモンの手を固定した。
サイモンが泣いている。
「すみません…せっかくの希望が…俺のせいで…すみません…」
火を放たれていた。
まだそれほど燃えてはないけれど、パチパチと音がする。人質達も怯えている。
でも私は希望を見いだしている。
「いや、サイモン…たぶん今、一番いい未来になってる。だから大丈夫だよ」
みんなが私を見る。だから私は笑うんだ。
ネタばらしをしながら。
「人質救出の中でも最も危険だったのは、敵との交戦だったんだ。守りながら戦う場合、全員が生きて出られる可能性は低かった。
でも、火をつけたってことは、逃げたということでしょう?敵はもうここにはいない。そして、悪事を散々働いたこの建物も、燃えてなくなるんだ。敵達の手によって」
「でも、俺達は窓のない部屋に閉じ込められ火をつけられている。唯一の扉も閉められた。ここからどうするつもりだ、メアリー」
私はローランのほうに振り向いて答える。
「扉は閉まらない。不安だったから、念の為、細工をしてたんだ」
私はそう言うと、ポケットから粘土の残りを取り出して、みんなに見せて笑った。屋敷の蝶番のやつ、ポケットに入れたままだったから、人質部屋を開けた時に使ってた。
私達の勝ちだ。
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この王国に長年巣くっていた大きな盗賊団の1つが、その日、消えた。
通り名「スコーピオン」は王国の手で捕らえられ、処刑が決まっている。そして、今回の襲撃に関わった盗賊やごろつき達も捕らえられた。ただ、その中には脅されて従っていた人間もいる。
この国を納めているのは賢王だ。
きっと人道的に対処してくれる。
ローランは、これまでの自分の身に起きたことを自白した。
今回の功績は大きいし、人質を取られて追い詰められていたが、それでも、罪のない人を殺している。
処刑にはならないが、2年の投獄が決まった。
ローランの弟は、まだ幼い。
でもここでまさかの提案があったんだ。
サイモンの実家が、ローランの出所まで面倒を見てくれることになった。こいつの実家はまさかの金持ちだった。
あれだよ、滅多にないパターンの護衛になる理由のやつ。
サイモンは自分の剣技がどれくらい通用するか知りたくて護衛になったパターンだった。
ローランが出所した後も、生活が整うまでは、2人とも実家に住んでていいとさえ言っている。
「親にはローランの罪ももちろん話しているけれど、いかに良い奴かも伝えてるんです。だから助けてほしいってお願いしました。だからローラン達は大丈夫です」
サイモンはそう言って笑った。
今度の休み、ローランの弟を連れて、ローランに面会に行こうか。3人でさ。
泣けるくらい楽しい未来が、私達を待っている。
この話は、完結済の異世界ラブコメのスピンオフとして書きました。
この話に出てきた登場人物達が脇役として出ています。
是非そちらもご覧ください。
「穏やかに楽しく過ごすだけの、伯爵令嬢転生生活」