第八話~弟子の実力~
「少しは落ち着いた?」
「はい……取り乱してしまって、すみませんでした」
「いや、僕も変なことを聞いてごめん」
空腹になると女子の服を脱がせるというよくわからない癖を持っている少女と出会ったクロード達は、軽い自己紹介を終えて、学園へと向かっていた。
「それにしても、あなたが【マギアラ魔法機師学園】の生徒だったとは思わなかった」
「今日は、休日なので制服は着ていないんです。普段は制服なんですけど」
少女の名は、キュレ・サーネス。
欲を満たす夢を見させる能力で有名な《夢魔族》だ。そうすることで、人々の欲を貰い生きる糧としている。だが、キュレはかなりの恥ずかしがりやで、一度もそういう行為をしていない。
そのためか活動のためのエネルギーを手に入れることができないでいる。しかし、彼女はそれを食欲で満たしているのだという。
つまり、色気より食い気ということだろう。《夢魔族》は滅多に表世界には出てこず、裏の世界でひっそりと暮らしていることが多く、いい夢を見させてくれる《夢魔族》が経営している店もある。
「それにしても《夢魔族》か……始めてみたよ」
「私達の一族は滅多に人前には出ませんから」
「じゃあ、なんであなたは?」
「やっぱりこういう明るい世界に憧れて、ですかね。普通の女の子みたいな暮らしをしてみたいって。だから、家族に無理を言って【マギアラ魔法機師学園】に入学したんです」
シィの《銀狼族》と同じく《夢魔族》も数が少ない種族だ。《銀狼族》とは違い、その特殊な能力ゆえに商売として使おうとする者達などに狙われている。
彼女達の能力は二つあり、ひとつは欲を満たす夢を見させること。それに加え、肌から放出される匂いのようなもので、相手を興奮状態にさせるのだ。
キュレが肌を露出しないようにしているのは、それが理由だ。まだ若い《夢魔族》は、力の制御ができなく無駄に匂いを放出させてしまい、見栄えなく生物を興奮状態にしてしまう。
「じゃあ、ここでは一人暮らしなのか?」
「はい。学園の寮で暮らしています。最初は、お友達ができるか心配でしたけど、入学してすぐ頼りになるお友達ができました。同じ部屋の子なんですけど、すごく【魔機】について詳しくて、自作の【魔機】をいっぱい作っているんです。先生も、すごいって褒めるぐらいで……あっ、すみません。喋り過ぎちゃいましたね」
すごく大人しく、控えめな子だと思っていたが、友達の話しになると途端に口数が増えるタイプのようだ。が、それだけ今の生活を満喫しているという証拠だ。
クロードは、恥ずかしそうにフードを深々と被るキュレを見て、つい笑みが零れてしまった。
「えっと、ここが【マギアラ魔法機師学園】です」
到着早々だが、クロードは唖然としていた。
「やふー。待ってたわよ、クロードくん」
「なんで、学園長のあなたがここに居るんですか? 職務放棄ですか?」
学長室で待っているはずのロミエーヌが、なぜか校門前で腕組みをしながら待っていたのだ。
まるでふっくらとしたパンを乗せているかのような白い帽子を被り、クリーム色の長い髪の毛を二本に束ね、袖なしの改造制服のようなものを着込んでいるごく普通の少女だが。
正真正銘これからクロードが教師として務める学園の長だ。
「職務放棄とはひどいわね。私はちゃんと職務としてここにいるのよ。これから、シィちゃんの編入試験を行うでしょ? それに、私も立ち会うことになってるのよ」
「あ、あの学園長がどうして」
「そういえば、キュレにはどうしてここに来るか話してなかったね。改めて、自己紹介。僕は、クロード・クロイツァ。ここで特生組の教師として働くために来たんだ。そして、こっちはシィ。僕の弟子なんだけど、ここでは生徒として過ごしてもらうことになってるんだ。まあ、試験を合格したらの話しだけど」
キュレには、学園に用事があるとしか伝えていなかったため、改めて理由を聞いた彼女は唖然としていた。確かに、同じ学園で過ごすことには驚きだろうが、驚き方が尋常ではない。
どうしてかという理由は、学園長自ら答えてくれた。
「そういうわけだから、キュレちゃん。他の特生組には内緒よ?」
「え? それってまさか」
「そうよ。彼女も特生組の一人なのよ。いやぁ、まさか一緒に来るとは思っていなかったからさ。君には、教室で一気に知り合ってほしかったのにー」
ドッキリが失敗したかのように落胆するロミエーヌに対し、キュレは自分はなにかやってしまったのかとおろおろしている。
クロードは大丈夫だからと落ち着かせ、寮へと戻らせることにした。
「それで? 編入試験は、本当に実践だけでいいんですか? ここは【魔法機師】を育てるための学園なんですよね?」
「大丈夫よ。ここには【魔機】の知識が皆無な子でも入れるから。そもそも、ここは女の子だって立派な【魔法機師】になれるんだってことを証明するために創設した学園よ? 入りたい気持ちがあれば、私はそれを尊重するわ」
ここ【マギアラ魔法機師学園】は、女子しかいない。その理由としてはロミエーヌが述べた通り、世界では女子が【魔法機師】になるなどという偏見があるからだ。
確かに、機械に興味がある女子は少ない。しかし、時代が発展していくに連れ【魔機】も武具だけではなく色んな種類のものが世の中に広まっている。
私生活に役立つものや、遊ぶ道具、おしゃれをするためものもだってある。
これにより、女子も次第に【魔機】に興味を示した。
そんな子達を全力で支援するためロミエーヌは【マギアラ魔法機師学園】を創設したのだ。ここでは、多くのコースがあり、武具類はもちろんのこと可愛いアクセサリー系を製作するためのコースもあるのだ。
「ささ! そういうわけだからさっそく試験会場へ移動しましょうか。他の教師陣もお待ちかねよ。あのクロード・クロイツァの弟子の実力を見れるってね」
「弟子と言ってもまだ成り立て。それに教えてもらったことと言ったら【魔機】についての基本知識と戦闘技術だけ」
「……心配ないよ、シィ。君の実力なら、それだけでいけるさ」
「うん。師匠がそういうなら、頑張る」
「いい師弟愛ねー。じゃあ、会場はこっちよー。はぐれないようについて来なさい」
ロミエーヌの連れられ到着したのは、多重防御結界が張られた訓練場。
学園に通う生徒達は、ここで実践訓練を行う。ロミエーヌの言う通り、すでに数人の教師陣らしき大人達が参列しており、その内の一人が近づいてくる。
「お待ちしていました、クロード・クロイツァ殿。そして、その弟子たるシィくん。私の名は、コルダ・クライム。この学園では、学園長の補佐役のようなものをしております」
丁寧な挨拶を交わしてきたのは、笑顔が眩しい美形の男性。
まるで執事のような佇まいと服装、そして溢れ出るいい人オーラ。藍色の髪の毛は綺麗に整えられており、身長もクロードより高い。
誰から見ても完璧なイケメンだ。なのに……違和感が頭にある。
「初めまして、コルダさん。これからお世話になります。……出会って早々こんなことを聞くのは失礼かと思うのですが。その、頭の帽子は」
別に似合わないと言うわけでない。しかし、ロミエーヌと同じ帽子を被っているのはなぜかと純粋に疑問に思ったのだ。
「ああ、これですか? これは学園長の指示で被っているのです」
「そうよ。私の補佐役たるものわかりやすくしておかないとね」
「コルダさんはそれでいいんですか?」
「構いませんよ。私は私で、学園長の傍に居ると楽しいので。これぐらいなんともありません」
「そ、そうですか」
本人に不満がないのであれば、これ以上口を出すわけにはいかない。それに今は、シィの編入試験だ。どうやらいつでも始められるように学園側の準備はできているようなので、後はこちら側の準備のみのようだ。
「それで、学園長。彼女の相手は、本当に」
「ええ、変える気はないわ。彼女の相手は」
ぱちんっとロミエーヌが指を擦ると、訓練所にがしゃんがしゃんっと生物とは思えない足音が近づいてきた。
「まさか【魔装機】?」
「その通り。第一世代だから、そこまで機敏な動きはしないから安心してよ」
訓練所に現れたのは、機械の体を持った人形。
だが、中にはちゃんと人が入っている。【魔装機】とは【魔機】を鎧として纏うもの。現段階では第三世代まであり、第一世代は本当に初期の鎧のためその重量から動かすのが容易ではない。
「中に入っているのは、うちの教師陣の一人。シィちゃんは、彼女と戦って、戦闘不能すれば合格。簡単でしょ?」
「うん、すごく」
口で言えば、簡単だが、実践はそうでもない。クロードにはわかる。あの【魔装機】を身に纏っている教師は、生半可な実力ではないと。
顔まで覆うフルフェイスなため顔は見えないが、第一世代を動かしている割りに余裕そうな雰囲気だ。
「師匠」
「うん。頑張って来い」
「行ってきます」
相手が機械の鎧を身に纏っていても、微塵の動揺を見せず【魔刃剣】を手に持ち、フィールドへと立った。