第二話~白銀の出会い~
「……」
クロードは、どうしたらいいかわからない表情で王城から出てくる。しんしんと降る白き雪が、頭に、肩に積もっていくが、それでもクロードは動かない。
「クロードさん」
「……うん」
それを見かねた兵士の一人が声をかけ、クロードを動かす。彼は、兵士の中でも特にクロードを慕っていた一人。だからこそ、あんなことをするはずがないと思っているが、一兵士では何もできない。
ただただクロードの背中を見送ることしかできないのだ。
(……はあ、これからどうしようかな)
親友の突然の裏切り。
クロードはいまだにその現実を受け止め切れていない。昨日まで、案を出し合い、共に作業をしていた。それが目覚めたら、一変。
王城で色々と言われた気がするが、リグの裏切りがあまりにも衝撃的過ぎて、ほとんど頭に内容が入ってこなかった。後日色んな規約書いた紙が自宅に届くということだが……それも読む気にはなれないかもしれない。
(やっぱり、あの噂って本当だったんだな……)
これは、絶対ないだろうと思っていた噂話だ。
リグが、酒場で時折クロードへの不満を漏らしていた。あいつさえ居なければ、いつか貶めてやるなど。
そんなことは絶対無い。リグが、自分を貶めるなんてない。だから、全然気にしていなかった。
(けど、これがリグの策略だったんだったら……俺はあいつにとって……邪魔者、なのかな)
気づかなかった。まさかリグが自分に対して不満を持っていたなんて。クロード自身がそうだったように、リグもないものだと勝手に思っていた。
(だよね……不満がないなんて普通はないよね……それなのに、勝手にわかっているようなことを僕は)
時折、不満そうな言葉を発したり表情になっていたりしたが、すぐに笑顔になるので自分をからかっているものだと思い込んでいたんだ。
結局は、思い込み。リグのことをわかっているんだと、自分は親友なんだと……全ては思い込み。
処刑はされない。これまでの功績に加え、今回は殺人未遂。
とはいえ、下手をすればシュドラー王や多くの貴族、それに役員が命を落とすか大怪我を負っていた。
空飛ぶ乗り物ということで、その試運転にはシュドラー王はもちろんのこと貴族達も乗ることになっていたため、あのまま乗っていたら……。
「とりあえず、信用を取り戻すしかないよな」
シュドラー王や貴族達の命が失われるかもしれないことだったため、シュドラー王本人もこれまでの功績を考えて、チャンスを与えた。
今度こそちゃんとした【飛行型運搬魔機】を完成させろと。
中には、自分のところで引き取ると言っている貴族達が居たようだが、クロードは考えさせて欲しいと言って、保留にしたのだ。
クロードの腕を欲しているところは、多い。
もしここから追放されたとしても、無職になることはない。ただシュドラー王を暗殺しようとしたという事実はすでに世界中に知られているはずだ。
今まで築き上げてきた信用は、完全にとは言わないが失われているだろう。
「ん?」
近道をしようと細い路地を進んでいたところ、変なふくらみを見つけた。そのふくらみの中から見えるのは、獣の尻尾。
ふさふさとしており、太め。犬の尻尾だろうか? 気になったクロードは、積もった雪を退けていく。
「この子って」
雪の中から出てきたのは、犬ではなく子供だった。それも【亜人】の子供だ。【亜人】とは、人の体に獣などの特徴的な部分を持った人種のひとつ。
普通の人よりも身体能力や魔力が高い者もおり、子供だろうと大人をも凌駕する。
クロードが見つけたのは、そんな【亜人】の中でも数が少なくほとんど見た事がないと言われている種族の子供だった。
振り続ける雪に負けない美しさがある白銀の毛。
ぴんっと頭から帰る二つの獣耳に、ついブラシをかけたくなるようなふさふさな太い尻尾。
クロードも見るのは初めてだが、間違いない。
「《銀狼族》だよね……」
その美しい白銀の毛並みと気高き誇りを持つ《銀狼族》は、滅多に人前には出てこない。その理由としては、狩りの対象になってしまうからだ。
昔から、狼の毛は重宝されており、高値で売られている。その影響なのかもっとも毛が美しい《銀狼族》や《金狼族》は、狩りの対象となり絶命の危機に陥っていた。
しかも、普通の狼と違い人種だ。奴隷や見世物としても扱われることが多く、大体は金持ちの我がままや気まぐれで体を弄ばれてしまう。
倒れている少女は、どうやら目立った怪我はないようだが、体がひどく冷え切っており、衰弱している。
「もしかして、狩りの対象になったのか?」
クロードは、すぐに羽織っていた白衣で少女を包み込んで、背負う。まだどこかに狩猟人が居るかもしれない。
周囲を警戒しつつ、移動をし、自宅へ到着した。
クロードの自宅は、そこまで大きくなく、どこにでもありそうな小さな家だ。生活のほとんどを王城近くにある開発室で過ごすため、自宅に帰ってくるのは本当に数日か数時間。
「よっと」
そのためベッドの上にも色々と物が置かれており、寝るスペースがない。物を退けるが、寝かせて大丈夫だろうか? と動きが止まる。
いや、大丈夫だ。前に洗濯したのが一週間前。それから一度も寝ていないはず。
念のため匂いを嗅ぎ、カビが生えていないかを確かめてから寝かせた。
「何か温かいものでも作るかな。とはいえ、食材なんてほとんどないだろうけど……作れるのはシチューぐらいかな」
その後は【暖房魔機】で部屋を温めながら、少ない食材でシチューを作っていく。本当は、どこかの料理屋で食べる予定だったが、仕方ない。
倒れている少女。それも《銀狼族》をあのまま放置していたら、確実に捕らえられていた。
「一応できたけど……まだ起きないか」
そこまで料理をしないため、シチューを作るにも時間がかかってしまった。野菜の皮を剥き、一口サイズに切り、ミルクを入れてじっくり煮込んで。
それでも、拾った《銀狼族》の少女は起きる気配がない。
「……はあ」
クロードは、ことこととシチューが煮込まれる音を耳に、天井を見上げる。考えるのは、リグのことだ。現在は、大怪我を負っているらしく療養中ということだが、実際はどうなのか。
もうリグとは会えそうにない。
いや、会えないだろう。もし、会ったとすればクロードは確実に今回のことを問いかける。それで、もしリグ自身が肯定すれば……。
「んっ」
「起きた?」
考え事をしていると、ようやく《銀狼族》の少女が目を覚ました。ゆっくりと起き上がり周りを見渡す。そして、俺に気づくと一気に覚醒したように毛を逆立て、魔力が膨れ上がる。
「あ、ちょっと」
「〈氷結剣〉!!!」
予想はしていたが、クロードを敵だと思い込んで魔法を放ってくる。〈氷結剣〉は氷属性の初級魔法だが、発動の早さに加え大きさが桁違いだ。
通常の〈氷結剣〉よりも、二倍以上違う。しかも、距離にして一メートルもない。
「はあ……はあ……はあ……!」
容赦もなく打ち込まれた〈氷結剣〉は床に突き刺さり、散らばっていた資料や本が吹き飛ぶが、クロードは無事だった。
「お、落ち着いてくれ。僕は、君の敵じゃない」
「そん、なの……しんじ」
ぎゅるるる~。
「―――シチューあるけど、食べる?」
「た、食べない!!」
しかし、強い意思とは裏腹に腹の虫は正直なようで、またぎゅるる~と可愛らしい音が鳴り響く。