第六話~新たな職場へ~
「え? なに、ここ?」
クロード・クロイツァ九歳は、突然の出来事にただただ瞬きをするばかり。周囲には、ローブを羽織った人物が数人と、槍や鎧を装備した大人達が列をなしている。
そして、正面には明らかに王様という格好をした男がどっかりと椅子に座っていた
「子供?」
「これはさすがに」
「やはり召喚は失敗したのか?」
「いや待て、まだ決め付けるのは早計だ」
いったいなんの話をしているのだろう。自分はただ……ただ、なんだ?
(あ、あれ? 思い出せない。自分の名前は思い出せるのに、故郷も、自分の家族も、友達も……なんで!?)
必死に思い出そうとするが、自分の名前と年齢以外なにも思い出せないでいた。まるで、最初からそれしか記憶にないかのように。
「少年」
「え? ぼ、僕ですか?」
困惑しているクロードに、ローブを羽織った男の一人が透明な球を差し出してくる。
「これを」
「……」
どうやら持てということだろう。クロードは、まだ気持ちの整理がつかないままだが、差し出された球を両手で包むように持った。
「わっ!?」
すると、目を開けられないぐらいの輝きを放つ。驚いたクロードは、球を放り投げてしまい、床に落ちたと同時に砕けてしまう。
「ご、ごめんなさい!」
「いや、気にするな。こちらこそ、突然呼び出してしまい申し訳ない異世界の戦士よ」
と、玉座に腰掛けている男が口を開く。
「異世界? 戦士?」
球を割ってしまったことを謝罪していたが、周囲の大人達は、そんなことは全然気にしていない素振りだ。しかも、先ほどまでの不安の色が消えてしまっている。
「そうだ。我々は、戦争を終わらせるべく、異世界から強力な戦士を呼び出すことを決断した。すでに、各国でそなたと同じように異世界から呼び出された戦士達が、課せられた使命について説明を受けているであろう」
「使命?」
「そうだ。先ほども言ったが、そなたには今起こっている不毛な戦争を終わらせて欲しい」
戦争を終わらせる。ほとんどの記憶を失っているが、戦争というものがどんなものなのかは理解できる。ただ理解できるだけで、子供である自分に戦争をどうこうできるはずがない。
「安心するがいい。確かに、そなたは子供だが……ここに居る誰よりも強い力を持っている」
「もしかして、さっきのは」
「うむ。あれは、触れた者の力を測る道具。本来ならば、砕けることはない。それが砕けと言うことは、計り知れない力を持っている証拠」
「……」
「……説明は後にしよう。まずは気持ちの整理をするといい。子供にこんなことを頼むのは酷だと思っている。だが、我等も国を、世界を思っての決断なのだ。ゆえに、そなたが望むことを我等は全力で叶えよう。我が名は、シュドラー王国が国王。グルムド・シュドラーである。そなたの名は?」
「あ、クロード・クロイツァ、です」
結局、わけのわからないままクロードは部屋へと連れて行かれる。その途中、自分と同じぐらいの少年を見つけた。
「リグ様。訓練お疲れ様です」
「ああ。今日もいい汗を掻いたよ。それで、そっちのはもしかして」
「はい。先ほど異世界から召喚されたクロード様です」
「えっと、君は」
「俺は、リグ! 子供だが、その実力を認められて、戦争に参加することができたんだ! どうやら、同じぐらいの歳みたいだし、仲良くしようぜ」
記憶が欠落しており、わけのわからないままずっと大人達に囲まれていたクロードにとっては、リグという少年の子供らしい笑顔は安心するものだった。
差し出された手を、そっと握り締め、同じく笑顔を向ける。
「よろしくねリグくん」
「リグでいいぞ。俺もクロードって呼ぶからさ」
「うん、リグ!」
その後、クロードはリグと共に修行を繰り返し、すぐその才能を開花させていく。人間離れした身体能力に加え、まるで体に染み付いているような戦闘技術。そこに【魔機】を加えることで、さながら人間兵器と称されるほどまで成長したのだった。
・・・・・
「……懐かしい夢、だったな」
目が覚めると、がたがたと揺れる部屋の中だった。覚えている……とある場所へと向かうためクロードは馬車に乗っていたのだ。
しかし、一気に気が抜けたように眠気が襲った。今までは休み暇もなく【魔機】の開発に力を入れていた。が、今となってはそれから離れ、何をしようかと悩むほどだった。
なので、今まで休めなかった分、ゆっくり休んでおこうと。
どれくらい眠っていただろうか。馬車の窓からは、日差しが差し込んでいるためまだ日は暮れていない……はずだ。
「おはようございます、師匠」
すると、ひょこっと可愛らしい弟子の顔が視界に入る。
「ああ、うん。おはようシィ」
異世界に召喚され、十年間も過ごしていた国から出て行くおり、元奴隷であった《銀狼族》の少女シィをクロードは弟子として受け入れた。
最初は、野生の動物のように警戒心が高く、人を信用しないような雰囲気だったが。弟子となってからは、一変し、まるで主人にずっと構っていて欲しいと願う飼い犬のようなってしまった。
その証拠に、まだスペースがあるのにも関わらずべったりとクロードに体をくっつけている。宿に寝泊りする時もそうだった。
ベッドは二つあるというのに、同じベッドで眠ろうとかなり粘っていた。結局、クロードが折れてしまい距離を空けるならいいという条件で一緒のベッドで寝ることに。
「僕、どれくらい寝てた?」
「丁度、十時間です」
「え? そんなに寝てたの?」
よく見ると、太陽はまだ完全に昇りきっていない。どうやら相当深い眠りについていたようだ。
「はい。ずっと師匠を見ていましたから」
「……冗談だよね?」
「いえ、ずっと師匠の寝顔を見ていました。師匠が眠っている間、何が起こっても対応できるようにと」
どうですか? 偉いですか? と言わんばかりに尻尾をぶんぶん振るシィ。
「あ、ありがとう」
「弟子として当然です」
礼と共に頭を撫でる。師匠として弟子を褒めるのは当然のこと、だが。
「ところで、師匠。師匠から授かったこの【魔機】なんですが」
「ああ、それね。それは僕が昔使っていた【魔機】のひとつだよ。弟子である証拠だと思ってくれ」
シィに渡したのは、東方の戦闘民族が扱っていると言われる武器。それを【魔機】としてクロードが初めて作り上げたものだ。
刃は、通常の片刃と変わらないが、より薄く、鋭く、それでいて強度を増している。
「その名も【魔刃剣】! 通常はただの物理剣だけど、一度トリガーを引けば魔力刃を纏うことで、物理攻撃が聞かない相手にも有効的なダメージを与えることができるんだ。僕が持っている数ある【魔機】の中でも、もっとも古い付き合いの一個で、僕の強すぎる力を封じたもののひとつなんだ」
「そ、そのようなものを私に……というか、その物言いだとまだ師匠の力を封じた【魔機】があるんですか?」
「まあね。もう何個かはあるよ。その全ては、僕にしか扱えない代物だけど、今は君をもう一人の所有者として血の登録をしただろ?」
強力な【魔機】ほど、その者にしか扱えないようにするために核となる魔力炉に血の登録というもので、自分だけの物にしてしまうのだ。
そうすることで、いくら魔力をこめてても登録した所有者でなければ反応しない。
ただ血の登録は、ひとつの魔力炉に対して一人しか無理だ。ただそこは天才と言われるクロードの腕の見せ所。術式を重ねがけして、仮の所有者として登録させたのだ。
「まあ、仮の所有者ってことだから、封じられている僕の力は……そうだな、六割程度なら解放できるかな」
「六割ですか……それで、この【魔機】にはいったいどんな力を?」
「それは―――っと、どうやら到着したみたいだ。この話はまた後で。今は、その【魔刃剣】本来の力だけを扱うように」
「はい、わかりました」
馬車が止まったので、話を一度切り上げ、外へ出て行く。
ずっとだだっ広い草原ばかりの景色だったが、ついに到着した。シュドラー王国を出て、二週間半。新しい職場がある国の景色がそこに広がっていた。
「六年ぶり、だったかな」
中央大陸にある魔法大国マギアラの王都。ここには、クロードの新たな職場である【マギアラ魔法機師学園】があるのだ。




