息をするだけでレベルアップ!
これから行く異世界はレベル制を導入しているらしい。要は敵を倒して経験値を稼ぎ強くなっていく。
敵を倒さず普通に生活していても、大人になるまでにレベル10にはなれるらしい。戦う必要のない一般の人は普通はここでレベルが止まる。
兵士や冒険者になって戦っていれば20くらいまでは順調に上がるらしい。
しかしここから必要経験値が莫大になる。というより10ごとに必要経験値が跳ね上がるようだ。
レベル30なら一流。40や50ともなれば英雄クラス。伝説の勇者で99止まりだったという話だ。
「息を吐くだけでレベルアップできるチートがほしい」
よかろう。そう言って神を名乗る何かはニヤリと笑って、俺は異世界に送り出された。
息を吐くことにしたのには特に意味はなかった。歩くだけとか、心臓の鼓動とかでもよかったんだが、コントロールできてなおかつ楽な方法を考えて、とっさに思い浮かんだのだ。
「まずは少しレベルアップさせとくか」
深呼吸。ピロンという音とともにレベルが上がったのがわかった。
ステータスが上がった。スキルはポイントを手動で割り振りか。
戦士系か魔法系。当然両方だな。
鑑定がある。まずは鑑定と……レーダーもあるな。取ろう。
レーダーを見てみると、赤い点が近くにまたたいている。ヘルプによると、赤は敵性生物だ。やばい。こっち向かってる。
ピロンピロン鳴らしながら細かく呼吸を繰り返し、ええっと、何か……足元の石を拾う。
熊だ。熊が現れた。
石を全力で投擲すると、熊の上半身に石がめり込み、熊がどうっと倒れた。
ふう。ピロン。
もうレベル35か。レベルが上がったことにより筋力も大幅にあがったようだ。
唐突にお腹が空いたのに気がついた。まるで数日何も食べてないほどの飢餓感。
熊、食えるかな?
食えた。火魔法を覚えて丸焼きにしてみたら結構いける。塩すらなくて味気はないが、恐ろしく空腹な状態で味わうどころではなかったのだ。
もりもりと食べる。肉と内蔵の食えそうなところは全部食べた。ごちそうさま。
食べながら気がついたんだが、体がボディビルダーみたいになって服がぱっつんぱっつんだ。レベルが上がることによって、体が作り変えられたようだ。
それに空腹だ。今は筋肉はあるが、体脂肪がほとんどない。そして熊一頭を完食したにもかかわらず、まだ空腹なままだ。足りなかったらしい。
息を止めて考える。
レベルアップするには食料を調達しないと危ないな。空腹で倒れてしまう。
レベルが上がったおかげか、幸いにも息を長時間止めておけるようになった。一旦レベルアップはやめて、レーダーで食い物を探す……いた。
青い光点。何かの群れだろうか。石を幾つか拾って近寄る。鹿の群れだ。いいぞ。
一気に接近し、鹿たちが気がついた時には一匹目を殴り倒していた。鹿は悲鳴もあげずに絶命した。逃げる鹿には石を投擲して、20頭ほどの群れを一匹残らず倒す。
鹿を追い詰めてる間に服が全部破けた。唯一残ったのは伸縮性の高かったパンツのみ。どうすんだこれ?
とりあえず素っ裸のまま、狩った鹿を焼いていく。
食いながら空腹の具合を確認しつつ、呼吸を調節し、レベルを上げていく。
日が沈む頃にはレベルが120になっていた。体も更に成長し、超人ハルクみたいなっている。パンツもぱっつんぱっつんでそろそろやべえ。
町か村はパワーアップしたレーダーですぐに見つかった。ついでにスキルも色々とっておく。
よいしょと、残した鹿を2頭かついで、全力疾走する。足が裸足で心配だったが、強化した肉体は石を踏んだくらいでは物ともしないようだ。
結構大きい町だった。門で衛兵に取り囲まれた。
そりゃそうだ。裸のマッチョが鹿を2頭抱えて爆走してきたのだ。警戒するだろう。
だが誤解を解こうにも言葉が通じない。しかも言語系のスキルがない。どうしろというんだ……
そのまま連行され、牢屋にぶちこまれた。戦ったら楽勝で勝てそうだったけど、異世界で最初の町でもんちゃくを起こすのもどうかと思ったのだ。
とりあえず今日はもう寝よう。疲れた。牢屋の床にごろんと寝転がった。
だが俺は慌ただしく牢屋にぶちこまれたことで失念していた。
寝ている間も呼吸はするのだ。寝る前まで息を止めていたのだが、睡眠に入って呼吸を再開してしまったらしい。
激烈な空腹で目が覚めた。
レベルは……220か。牢屋は暗くてよくわからないが、体がまた大きくなったようだ。パンツが破けていた。これで完全無欠の全裸だよ!
脱獄は簡単だった。指で軽くつついただけで鉄格子がはじけ飛んだ。
飛んできた衛兵の槍は、俺の体に通らず折れ曲がった。衛兵は逃げた。カーテンがあったのでもらって腰に巻く。
強化された嗅覚に食べ物の匂いが届く。食料の匂いをたどり、牢屋の隣の建物の食堂らしきところに出た。
営業中のようだ。寝ていたのはそれほど長時間ではなかったようだ。客が俺を見て悲鳴を上げて逃げ惑う。遅れて追ってきた兵士らしいのがなにか怒鳴っていたが無視した。
剣で斬られたが痛くも痒くもなかった。兵士も逃げ出した。
外が騒がしいが何はともあれ食事だ。客の食い残しを全部いただく。
どうやらかなり体がでかくなったようだ。天井に頭がつきそうだ。テーブルや皿も子供用にしか見えない。
客席のを食い尽くしたので、厨房にはいり、食材をそのままぼりぼりと貪る。貪り尽くした。
やってしまった。無銭飲食だよ。脱獄はまあいいとして、これは弁償しないと……
頭にドンッと衝撃を食らってごろんと厨房に転がった。なんだ? あ、髪の毛焦げてる。
見ると何人かがこっちに向かって――魔法攻撃か。ファイヤーボールだな。
腰の布が焦げないように、手で防ぐ。何発かやって、効かないとわかると魔法使いも逃げ出した。
しかしまだ空腹だ。通りに出てきょろきょろと店を探す。レーダーのレベルを上げると光点が増えていた。生物だけでなく、希望する対象をサーチ出来るようになったらしい。食材を探すと大量に見つかった。市場のようだ。
市場の店はどこもすでに閉まっていたが、適当な店に押し入り山積みの食料を食べてようやく落ち着いて考えられるようになった。
まずいぞ。このまま呼吸を続けたらどうなる? 食べている間にも10ほどレベルが上っている。
意識すれば止められるが、食べたり飲んだりするだけでもぽろっと呼吸をしてしまうし、寝てる間は止めようがない。
一分に一回に抑えるとしても一日で144回。一年経つ頃には……52560回?
とにかく食料を集める必要がある。レーダーで大型の生物をサーチする。かなり遠いが全力で走れば大丈夫か? いつまでもこうやって人様の食料を強奪していいはずもないし、選択肢はないか。
店を出て遠巻きに囲む兵士を飛び越え走る。城壁もジャンプで飛び越えた。
だが走ってるうちに重大なことに気がついた。空腹だ。そう、動くだけでエネルギーは消費される。
すでにレベルは270。いや、たった270と言うべきか。これから一年で50000を超えるのだ。
途中で食料を見繕い、生で貪りかじりながら大型の生物を目指した。家ほどの大きさのドラゴンだった。食いごたえがありそうだ。
恐ろしげな咆哮を無視し、首に飛びつくとねじ切った。ひどく空腹だ。皮ごと骨ごとごりごりと噛み砕き腹に収めていく。
上半身が消えたところでようやく満腹感を得た。疲労と眠気でその場で横になった。寝てはまずいという気持ちもあったが、いつまでも起きていることも出来ない。食料はまだたんまりある。
空腹で目が覚めた。当然ながらまたレベルがまとめて上がっていた。ドラゴンの残りを喰らいながら今後の方針を考える。スキルを見ていると転移魔法を発見した。有り余るスキルポイントを投入する。レーダーと組み合わせれば即座に食料のところへといけた。これで一安心だ。
日に日にレベルは上がっていく。もはや全裸は気にならなくなっていた。だって人とか会わねーもんな。ドラゴンみたいな大型の生物のいるような場所は当然ながら人はいない。
だがある時転移すると小人と大型の爬虫類が戦っている現場に出くわした。
いや……小人じゃないな。人間だった。相手もドラゴン。俺が大きくなったのだ。俺の体格はもはやドラゴンに匹敵するほどになっていた。そういえばどこも木が低いなと思っていたが、俺がでかくなっていたのか。
人間たちは闖入者に驚き逃げ、ドラゴンがこっちに向かってきたのでさくっと息の根を止めて頭からむしゃむしゃしてやった。まだ腹半分といったところか。ここのところ大きいドラゴンでも数頭食べないと空腹を満たせないようになってきた。
次の食料は……遠い。だんだんドラゴンも減ってきた気がする――
――とうとう陸地と海にいる大型の生物を食い尽くしてしまった。木も食べられるがあまり美味しくない。しかし食べないと餓えてしまう。飢えは苦しい――
土も案外悪くない。なにせ大量にある。この頃にはもううんこすら出なくなった。俺の体は食べた何もかもをエネルギーに変えているようだ。
その場に寝転がり土を喰らい、海を飲み干す。
小さい存在が何かを訴えかけているようだが、言葉はわからない。
「目を離したほんの短期間にとんでもない化物に育ったものよ。ふむ、もはや知能すら失ったか?」
むしゃむしゃ食べていると、久しぶりに理解出来る言葉が聞こえてきた。それを発する小さくも巨大な存在には見覚えがあった。
「神」
「そうじゃ。貴様の存在は害悪そのもの。ワシ自らの手で殺さねばなるまい」
神の攻撃で激痛が走る。痛い痛い痛い。咄嗟に転移で逃げる。
「神から逃げられるものかよ。ほれ、さっさと死ぬが良い」
死んでたまるか! 更に転移。しかしすぐに神も追いすがってくる。
「しぶといのう。それに転移の妨害も出来ぬほど力を蓄えていたとは」
逃げながら呼吸をするがその程度では焼け石に水。もっと一気にレベルを上げねば。昆虫はいくつもの吸気器官があるという。体を作り変える。大量の呼吸器官が高速で呼吸を繰り返し、加速度的にレベルが上っていく。エネルギーももっと取り込まねば。
高速で呼吸を繰り返し、周囲の何もかもを吸引していく。
目の前に巨大なエネルギー体が現れたのでそいつも飲み込むと、さらに力が強くなったのが分かった。
そいつが体内で抵抗したので押しつぶし分解してやる。
意識が拡張する。なるほど、世界はこうなっていたのか。世界はエネルギーで満ちている。
考えているうちにもレベルは上がっていく。手始めにあの赤く燃えている大きい星を食べに行こうか。たっぷりとエネルギーを蓄えていてとても美味しそうだ。
宇宙は広い。いくらでもエネルギーはある。それで足りなければ俺が居た元の世界や他の世界もある。
お腹が減った。
もっと、もっと食べないと。
こうなったら何もかも食べ尽くしてやる!
ほどなくしていくつかの太陽が消滅し、宇宙に一つのブラックホールが誕生した。
宇宙を食べ尽くすとか無理だったわ!