第十話~初出勤~
「それじゃ、次は四本だ。いくよ、シィ」
「はい。いつでも」
太陽が昇る時刻。
マギアラの王都にある外部訓練所には、二つの影があった。一人はびしっと赤いネクタイを締め、白い白衣を身に纏ったクロード。
周囲には、魔力により生成された剣が四本浮いている。
それに対抗するように、剣を構えているのは銀色の髪の毛と獣耳、尻尾が目立つ《銀狼族》の少女シィ。
今日は、学園に登校する一日目ということもあり、気合いが入っている。
より戦闘技術を磨くため、師匠としてクロードが弟子であるシィを鍛えている最中なのだ。
発射される四本の剣が、軌道を自由自在に変え、四方八方からシィを襲う。
「ルイカの時は球体だったけど、人によっては剣や槍にもなるから、それを覚えておくように」
くいっと指を動かし、シィの死角を狙う。
それを体を捻りながら【魔刃剣】で切り裂く。そこから、流れるように二本、三本と次々に切り裂き、クロードへと近づいていく。
「そうそう。魔法や魔力による遠距離から攻めて来る相手には、接近するのが一番だ。〈魔力弾〉は集中力が大事だから、接近して猛攻撃を―――おっと」
「むっ……切れない」
教え込みながらは難しいな、と残った魔力の剣で【魔刃剣】を防ぎながら、眉を顰めるクロード。
「切れないように魔力を高めたんだよ」
「そうなんですか? 全然変わってないように見えるんですが」
「慣れれば気づかれずにできるようになるよ」
相手に気づかれないよう、いかに魔力を操作できるか。【魔法機師】の戦闘において、重要になるポイントのひとつだ。
「私もですか?」
「もちろん。シィは才能があるからね。これから学び、鍛えればね」
「頑張ります!」
「よし。それじゃ、どんどん打ち込んでくるんだ。この魔力の剣に傷をつけたら、次の段階に進もう」
・・・・・
「おはよう!」
「うん、おはよう! ねえ、昨日の休日何をしてた?」
「私は、新作のアイスクリームを買いに行ったよ」
「いいなぁ。私は、お母さんのお手伝いでほとんど時間が潰れちゃったよぉ」
「じゃあじゃあ、今日の帰りに寄ろうよ。私が奢ってあげるから!」
「本当!? わーい!!」
……見渡す限りの女の子。
右を見ても、左を見ても、後ろを見ても、もちろん正面を見ても制服を着た女の子ばかり。
その中に、一人白衣を身に纏ったメガネの男が混ざっていた。
「うーん。やっぱり目立つよね、僕」
「大丈夫です。師匠は目立つべき人ですから、問題ありません」
「……ふう。弱気になってちゃだめだよね。自分で決めた道なんだし。うん! 頑張ろう!!」
ここが女子しかいない学園だというのは知っていた。そのうえで、クロードは選んだ。今更、後悔したって遅い。
ここまで北のなら前に進む。
弟子に恥ずかしくない姿を見せないといけない。そんな決意を固めつつ校舎へと足を進めると、後ろから聞き覚えのある少女の声が聞こえた。
「あ、あの」
「あっ、キュレ。数日ぶりだね。元気にしてたからな?」
「はい。元気にしていました。お二人ともおはようございます」
「うん、おはよう」
「おはようキュレ。制服でもフードなんだね」
話しかけてきたのは、数日前と同じく肌を全然露出せず制服のうえからフードを被るという変わった格好をした少女。
マギアラの王都で最初に知り合った特生組の生徒だ。
「う、うん。やっぱりこれがないと落ち着かないって言うか。これがないと力が抑えられなくて」
「やっぱりそれには抗魔の術式が刻まれてるんだね」
「はい。フードだけじゃなくて、この布にも。そうでもしないと、無駄に力を垂れ流しにしてしまうので」
出会った時から感じてはいたが、フードなどに刻まれている抗魔の術式はなかなか高度な組み合わせ方だ。クロードでも、全てを見極めることができない。
実際に触れ、念入りに調べれば全てがわかるのだろうが、それをしてしまってはキュレに失礼だろうと、すぐに諦めた。
「《夢魔族》って大変なんだね」
「私がただ未熟なだけだよ……お母さんは、私ぐらいの歳にはもう力を制御できていたみたいだから」
「でも、それだけ力が強いってことなんじゃないの?」
「そうだね。特殊な術式を組み込んだ服で抑えるほどだ。君の力は普通より強力ってことの証明だと思うから。そう落ち込むことはないと思うよ」
「あ、ありがとうございます!」
キュレの元気が戻ったところで、そろそろ行かなければならない時間になった。
「さて、そろそろ時間が迫ってきたから、キュレは教室に行くんだ。僕達も職員室に寄ってから、行くから」
「え? ということは、シィちゃんは」
「うん。私も特生組。よろしくね、キュレ」
そう、シィはクロードが受け持つことになった特生組となった。やはりクロードの弟子ということもあるのだろうが、教師であるルイカを倒したことも評価されたうえでの配属だ。
他にも、色んな検査をした結果も踏まえてなのだが、それがなくともシィは特生組に行っていただろう。
「うん! よろしくね、シィちゃん。あっ、これお近づきの印に」
と、バックから菓子パンを出してシィに渡した。
「ありがとう」
「食べるなら教室とかにするんだぞ?」
「わかりました、師匠」
「そ、それじゃあ、私は先に教室に。失礼します先生! シィちゃん」
「うん、またね」
「またね」
そして、キュレと別れたクロードとシィは職員室へと向かった。その途中、やはり男は珍しいようで、すれ違う女子生徒達は、積極的に挨拶を交わす者や、観察するように見詰める者、さまざまな視線を受けながら、二人はようやく辿り着く。
「し、失礼します」
こんなものはまだ序の口だ。そう自分に言い聞かせながら職員室のドアをスライドさせる。
「お? 数日ぶりだね、クロード先生。それにシィちゃん。おはよう!」
最初に出迎えてくれたのは、シィの相手をした《金狼族》の教師ルイカだった。出会った時と違い白いシャツにタイトスカート、腰には上着を巻いている。
教師としてはきちんとしているのか、していないのかよくわからない格好だが、周りは全然気にしていない様子だ。
「おはようございます、ルイカ先生。試験の時は、お世話になりました」
「お世話になりました」
「気にするなって。あたしも仕事だったとはいえ、あの子と戦ったのはすげぇ楽しかったからさ。あの子は、まだまだ伸びる。しっかり鍛えてやら無いとな、お師匠さん」
「ええ、頑張ります」
「そんじゃ、他の教師も紹介したいところだが……すでに移動してしまった。色々と準備があるからな。あんた達を生徒達に紹介する準備がな」
この後、全校生徒に紹介されることになっている。正直、一人の教師と生徒のためにそこまですることはないと学園長であるロミエーヌに伝えたのだが。
「こういうことはしっかりやらないと! それに君は有名人だからね!! きっと生徒達も大喜び間違いなし! もちろん一番弟子であるシィちゃんも!!」
とのことで、軽いスピーチをしなくてはならないことになったのだ。人前でスピーチをするなど、戦争を終わらせた後にあったパーティー以来なためもうかれこれ十年ぶり。
うまくできるかどうか不安になりながらもしっかりと何を話すのかを考えてきたクロード。
「まあ、だからその前に自分が受け持つ生徒達を先に見てきてもいいぞ。まだ準備はかかりそうだからな」
「わかりました。あの、もしかしてルイカ先生は、僕のことをずっと?」
「そうそう。歳が一番近いってこともあるけど、正直こっちのほうがあたしは楽できていいなぁってさ。ほら、わかったらさっさと行く。挨拶が済んだら、また職員室に戻ってくること。いいね?」
「はい。それで、また後ほど」
「あいよー」
職員室を後にした二人は再び女子生徒達の視線を感じつつ、特生組の教室前へと辿り着く。
すでにキュレが居るはずだが、他にも気配を感じる。
他の教室よりも数は少ないと聞いているが……やはり緊張してしまっているようで、なかなか前に進めない。
(……ふう。よし!)
一呼吸いれ、クロードは教室のドアに手をかけた。




