Twinkle Snow Tiny Stars
処女作です。拙い表現、説明過多の部分もあるかと思いますが、日常を少し捻った程度のたわいもない短篇です。お手柔らかにお願いいたします。
June
僕が彼女を見つけたのは雨の降る七夕前夜。色も無いくらい殺風景な梅雨の温度。
オフホワイトの梅雨空を恨めしそうに見上げながら、彼女は駅の入り口で立ち続けていた。
「ねえ。短冊に "雨の無い地球にして” って書いたらいけないの?」
彼女がはじめて自分と交わした言葉がこれだった。
言葉を失い唖然として立ち尽くす僕に、憮然とした表情の彼女は捲し立てるように言葉を続けた。
「だって、もういい加減にしてって思うじゃない? ずっと雨続き。こんなにいつもジメジメしてたらこの街がいつかカビだらけになっちゃうわ。」
「だったら。。天の川に “雨を無くして?” ってお願いしたら良いんじゃないのかな?」
やっと彼女の言葉を消化した僕は、恐る恐る彼女に意見した。
彼女はまるで放課後のあまり優しくない女教師のように。自分の方をくるりと振り向き、
「そうね。天の川は私たち地球の味方ですものね。願いを要請するわ。」
とだけ吐き捨て、そっぽを向く様にふいっと水色にクリーム色のコインドット柄をした傘を開き、そのまま街の中に消えて行った。
そして彼女の天体要請は空しく、翌日の七夕もその翌日も相変わらずの忌まわしい雨は降り続けていた。
September
その次彼女を見たのは夏の暑さが引いた9月の末。彼女は夏の制服姿だった。今まで殆ど見かけなかったのだけど、彼女は自分と同じ学校の生徒だった。校庭の隅にある鉄棒の前で、宇宙の天上の様にだんだんと高くなる秋の夕焼けを睨みつけながら。。
「なんで彗星も流れ星も落ちてこないのよ!! 失礼しちゃうわ! 流星群の予定は私がちゃんと決めてあげたのに!」
と全く理解不能な言語に見て取れる程の言霊を罵声の如く僕に浴びせて来た。
「ええ。。ええ。。と 天体の都合というか。。 流星は流星のスケジュールというのがあるんだと思うんだよ。。 何座の流星群の事を言ってるのか判らないけど。。明日までに調べてくるから。同じ時間と場所で待ってって?」
と、とっさの切り返しをしてそそくさと校庭を出てしまった。
「そう? 貴方は有能だと信じてるわ。まあったく梅雨の時は頼りにならなかったけれど。健闘を祈ってるわ。」
という彼女の言葉が聞こえたのか否か、自分が走り去ったのはそれも分からないくらいのタイミングだった。
帰り道。正気を取り戻した僕はちょっと怖さを感じていた。でもその恐怖の反面、再び彼女と遭遇して何かぼんやりとしたあやふやな役割が芽生えた様な気もしてた。それは彼女の怒りを鎮めたいと言う事とは少しちがう何か。。。そしてひとつだけ確信した事がある。
(僕は彼女に少なからず興味を持っている)と。
確かに彼女の口調や態度は恐怖そのものだ。モンスターがあんぎゃああと叫ぶそれそのものだ。
でも自分に向けられた彼女の不満案件達は、自分がなんとか頑張れば解決出来なくもない。もしかしたら頑張ってみれば彼女の望みを叶えられるのでは? と思わせる様な予感に満ちた心地がするのだった。
夕食も風呂も課題も最速で済ませた僕は父の書斎に忍び込み、星や宇宙のや星座の本を引っ張り出して調べに調べた。彼女にいつも流れ星を見せてあげたい。流星群を見つけて彼女を星の光で包んであげたい。そんな過ぎた願いがその晩の自分を動かしていたのかもしれない。
ふと書斎の机を見ると、然程の小ささではない星座早見盤があった。父は秋の星座が観たかったのであろう。明日の日付に目盛りは調整されていた。ふと何気無しに盤の夜空に目を移すと。深夜10時の位置に何やら手書きのようなヨレヨレの白い太い線で「これ→すいせい」その右隣には「でもってこれが→苺タルトりゅうせいぐん!」とあった。僕は思わずその早見盤を僕の部屋にあった画用紙のようなスケッチブックと青のクレヨンで細かく描き移した。
そして夜明けの星座は空の彼方に消え。朝が僕らの街に訪れた。
一睡もしなかった僕は放課後。スケッチブックを持って鉄棒で彼女を待った。どう説明したらいいのか分からないけれど。これを見せたら彼女は穏やかな表情を僕に向けてくれる。そう信じていた。なんだか分からないけれど、眠くて眠くて仕方が無かったけれど。ドキドキとワクワクが同時にやって来て。
こんな気持になったのは生まれて初めてなのではないのかとずっと思っていた。
…でも彼女は姿を現さなかった。
December
冬。街はキラキラと色付き、賑やかなベルの灯りや音色が重なる12月はじめ。
世のキッズたちはプレゼントのお願いをあれやこれやと探索しては、冬色の真っ赤になった頬を暖炉の火でこんがりと暖める。。そんな季節がやって来た。
ただただ僕はぼんやりと秋を過ごしてきた。書斎にはほぼ毎日足を運び、星や星座の種類を調べたり流星群の予定を星座早見盤や机に積まれた天体新聞を眺めて追いかけていた。スケッチブックは星座の模様で埋まり。青いクレヨンも半分の大きさになった。
彼女はあの日以来顔を表す事は無かった。冬服姿の彼女をまだ一度も見かけていない。いや最初からそんな彼女の存在は無く、僕だけがただぼんやりと観ていたほんの僅かな蜃気楼の様なものだったのかもと思う様にさえなっていた。
それ以外の私生活はあっけない程平和に時が流れ、マフラーも手袋もその有難さを感じる時期に入ろうとしていた。
卒業を来年に控えた僕は、その前に立ち憚る試練のために睡眠時間を削り、眠りの代償としてノートに文字をひたすら書き連ねる作業を始めた。
そんな12月の放課後、僕の街の駅前広場は年末の飾り付けが商店街の人々や駅員達によって着々と進んでいた。下校の途中に通りかかった僕は
「…今年中に雪はちらついたりするのかな。。」とぼんやり考えながらその作業を見つめていた。
未だにどんどん育っているんじゃないか?と思わせる様な隆々とした枝の樅の木。それを囲む様にエナメルの様な光沢のリボンがあらゆる所に結びつけられている。それに負けぬ量の大小の星たちが枝の隅々に点されて、次第に聖歌や天使の似合う景色になり始めた。
ひらりひらりと僕が気付かぬ間に降り始めた大粒の雪。それが綺麗なタイミングで空中を埋め始めた頃、僕は間違い探しの答え合わせのような違和感を感じ、その直後はっと息を飲みこんだ。
僕の学校の制服を着た女子がひとり駅員達に紛れて飾り付けを手伝っていた。
慣れない手つきで取り付けている女生徒の仕草を辿って行ったら。あの秋の日、青い空の下で見失った彼女の面影があった。思わず僕は声を上げていた。次第に雪は冬の白い結晶を包み込み勢いを増していった。
彼女は遠い場所から僕に気がついたらしく、手を休めこちらを振り向いて側まで歩いて来た。
「もう大変だったのよ? 外も滅多に歩かせてくれないんだもの。。流星群を追いかける時間なんて本当に見つかからないわ。。それにこんな雪が降っちゃって。運がないったら。。もうね。。」
そんな調子で彼女はいつもの憮然とした瞳で僕に話しかけた。
僕は言葉にも声にも出来ないで、彼女のそんな様をぼーっと見つめるだけだった。
そのとき。雪を横殴りにふるわせた冬の微風がツリーに衝突し、飾り付けられた星の造形がパラパラと僕たちの周りに落ちて来た。流れ落ちて来た。そう。。冷静に戻った僕がそれを感じた様に伝えるのなら…
天空から見下ろした一番低い天の川でそよそよと流れる流星達の様に…そしてその流星たちは彼女の頭上にも降り積もって来た。
暫しの間、突然冬空を襲ったとハリボテの流星を見ていた彼女は、クスリと笑みを浮かべて。
「あら、結構雪が積もってきちゃったみたいね。」
とだけ呟いて、スカートの上にも積もり始めた雪の結晶を振り払う様に、彼女は勢いよくくるりとターンをした。
天川の様にちりばめられた星座達の結晶は、夜空が辺りを包むみたいに広がった制服のスカートから
一瞬のうちに緩い流線型の弧を描き舞い降りて。それはまるで数多の流れ星が零れた様に僕の目にはみえた。
目の前にそびえ立つ大きなクリスマスツリーには、リボンやきらきら輝く純白の雪に紛れて、どう見ても冬と合致しない風情を醸し出す一片の短冊がそおっと隠す様にぶら下がってあった。
もう一度、くるんって振り返りスタスタと歩き出す彼女の背中を、僕は子どもがはしゃいで息の上がってしまった様な声で「待ってくれよおお。。」と叫びながら追いかけて行った。
僅かに溶けた雪で滲みかけた彼女の小さな文字が、短冊と一緒にサンタクロースを待っていたという事実は、うーん。。もはや皆に伝える必要も無くなったのかな。。と思い、最後のエンディングをどう締めようかとうんうん悩み続ける筆者であった。
「地球に星が毎日降って来ます様に。頼んだわね?私の研究員よ。乙姫」
presented by
mothermade antique x’letter of cake
(2018-0123.26)
この作品は、友人のキーワードから何か書いてみようと遊びの感覚で書き出したものです。
「キラキラ」「流れ星」「雪」
この3つからラストシーンが思い浮かびました。
自分は学生の緩いラブストーリーにしたかったので。制服と駅という要素で書こうと思いました。
この舞台で2人に季節を跨いで動いて欲しかったので、梅雨、秋、冬と3つのブロックで纏めてみました。
初めての完結原稿を目の前にして、僅かな後悔とほろ酔い程度の達成感を感じながら、
次の登場人物と景色と洋服を妄想しようと思ってます。
お読み頂いて感謝です。ありがとう。