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002: 恋の裏側

付き合って」


 放課後の教室。夕日に照らされている空間はいつもとは少し違って見える。窓が空いて夏風が涼しく吹いているのに、体が火照る。そんな青春の一幕。


私は……とても焦っていた。



 ひゃーやばいやばいやばいよ。言っちゃった、言っちゃった。目の前にいる男の子に、私は今、生まれて初めて告白したのだ。私が4年間も片思いを寄せていた男の子。私はついに告白をしてしまった。


 この優しい男の子に。


 この頑張り屋の男の子に。


 このちょっと抜けてる男の子に。


 このちょっとエッチな男の子に。


 このカッコいい男の子に。


 私のヒーローに。私だけの勇者様に。

 そう、あの日からずっと……

 

 

 

 

 

 

 

 好きになったきっかけは中学二年の頃。私が人生の中で一番暗かった頃。地味で目立たなくて、クラスの端っこでいつも本を読んでた。


友達も居ない、顔もブサイク、胸もなくて自分が心底嫌いだった。周りに劣っている自分が。皆が私をバカにしていると勝手に決めつけ、こじらせている自分の弱い心が。


 そんなある日、


「好きです。付き合ってください」


 クラスの男子から告白された。クラスの大半の人と喋ったことがなかったが、その男の子はいつもクラスの中心にいて、気を利かせたのか私に何度か喋りかけてくれていた。


「な、んで私なんかを」


「好きだったんだずっと前から。静かで、 お淑やかで。でも、笑ったら可愛いところとか」


 体温が急激に上がっている。沸騰しそうだ。頭が暑くなってフラフラしてきた。私をえ、今可愛いとかって……


 体が火照る。倒れてしまいそうだ。

世の中全部腐ってて、腐敗してて、みんな私を見下してる。


そんなふうに思ってたのに、呪ってたのに。私を好きだって。私なんかを好きだって言ってくれてる。この人なら私を助けてくれるのかもしれない。


私は手を取って、


「私なんかで、良ければ」


 私なんかを好きになってくれる人がいた。私を可愛いって言ってくれる人がいた。暗闇だった人生が明るくなっていくような気がした。


相手のことはあまり知らないけど。きっと、きっとうまくいくはず。

「……」

「……?」

 

「うっそーん」 


 廊下からわらわらと男子が沢山てきた。声の主はニヤニヤしながら下劣な視線を浴びせてくる。


「嘘に決まってんじゃんよ」


「お前なんかに隼人が告るかっての」


「ウケるー。やっぱ陰キャな女は簡単に落ちるよなー」


 大笑いしながら私を数人の男子がバカにしている。


なんでよ。なんでよ。


少しでも期待した私が馬鹿だった。そうだよね。きっとこういうのがお似合いなんだよ私は。バカにされて、見せ物にされて。これから一生こんな風に笑われて生きていくんだ。


「ふざけんなぁぁぁ」


 誰かが激昂した。聞いたことの無い声。声の主は廊下から教室に入ってきて続ける


「人の気持ちを踏みにじってんじゃねぇよ。バカにして、コケにして、笑いものにして。そいつの気持ち考えたことあんのか」


「誰だこいつ」


「あいつだよ。あいつ。隣のクラスの坂田。問題行動ばっか起こしてるオタクのさ……」


「あーあいつか(笑)。なになに勇者でも気取りにきたの?カッコイイねー」


「隼人やべー。マジパねー。煽りのセンスたかすぎっしょ」


 私なんか助けに来なくていいのに。私なんか私なんか……


「ハ、お前ら生きてられるのも今のうちだ。俺の右腕の封印をを解き、ラグナロクの運命を……」


震えてる。声も足も。それでも真っ直ぐに私を助けようとしてくれている。勇気を振り絞ってくれている。


「ゴタゴタ言ってんじゃねーよ陰キャ」


「もうやっちゃおうぜ隼人ー」


「キモヲタのくせにイキってんじゃねーよ」


 殴りかかろうとしたその時、


「お前ら何やってんだー」


「げっ松Tじゃん。」


 男子の集団が血相を変えて教室から飛び出していく。生活指導員の松本先生。なんでこんなとこに。


「俺が呼んだんだよ」


「あなたは……」


「ハ、俺を知りたいか。そうか。教えてやろう。

我が名はゼロ。闇の組織ダークリザスターと戦うものだ」


「だ、だーくりざると?」


「いや、えとえと、そのあれだ」


少し間を置いて、緊張した様子でこう言った


「正義のヒーロー……だよ!」


 ドクン。満面の笑みで私を見つめくる。裏がない、闇がない、まっすぐと私を見ている。この世の希望を全て集めたような光輝かしい笑顔は私の頬を赤く染める。


 ドクン。ああ、心臓の音がやけにうるさい。こんなに胸が踊る事なんて人生で始めてだ。


 私はなんて単純なんだろう。さっきまで偽りの告白に本気になっていたというのに。


 今はもう彼しか見えない。


「今度からは気をつけろよ。じ、じゃあ、またな」


 彼は少し恥ずかしくなったのか、頬を赤らめ、ポリポリとかきながらそう告げて去っていった。


 暗闇だと思っていた私の世界に光が灯る。暖かい優しい光が。


連れ出してくれた。救ってくれた。ドン底の底にまで押し潰されていた私を引き上げてくれた。


 ドクン。心臓の音が鳴り止まない。頭でガンガン響いてる。








 私は今日、恋に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「付き合って」


 あの日からずっと思い続けて四年。やっと言えた。やっと伝えれた。


 大丈夫かな私。ちょっと仏頂面だったかな。怖い顔してなかったかな。


あ、レイくん困った顔してる。私じゃダメだったのかな。やっばりまだ釣り合わないのかな。


 メイクして、髪セットして、胸を大きくするために、マッサージやらサプリやらを、片っ端から試して来たけど……


 いや、自信持て私。毎日毎日頑張って来たんだ。踏み出すんだ。今日。



 二人の距離が縮まる。窓から吹く風が前髪をかきあげる。胸が高鳴る。手が汗ばんで思考が止まる。お願い神様。


「あのーえっと、君名前は?」


 張りつめいた緊張の糸が切れる。胸の高鳴りがストップをかけられ、一気に熱が引いていく。


 あ、あはーそうかそうだよねー。毎日好きだって、想ってはいたけど、話したことないんもんね。毎日レイくんの登下校に後ろから着いて行ってたけど。休日に出かけるレイくんの後を追って写真を盗撮していたけど。毎日喋りかける口実を作ろうと必死になって悩んでたけど。そうだよねー。




 だって喋ったことないんだもん。




 どうしよう。言うべきかな。なんか今になって怖くなってきた。え、振られたらどうしよう。明日から生きていけない。


 ダメだ。せっかく勇気出したのにいまさら怖くなってきた


「わ、私は渋谷リア。あなたにちょっと付き合って貰いたいことがあるのよ」


 何とか誤魔化せなければ。ちょっといい感じの言い訳しなくちゃ。ていうかこれだけ(自分で言うのもなんだけど)ストーカーじみたことしてきたのに、気づかないなんて、どんだけ鈍感なの。鈍感主人公なの?ラブコメなの?


しかも名前も知られてないなんて。


 とりあえずここは何とか誤魔化して、逃げよう。そうしましょう。

    

     

      

       

  

        

              



 家に着いた私はニヤニヤが止まらなかった。四年間。ただただ、ずっと想い続けていたレイくんと始めてちゃんとした会話をしたのだ。夕食中も、お風呂の間も顔の緩みが治まらない。


 部屋に着いた瞬間布団にダーイブ。


「やばいやばいよ。超ヤバイ。どうしよう。私幸せだよう。もうこんなに幸せでいいのかな。明日もレイくんに会えるんだよね。もう何それ。超神展開なんですけど。神様もう大好き」


 足をバタバタとさせながら枕に顔を、うずくめる。


「部活かぁ……」


 頬が緩みながらも何とか思考を巡らせる。


あの時、もう一度告白の言葉を言うのに躊躇した私は、「部活を作るから手伝って欲しい」みたいな旨を伝えた。


緊張して記憶が断片的だ。四年間も好きでいたものの一度もちゃんと会話をしたことがなかったのだ。


それでも気に入られるために、ファッション雑誌を片っ端から研究して、メイクして、たくさんの努力を積み重ねてきたのだ。そんな一世一代並の気持ちを持って告白したのだ。それが不発になったから、言い訳したって誰が責められるのだろうか。


「今日もかっこよかったなぁ」


 今日のことを思い浮かべまた、ニヤニヤ、ニタニタしてしまう。


 私変な顔してなかったかな。気を張りすぎてちょっと強気になっていたかな。


 でも別にいいもん。私恋する乙女だもん。だって四年間(以下略)


 私はベットから飛び降り、机に向かう。今日、つい嘘をついてしまったホラを本物にする為に準備をしなければならない。


「えーと、部活は四人が必要で……」

 

 

 青春なんか爆発してしまえ、なんて言っていた私はもう居ない。今は真っ直ぐに前だけを向く。向いていける。


彼に助けられたから。彼に導かれたから。

 





私はもう下を向かない。


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