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第五話~銀色の誓い~

「なんだか、少しふわふわする……」


 国外追放。一度、ここから出たらもう二度とここへ戻ってくることはできない。こっちの世界に召喚されてから十年間過ごした第二の故郷のような国から、クロードは出て行く。

 特に悪いことをしていないのに。

 だが、これでいいと思っている。体に詰まったものが取れたせいか。数十分前と比べて、体が軽くなっている。


「さて、出て行く前に中途半端になっていたものを完成させるとしようかな」


 シュドラー王国最後の仕事。

 それは【飛行型運搬魔機】を完成させること。完成直前なものを放置することはクロードにはできない。国を出るにしても、やり残した仕事はしっかりと終わらせる。

 それが作り手としての義務だ。


「おら! さっさと歩け!!」

「あれは!?」


 軽い足取りで自宅へと向かっていると、ガラの悪そうな巨漢の男に保護した《銀狼族》の少女が、首輪を付けられ、無理矢理連れて行かれそうになっている現場を目撃した。

 傍には、商売人らしき男も居る。

 明らかに奴隷商売人だ。いつかは見つかると踏んでいたが、迂闊だった。クロードは、必死に抵抗している少女を助けるべく、急ぎ近づいていく。


「待ってください!!」

「おや? あなたは確か……あぁ、そうです。シュドラー王国が誇る【魔法機師】のクロード・クロイツァ様ですね。どうかなされましたか?」

「……その子をどうするつもりですか?」


 敵意を向けず、落ち着いた様子で奴隷商売人へと問いかける。


「この《銀狼族》の娘ですか? それは……あぁ、でもあなた様ならばいいでしょう。もちろん、逃げ出した売り物を回収しに来たわけです、はい」

「このまま連れて行かれたその子はどうなる?」

「それはもう逃げ出さないように檻へと閉じ込めて、ご購入してくださる方々をお待ちするだけです。《銀狼族》など貴重も貴重。連れ戻した際は、すぐさまこのような商品がありますよとお得意様などにお伝えするつもりです」


 このままでは、彼女がひどい扱いを受けるのは明白。まだ彼女が奴隷として売られていることは知られていないとなれば……救い出す方法はたったひとつ。


「いくらですか?」

「おや? ご購入されるので? やはりクロード様ともなれば新たな【魔機】を開発するための労働力、もしくは仕事続きで溜まった欲求を満たすために」

「いくらですか?」


 そういうのはいいから早くしろとばかりに、クロードはもう一度最初より強めの声音で奴隷商売人へという。

 クロードが焦るのも無理はない。

 ここは人が少ないとはいえ、人通りがあるところだ。そこに檻が乗ってある馬車に屈強な男、そして首輪を付けられた少女が居るとなれば、嫌でも目立つ。

 なによりも、早く少女を救い出してやりたいと、クロードは考えている。


「……彼女は希少な一族ですからね。私達が取り扱っている奴隷の中でも一番の高価格」


 もう決まっているが、考えるふりをしているような表情だ。

 いったいどういう意図があるのかはわからないが、クロードは冷静さを保ちながら奴隷商売人の言葉を待つ。


「そうですねぇ……では、三千万ジェルでお売りいたします」

「三千万!?」


 クロードも驚いたが、一番驚いたのは売られる少女自身だった。自分にはそれほどの値段がついているのか? という驚きではなく、一度聞いていた値段と違うという驚きだ。

 相手がそれほどの資金を所持していると見て、高く見積もったと見るべきだ。確かに、これまでの稼ぎがあれば三千万ジェルは出せる。

 だが、それでも三千万ジェルはかなりの痛手だ。クロードには金があるとはいえ、王族や貴族ほどではない。三千万ジェルだって、クロードがこれまで頑張って稼いだからこそなのだから。


「わかりました。支払います」

「え!?」


 しかし、クロードは考える時間すら与えないほどの即答で、更に少女を驚かせる。奴隷商売人も、一瞬目を見開いたが、すぐに商売人の顔へと戻る。

 手に持っていた鞄から、契約書とペンを取り出し、クロードへと渡す。


「では、ここにあなたの名前をサインしてください。一度サインをしてしまえば、その後に何が起こっても私達は、一切の責任をとることはできませんので」

「わかりました」

「まっ」

「おら! 大人しくしてろ!!」


 少女は、クロードの行動を止めようとするが、奴隷の証による力で口を閉ざしてしまう。これ以上彼女が苦しんでいる姿は見てられない。

 クロードはサインをさっさと終わらせ、契約書とペンを奴隷商売人へと返す。


「はい、ご苦労様です。では、さっそくですが」

「金はちゃんと払います。ですが、今は持ち合わせていません。銀行から引き落としますので、それまで待っていてください」


 丁度、近くに銀行がある。そこで今すぐ三千万を引き落としてくると伝える。

 その後、奴隷商売人達が妙な動きを見せないかを監視しながら、三千万ジェルという大金を引き落とし、袋に包んで奴隷商売人へと渡した。


「……確かに。いやぁ、三千万ほどの大金をこんなにもあっさりお支払いするなんて、よほど彼女が気に入ったのですね。逃げた彼女を自宅で庇っていたようですし」

「そういうのはいいですから。早く彼女を」

「承知いたしました。では、最後に血の契約を」


 血の契約とは、奴隷の証に主となる者の血を与えることで、その者の命令には絶対服従しなければならないという効果を与える。

 こうすることで、もし逆らったとしても黙れの一言で、奴隷は強制的に大人しくさせられる。


「ま、待って! ねえ!! どうして」

「……黙ってて」


 必死に訴えかける少女だったが、クロードはかりっと親指を噛み切り、少女の手の甲にある奴隷の証へと塗りたくる。

 すると、奴隷の証は眩く輝き出し、しゅーっと蒸発するように消えていく。


「これで、契約完了ですね。私達はこれで失礼致しますが、もしよろしければ今後もご贔屓に」


 契約が完了したところで、少女の首輪を外し、奴隷商売人達は去っていく。

 ようやく二人きりになったところで、少女はふるふると体を震わせながらぽつりと呟いた。


「どうして……」

「君を助けたかっただけだよ」


 あっさりとした答えに少女は、顔を上げる。出会った時からずっと眉間にしわを寄せて、警戒心ばりばりなきつい表情をしていた少女だったが、今は大粒の涙を流している。

 その表情は、歳相応な自然なものだ。


「なんで! なんで……赤の他人の私なんかを……! 三千万だよ!?」

「あぁ、うん。さすがに痛手だったかなぁって。でもまあ、特にこれと言って使う予定がなかったから。だから、君を救うために使えて、僕は満足してるよ」


 と、噛み切った親指の治療をしながら、クロードは優しく微笑んだ。


「馬鹿……馬鹿だよ……」

「そうだね。僕は馬鹿だ。周りから天才天才って言われてるけど、簡単に人に騙されて。女の子に笑顔になってほしいと思ってやったのに、涙を流させて……」


 結局は、自分も人の子。

 いくら戦闘力が高かろうが、いくら【魔機】の扱いに長けていようが、騙されるし、裏切られるし、ミスを犯す人の子なんだとクロードは、涙を流す少女をそっと抱き寄せる。


「でも、僕は間違ったことはしていないって思ってる。これは、僕が考えて行動したこと」

「私をあなたの奴隷とすることが?」

「奴隷? 何のことかな」

「え? だってさっき、お金を払って私を買って、血の契約だって」


 あーそれね、とクロードは少女の手に触れる。


「さっきのは血の解呪って言って、特殊な呪いを解除する技法なんだ。奴隷の証は一種の呪いだからね。血の契約をするふりをして、君の呪いを解除したってわけ」

「じゃあ、私は」

「うん。君はもう奴隷じゃない。自由を掴んだんだ」

「自由……」


 その言葉を噛み締めた少女は、ぐいっと涙を拭い、クロードを見詰める。

 決意を決めたような強い瞳で。


「私、決めた。これから一生をかけて、あなたに尽くす!」

「え!?」

「《銀狼族》は、恩を忘れない。恩の大きさによっては、命だってかける。だから、私は私の一生をかけて、あなたに尽くす! ううん、尽くします!!」


 これは予想外の展開だと、クロードは頭を掻く。奴隷から解放したはずなのに、なにやら主従の関係になりそうな展開になってしまった。

 少女も、真剣に考えたうえでの決断なのだろう。それを無下にするのは、可哀想な気はするが。


「い、いや。もう君は自由なんだ。そんな僕のために一生を棒に振ろうとしなくてもいいんだよ?」

「やっぱり、私みたいな子供じゃ、お傍に置いて頂けないんですか?」

「そうじゃなくて……あーっと」


 どうしたものかとうるうるとした目で見詰められながら、クロードは思考する。早くしないと、周りの視線もどうにも気になる。

 明らかに、小さい子を捨てようとしているようにしか見えないようで、ひそひそとなにやらこちらを見て喋っている。もう国を出るとはいえ、あまり嫌な噂がたったまま出て行くのは個人的には嫌なので……よし! とクロードは決断する。


「じゃあ、弟子! 師弟関係ってことで、どうだかな?」

「弟子、ですか?」

「そう。今から、君は僕の弟子だ。僕は自分で言うのもなんだけど、結構名の知れた【魔法機師】なんだ。だから、今日から君に僕の知りうる【魔法機師】としての知識や技術を教える。だから、君は弟子として師である僕と共に行動するんだ」


 師弟関係ならば、一緒にいても違和感はない。主従関係よりはるかに周りの目が気にならないこと間違いなしだ。


「な、なるほど。私が【魔法機師】に……」

「それに、僕は明日にはこの国を出て行かなくちゃならないんだ」

「え? それはどういう……いえ、深くは聞きません。今日から私はあなたの弟子。師であるあなたにどこまでもついていくだけです!!」


 本当に決断力がすごい子だと、圧倒されながらも感心しつつ、手を差し出す。


「じゃあ、これからよろしくね。えーっと……そういえば名前聞いてなかったね」

「そ、そうでした。えっと……こほん。クロード師匠。私の名前は、シィと言います。師匠のように立派な【魔法機師】目指して、頑張りますね!!」

「うん。期待してるよ、シィ」

そして、学園へ……。

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