六十四、 月を照らす光と月に雄叫ぶ狼
フィールドに二人が立ち合う。
カルトとギルゴートは睨み合う。
《さあ、試合開始だぁ────》
◇
狼人間へと化ける。
灰色に生える毛皮に鉄のように硬い爪。
「今日は上弦の月で昼過ぎ。最高にはならないけど、それなりには強い日だ!」
ギルゴートは地面を蹴り力強く走っていく。
それに負けじとカルトも走っていく。
「ウチだって負ける気はないっすよ!!」
剛腕の腕から放たれる強靭な爪と音速の身体から加算される最強の剣が衝突する。さらに、爪と剣はぶつかる。何度も何度も衝突し、ついにギルゴートは鋭く縦に斬られ、後ろに飛ばされた。
地面に思いっきり重力をかけてその場に留まろうとする。
「俺はあの頃よりも強くなったんだ!もう「あの子どもにも負けない」ように努力したんだ!!」
力強く突撃するギルゴート。彼に伝説の剣が横通る。
「俺はなぁ、こんなんで負けねぇんだよな」
剣で斬られても動じない。
ギルゴートはただ一発を狙うだけに突撃してきた。強く振られた拳がカルトを吹き飛ばす。カルトはフィールドの壁に叩きつけられた。
壁の上から観客が覗く。
「前のままだったら殺られてたっすね。けど、今はもう今までのカルトじゃないんっすよ!!」
カルトは剣を敵に向けた。
そして、目眩む光が会場を包んだ。
光の線が地上を通ってから空へと向かっていった。
「ちっ、あいつはどこへいったんだ?」
ギルゴートはフィールドを見渡すが、どこにもカルトの姿が見当たらない。
それもそうだ、何故ならカルトは、、頭上にいるのだから…
「上っす!!」
ギルゴートは上を見上げた。
その頭上で落ちていく光の線。その線は瞬く間に消え、カルトが現れた。そのカルトは攻撃を終えていた。
思わずギルゴートは立て膝をついて倒れる。
「勝負ありっすね!!」
──
───
────
「大会に出てベストール以外の相手に勝て!もしベストールが相手となったら辞退しろ!!そこには誰もが参加する。指名手配者もいる油断するなよ!!」
「ははっ──」
ギルゴートは王に頭を下げて、その命令を承諾した。
彼は幼なじみのモミナにこのことを話した。
「頑張って欲しいだわさ!!あたいも出てみたいけど、出れないんだから仕方ないんだわさ」
モミナは物寂しそうに笑った。
それを聞いて思わず口が開いた。
「そうか、モミナもセイモアもこの大会に出れないのか……」
任務を持つということは名誉。
モミナは今任務を持っていない。
「気にすることはないんだわさ!あんたは好きなように頑張って野族の地位をどんどん上げればいいんだわさ!!ただ……」
「ただ……?」
「ただ、あたいらの分まで頑張って欲しいだわさ!!」
この大会に出たくても出られないモミナ達の分まで、いや、選ばれし勇者として出られない勇者の分も……俺はその気持ちを背負うんだ。
他にも七色の勇者が一人出るらしい。
だからといって、気持ちを背負わない訳にはいかない。俺は出られない皆の気持ちを背負う。
敵を前にして……
簡単に地面に這っていては俺に託した皆に向ける顔がない。
「俺はこんな所では負けていられないんだ!!」
ギルゴートは疲弊した身体を無理やり立ち上がらせた。
観客から湧き上がる声援がギルゴートを包み込んだ。身体中に漲る不思議な力。
「俺はモミナ……や勇者達の分まで背負っているんだ!ここで負けられねぇよ!!」
「ウチも仲間の分を背負って敵陣に潜り込んでるっす。負ける気はないっすよ!!」
睨み合っていた二人の奥底に楽しいという感情が湧き上がる。
カルトの周りを漂い始める光の線。
その光が身体へと入り込む。それが身体の能力を上昇させる。
「ウチだって軽はずみな正義は抱えてないっすもん!!」
ギルゴートのオーラは徐々に上昇していく。
狼の身体はより野生身を増していく。凶暴性を増していく狼の身体。
「お互いに背負うもんの大きさは同じだ!!だから、ここからはどれだけその背負う正義に応えられるか……。俺は絶対に応えてやる!!」
「モミナ──見てくれ!俺はお前らの分まで背負ってみせる!」
野生化──
それは野族にのみ手に入れる可能性がある力。だが、その力を手にした者は誰一人もいなかった。
しかし、今日───
一人の男がその力を手にした。
野族しか手に入れられない力を、野族の誰も手に入れられなかった力を…今ここでギルゴートは……
多くの気持ちを背負い新たな力を手にしたギルゴート。
より強いパワーとスピードを手に入れたのだ。
────より凶暴でより強靭な一撃と……
「より速く、より速く、そして、その速さは力へと変わる!!」
────より瞬間的により刹那な一撃が……
フィールド中央で交差した────
◇
パワーとスピードの衝突。
一人は勢い良く進み、中央よりも遠ざかった場所でやっと止まった。
もう一人は別の空間へと飛ばされていった。
「今回はウチの勝ちっすね────」
衝突で現れた砂煙が風に吹かれて地面へと戻った。そのフィールドにはカルトだけが立っている。
《激しい衝突の末、勝ち抜いたのはカルトだー!》
会場は大歓声に包まれていた。
「オー」という声がフィールドを覆う。その声を背にカルトは勝者への空間へと戻っていった。
◆
「負けたのね────」
暗い空間に二人面会うギルゴートと奈々。
「ああ、俺もまだまだだ!皆の分も背負ってして、それに任務だというのにな……」
「そうよ。あたしは悪を一人残さず断罪したのだから。そっちも確り任務をこなして欲しい!!」
その言葉を聞いてギルゴートは驚いた。
「マジか……。」
「マジよ────」
ギルゴートは立ち去る際に一つ言葉を残す。
「人々は光を求め、光が作られる。最初は光も悪も表裏一体。だが、いつしか光と闇は分断していく。光か闇かどちらかが強くなればなるほど別れて交わらなくなり、さらに対立する。」
それを聞いた奈々は振り返る。
「どういうこと?」
「お前のような光が強くなればなるほど、必然的に闇も同じぐらい強くなる、狡猾になる。まあお前ならそれを断罪できそうだがな……。けど、そうやって光だけにしても、その光はすぐに普遍的な地へと変わる。そうなれば、また光と闇が現れる。」
「意味が分からない!!」
「光があれば闇もある。そういうこと──だ!」
「火入も同じようなことを言っていた……が、意味が分からない。」
「お前の断罪がより対立を激しくする。例え、完全に悪を滅ぼしても……正義とされた者の中でまた悪が生まれる。それをお前が完全に理解する時に本当の平和が訪れるかもな──」
そのままギルゴートは去っていった。
◆
「すまねぇ、負けちまった……」
「いいんだわさ。充分頑張ったんだわさ──」
ギルゴートの疲弊した身体は優しい言葉によって温かく包まれた。




