第九話~煌く一閃~
《おっす! お前が、シィだな。あたしは、お前の相手をするルイカだ。よろしくな!》
「よろしく」
かなりテンションの高い教師のようだ。
対して、シィは表情一つ変えることなく【魔刃剣】を抜刀する。
《学園長から聞いていると思うけど。あたしが身に纏っている【魔装機】が使い物にならなくなったら、終わりだ。わかったな?》
「うん」
《およ?》
シィはすでに始まっていると思い込んでいるようで、一気に距離を詰める。
「お? せっかちさんね、シィちゃんは」
「早く戦いたかったんでしょうね」
《まったく、これは試験なんだぞ? まあでも……あたしも早く戦いたくてうずうずしてたんだけどね!》
右斜めから切り上げていくシィだが、ルイカは余裕の棒立ち。
それはなぜか? 簡単だ。
避ける必要がないということだ。
バリィッ!
刃が当たる寸前で、火花が散り静止する。
「〈魔力障壁〉か」
シィの攻撃を防いだのは〈魔力障壁〉だ。第一世代の【魔装機】は、素材を詰めすぎたせいで重く、俊敏には動けないのが欠点だ。
そのために魔力による攻撃と防御を主体としている。
《ほらほら、どんどん攻めちゃうよ?》
刃を防ぎつつ、ルイカは周囲に〈魔力弾〉を四つ生成させる。
《発射!!》
「避ける」
焦ることなく、冷静に魔力弾の軌道を読み、軽いステップで回避していく。そこから、素早い走りで、背後へと回り込もうとする
《へえ、もしかして第一世代の欠点を見抜いたのかな?》
「その鎧で動くのは大変なんだよね?」
獣の勘か、それともシィが持つ観察眼が凄まじいのか。第一世代の動きの遅さを逆手に取り、背後へと回り込み【魔刃剣】を構える。
とはいえ、まだ〈魔力障壁〉と〈魔力弾〉を突破しなくてはならない。
《ああ、その通りさ! でも、あたしには関係ないね!!》
「む?」
うまく背後へと回り込んだと思ったシィだったが、まるで第一世代の欠点などないかのように、ルイカは振り向く。
そこから先ほどよりも二つ多く〈魔力弾〉を生成し、シィが近づけないように打ち出す。
《ほらほら! どうした! どうした!! 近づけるものなら近づいてみなよ!!》
「すごいですね、彼女。第一世代の欠点をもろともしていない。それに、あの高度な魔力操作……何者なんですか?」
シィが〈魔力弾〉の回避に専念している中、クロードはルイカについてロミエーヌに問いかける。〈魔力弾〉は魔力を術式によって変換させた魔法と違い、魔力そのものを放出させ形作っている。
魔力操作に相当な自信がない限り、あれほどの数を自由自在に操作することはできないだろう。
「彼女は【嵐撃の魔女】と呼ばれててね。相手に隙を与えない攻撃を得意としているのよ。【魔法機師】の中では最近頭角を現してきた子よ」
「【嵐撃の魔女】……なるほど、彼女がそうだったんですね」
「お? さすがに知っていたみたいね」
「ええ。通り名だけでしたから、すぐには気づきませんでしたが」
ここ数年で頭角を現した【魔法機師】の中でも、手が付けられない暴れん坊と言われているのが【嵐撃の魔女】だ。
その攻撃は、嵐のように激しく、戦闘後は必ず周囲を巻き込み、嵐が過ぎ去ったかのように光景になることからそう名づけられたという。
マギアラにある辺境の地で生まれ育ったということもあり、一般常識が欠けているという噂もあったので、まさか学園で教師をしているなどとはクロードは思わなかった。
《いい動きだ! けど、避けているだけじゃ、あたしには勝てないよ!!》
「……じゃあ、そろそろ攻める」
《お? いい目つきだ。かかってきなよ!!》
休む暇もない〈魔力弾〉の攻撃を回避しつつ、シィはルイカへと近づいていく。
《いい度胸だ! けど、あたしには〈魔力障壁〉があることを忘れてるんじゃないか?》
〈魔力障壁〉は使用者の魔力量によって強度が違う。クロードがシィに渡した【魔刃剣】は物理剣の中でも〈魔力障壁〉を突破できるほどの強度と切れ味を持ち合わせている。
そんな刃でも突破できなく、彼女の〈魔力弾〉の数などから考えるに、相当な魔力量だと考えられる。
なら、攻撃しない? ……いや、ここは。
「忘れてなんかない。だから」
カシュン!
トリガーを引き【魔刃剣】の刃が展開。
そこへ魔力を注ぎ込み、刃へと変換。
《それは!?》
「切り裂く……!」
襲い掛かってきた〈魔力弾〉諸共、シィは〈魔力障壁〉を切り裂く。
《なるほど。それが噂の【魔刃剣】ってやつか! けど……まだ浅い!!》
一瞬にして魔力の刃を見抜いたルイカは、直撃を避けるために〈魔力弾〉を壁とした。それにより〈魔力障壁〉ごと【魔装機】を切り裂こうとしたシィの攻撃が、弱まってしまった。
障壁は切り裂いたが【魔装機】には届いてない。
「まだ終わってないから」
《なんと!?》
よく見れば【魔刃剣】を右手だけで振るっており、使っていない左手には、氷で生成した剣を持っていた。
「やあっ!」
ただの氷の剣ではない。魔法により生成された〈氷結剣〉だ。最初に出会った時は、ただ飛び道具のように扱っていたが、今のように本物の武器として扱うこともできる。
刃の鋭さは、込められた魔力量によって決まる。
「いい一撃ね。相手が〈魔力弾〉で防ぎ、攻撃が浅くなることを読んだ上での〈氷結剣〉の追い討ち。戦闘センスはかなりのものと見た。さすがクロードくんの弟子ね」
《いい切れ味だ。しかも氷結のおまけつきか……》
シィが切り裂いたのは【魔機】を動かすために必要な魔力炉がある箇所。相当な切れ味だったために機械の鎧を切り裂きうえに、魔力炉を氷付けにしてしまったようだ。
あれでは、術式もズタズタで【魔装機】を動かすことはできないだろう。純粋な筋力で動かすということもできるが……。
「そこまでよ! 試験終了!! この勝負、シィちゃんの勝ち!!」
「よし!」
これには思わずクロードもガッツポーズを取ってしまう。
「師匠。勝ってきました」
刃を収め、褒めてくださいとばかりに尻尾を振りながら近寄ってきたシィ。上機嫌なクロードは、笑顔で頭を撫でてやる。
と、そこへ【魔装機】を外したルイカが近寄ってきた。
「いやぁ、第一世代の【魔装機】を身に纏っていたとはいえ、まさか負けちゃうなんて思わなかった。やっぱ英雄の弟子ってだけはあるね」
負けたというのに、そこまで落ち込んだ様子がない。むしろ嬉しそうに笑う獣耳を生やした金髪の女性。どこかシィに似ている部分がある。
「もしかして……《金狼族》?」
シィの《銀狼族》と同じく【亜人】の中でも数が少なくなってしまった種族だ。まさかこんなところで出会えるとは思っていなかった。
「そうさ。あたしは《金狼族》のルイカ。今年で、二十歳になる。そんで、ここにはあたしに妹も通ってんだ生徒として。あんたと同じ歳だから、仲良くしてやってくれよ? 《銀狼族》さん」
それに妹が居るらしく、現在は生徒として学園に通っているようだ。
「……うん。わかった」
「よろしくな。それと」
シィと握手を交わしたところで、今度はクロードのところへとやってくる。なんだろう? と首を傾げていると、なぜか肩を組み始めた。
「あんたもよろしくな! あたし、あんたに憧れて【魔法機師】を目指したんだよ! これから同じ教師同士仲良くしていこう!! 年齢はあたしのほうが上だけど、そんなことは気にするな! な?」
「は、はあ……?」
なんだろうこの距離感は。同じ教師陣として仲良くしていくのは賛成だが、肩を組むほどの距離感はさすがにまだ早い。
(というか、顔も近い……!)
「んー? どうした?」
全然悪気がない。ただ純粋に仲良くしていこうというその一途な気持ちで、くっ付いているようだが、クロードにとっては刺激が強すぎる。
健康的で張りのある胸まで肩を組んでいることで、押し付けられており、恥ずかしさのあまり直視できない。
「はいはーい! 仲良くするのはいいけど、規律は守ってね?」
「わかってますよ、学園長。あたしもここでの生活が気に入っていますからね。くびになんてなりたくないですから」
ロミエーヌが割って入ってくれたおかげで、離れることができた。ほっと胸を撫で下ろしているクロードだが、なにやらシィの羨ましそうな視線を感じる。
「それじゃあ、これから色々と手続きをしなくちゃならないから、二人は私についてきてくれる?」
「は、はい。わかりました。行こうか? シィ」
「はい、師匠」
本当に羨ましかったようで、普段は隣か後ろから一定の距離を開けてついてきていたシィが、ぴったりとくっついてくる。
撥ね退けるのも可哀想なので、クロードは仕方ないとそのまま訓練所から出て行った。




