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第三話~揺らぐ心~

「はむ……はむ……」

「そんなに睨まなくても、襲ったりはしないって。だから、ゆっくり食べなよ」


 結局クロードを睨みつけながら《銀狼族》の少女は、シチューを食べている。クロードは、散らばった部屋のものを回収しつつ、警戒心を解くために笑顔を向けるが、全然解けない。

 よほど腹が空いていたのか、もう四杯目だ。


(あの様子だと、やっぱり狩人に襲われたのかな……?)


 いや、そうでなくとも昔から人に襲われることが多い《銀狼族》は、小さい頃から他種族をあまり信用するとな教え込まれているのかもしれない。

 

(いや、待て。あの子の手の甲にあるのって)


 連れてきた時は気づかなかったが、こうしてゆっくり観察して気づいた。少女の手の甲に刻まれているものは、奴隷の証。

 奴隷は、逆らえないように特殊な証を刻まれる。その証は、国によって違い、証を見ればどこの国で奴隷になったのかがすぐわかる。そして《銀狼族》の少女の証は……シュドラー王国のものだ。


 クロードは、物を片付け終わり、椅子に腰掛け、頭を抱える。

 その理由は少女に刻まれている証だ。

 シュドラー王国に奴隷を売買しているところがあるなど聞いたことはない。シュドラー王国で十年の月日を過ごしてきた。

 王城や、限られた者しか入ることができないような場所にも踏み込んだことがあるため、一般民よりもシュドラー王国のことは詳しいつもりだった。


(けど、実際は全然詳しくなかった……知らなかった。結局、僕は異世界から呼ばれた他人ってことなのかな)


 奴隷の証とは、国のトップが承諾して初めて作られる。奴隷は、国が認めないと売買できない。そして、少女に刻まれている証はシュドラー王国の国旗。

 

(シュドラー王は……奴隷売買を認めているってことだよね……)

 

 クロードは奴隷売買が嫌いだ。戦争の時、各国を戦いまわっていた頃に奴隷へ対しての仕打ちを何度も見てきた。

 まだ子供だというのに、無理矢理戦いへと投じさせたり、もう足腰が立たない老人に対して無理矢理重い荷物を持たせたり、言うことを聞かなければ容赦なく命を奪う。

 中には、元々美しい顔をしていたのであろうが、そんな面影もないほどぼこぼこにされていた女性達。


 まるで、同じ人ではないかのような扱い。

 当時子供ながら、いや子供だからこそ、なんでこんな非道なことができるんだと怒りを覚えたのを今でも覚えている。


 シチューを平らげ、満足げな表情でベッドに座り込んでいる少女はまだ非道なことはされていないだろう。

 見た感じでは体に傷はなく、薬品を投与されているような感じもない。

 サーチの魔法を使い、彼女の体に異常がないかを確かめたうえでの判断だ。


「ちょっといいかな?」

「……」


 満腹になり、少しでも警戒心が薄くなったかと思ったが、そうでもなかった。だが、クロードは諦めることなく少女に話しかけ続ける。


「君の名前はなんていうんだ? あっ、僕はクロード・クロイツァ。この国で【魔法機師】をやっているんだ」


 しかし、全然答えてくれず、ただただクロードが何かをしてくるんじゃないかと睨みつけている。


「さっきも言ったけど、僕は君に何かをしようとは思っていない。ただ純粋に君のことを心配しているんだ」

「そんなこと言っても信じない。人間は、優しい顔をして騙すのがうまいって聞いた」

「それは親から?」

「……」


 そこは教えてくれないようだ。シチューの効果もあり、それなりには喋ってくれるようになっているようだが、まだまだ心の距離は遠い。

 

「まあいいさ。とりあえず、いくところがなかったらしばらくここに居てもいいから。僕は、色々とやんなくちゃならないことがあって、家を空けることが多いから。家の中のものは自由に使っていいよ。食材は保存庫にもあるから」


 結局名前を聞くことはできなかった。下手に距離を詰めても逆効果だと判断したクロードは、会話をやめて作業をするため開発室へと向かうのであった。




・・・・・




「あの子、まだ居るかな?」


 リグの策略にはまった日から一週間が経った昼時。ローグはどうしても《銀狼族》の少女が気になってしまい、小休憩を兼ねて自宅へと戻ってきていた。

 ゆっくりとドアを開き、中の様子を窺うと。


「あれ?」


 家の中がかなり綺麗になっていた。散らばっていたものが片付き、歩くスペースが大分増えており、なんだかすきっ腹を刺激するいい匂いが漂っている。

 

「……」


 どうやら《銀狼族》の少女が料理を作っていたようだ。あれからずっと自宅で過ごしていたようで、大分身なりも綺麗になっている。

 出会った時は、破れたワンピースのようなものを身につけていたが、今はクロードの大きなシャツを身につけている。体のサイズが二倍ぐらい違うためシャツ一枚でも事足りているようだ。


「なにしに来たの?」


 やはりまだ棘がある。が、表情は大分柔らかくなっているため、クロードは安堵した。


「ただ君のことが気になって。小休憩を兼ねて立ち寄っただけだよ。ここでの生活が気に入ったなら、まだ居ていいから。足りない物があったら、今言ってもいいよ。僕が買って来るから」

「……必要ない。まだ保存庫にいっぱい食材があるから。それにここにはお風呂もベッドもあるし」

「そっか。じゃあ、僕はこれで。何か困ったことがあったら、そこにある【通信型魔機】を使って。番号は一五六一だから」


 大分世界に広まっている【通信型魔機】は、決められた番号を入力することで、登録した相手の【通信型魔機】に繋がり、会話ができるという代物だ。

 これにより情報伝達がよりスムーズになっている。後は現在クロードが開発している【飛行型運搬魔機】が完成すれば、物流も一気に発展することだろう。


「待って」

「どうしたの? やっぱり必要なものがあった?」


 自宅から出て行こうとしたが、呼び止められる。やはり何か必要なものがあったんだろうとクロードは足を止めるが、どうやら違ったようだ。

 少し躊躇した様子だったが、意を決したように口を開く。


「お昼、食べた?」

「いや、今日は朝から保存食だけしか食べてないけど」

「……じゃあ、食べていって」

「いい、の?」


 本当は、様子を見た後にどこかで食べる予定だったが、せっかくの誘いだ。ここで断ってはせっかく開きかけた彼女の心がまた閉ざされてしまうだろう。

 なにより、さっきからおいしそうな匂いが空きっ腹を刺激している。


「あの時のお返しだから。それに、使っている食材はあなたのものだから気にしなくてもいいと思う」

「そうだったね。じゃあ、遠慮なく」

「と言っても、あなたの作ってくれたシチューよりデキは悪いけど。そこは、その……我慢してね」


 それからは、まだ料理は慣れていないような雰囲気が出ていた皮が残っていたり、大き過ぎる野菜が入ったシチューを腹が膨れるまで食べたクロードは、満足げな表情で自宅を後にする。

 まだ名の知らない少女も、おいしそうに食べてくれたクロードを見てとても嬉しそうに顔が綻んでいた。


「ふう……これで、午後の作業もばっちりだな」


 体がぽかぽかと暖かくなっているうちに開発室へと戻ろう。クロードは、急ぎ足で王城の方向へと向かっていた。

 が、明らかに怪しい行動をとっている王城の兵士を見つけ、思わず身を潜めてしまう。


「まさか、あのリグさんがあんな行動をとるとはな」

「まあ、前々からクロードさんと自分を比べていたからな。自分がいくら努力して成果を出しても、すぐ塗り替えられてしまうって」


 どうやら、リグの話しをしているようだ。あれからしばらく経つが、未だに会えていない。いや、クロードだけではない。一般市民ですらリグには会っていないという。

 噂ではまだ療養中だというが、それも信かどうか。


「そういえば、聞いたか? まだ【飛行型運搬魔機】ができていないのに、王がもう新しい【魔機】を作らせようとしているらしいぞ」

「それは本当か?」

「ああ。まあ【飛行型運搬魔機】は九割はできているって話しだったからな」


 その話はクロードも始めて耳にした。だが、クロードにとっては良い話でもある。【飛行型運搬魔機】を作った後、何をしようかと考えずに済むというもの。

 とはえい、これはまだ公表されていない話のようだ。自分にはまだ【飛行型運搬魔機】を完成させるという使命がある。早急に開発室へと戻り作業を再開せねば。


「シュドラー王も、クロードさんを酷使しすぎだよな」

「ああ。本当に、彼のことをただの”道具”としか思っていないんだろ」

(え?)


 その場から離れようとしたが、兵士のある言葉に足が止まってしまった。いや、足だけじゃない思考も停止してしまっている。

 自分のことをシュドラー王がなんだって? と。


「やっぱりそうなのか?」

「ああ。所詮は、シュドラー王国の正式な民じゃない。国を発展させるために、手放せない才能だから置いているだけだって」

「それ、どこから聞いたんだ?」

「偶然お偉いさんたちが話しているところを聞いたんだよ。だから、これは内緒だぞ?」

「じゃあ、酒を奢ってくれ。それで黙っていてやるから」

「たく、しょうがない奴だな」


 兵士達は、裏路地の奥へと消えていくと同時に、クロードも動き出す。だが、その心中は穏やかではなかった。

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