その馬車はとある町を目指していた。
初投稿です。
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その馬車はとある町を目指していた。馬車に描かれた紋章は二つ。一つは聖教会の紋章で、一振りの剣と聖書とされる一冊の本が描かれている。もう一つは、聖教会所属の稀代の錬金術師でその名を聞けば誰もが震え上がる錬金術師ロストファントムの紋章だ。真の姿を見たものは生きては帰れないと噂され、それが広がりいつしか大柄な恐ろしい男だと世間は思っている。が、実際は全く違う。というか掠りもしていない。
「大柄な男ねぇ。どちらかというと、小柄な少年じゃないかい? それでも、性別間違ってるけど。」
馬車の中で黒猫がいう。美しいテノールの軽やかな声は今にも笑い出しそうだった。そう言われた真っ黒なマントを着たロストファントムという少女はからかってくる黒猫に慣れたように言う。
「仕方ないさ。錬金術は嫌われているからね。悪く言われるに決まってる。それに、僕がわざわざ男に見えるようにしていることは知っているだろう? それより、ファイはロストファントムの飼っている猛獣らしいじゃないか。」
「僕は魔道士。姿を変えられるんだよ? 言ってくれれば猛獣になってもいいけど。」
「いいね。もういっそのこと魔法を使って噂に近付けていくかい? 」
「やだね。面倒臭そうだ。」
笑い声が馬車の中に響いた。この光景だけならば、噂は真っ赤な嘘で本当はロストファントムという少女とファイという魔道士がほのぼのと錬金術師として活動していると思うだろう。だが、火のないところに煙は立たない。人は見かけによらないのだ。
今はロストファントムと名乗っている少女は昔、退魔士として聖教会に所属していた。序列は一位。齢一桁にして教皇を除く誰よりも強かったと言われ、死神というあだ名は敵だけでなく味方であるはずの聖教会内部でも呼ばれていたという。
一方、ファイと名乗っている青年は今も昔も魔道士である。昔は聖教会所属で、今は大罪人だが。何をしたのかと言うと、何もしていない。権力と序列は異なるのだ。序列二位でも権力闘争に巻き込まれればただの平民上がりの男だったということだ。そもそも聖教会ってできて十年しか経ってないし、初代教皇は平民であるという事実は横に置いておく。
現在、聖教会は異教徒との戦いである聖戦の真っ最中である。つまり、聖教会所属のロストファントムは錬金術師だが後方支援やら技術要員やらでの聖戦の参加が義務で、これから向かう地はつい先日手に入れた町であり、聖戦の最前線。ほのぼのなんて言えないだろう。
「聖戦か。いつから聖教会は変わってしまったのだろうね。」
ファイのふざけていない静かな声にあるのは少しの悲しみと大きな疑問。意外とあっさりと答えは返された。
「君が大罪人として聖教会を追われ、僕をはじめとした上層部である退魔士がなぜか引退させられたところからじゃないかな。おまけに教皇の死と欲にまみれた新たなる教皇。」
あきらかに今の教皇の陰謀だろう。けれど、それでいいとロストファントムは笑った。なぜなら、今は退魔士ではなく錬金術師。何者にも囚われず、ただひたすらに世界の真理を追い求める。そんな人間なのだから。それに、
「元々聖教会は正義の味方ではないしね。強いて言うなら、世界の平和ではなく安定を、面白さを求めていこうっていうところかな。」
「要は、人が争うことはどうでもいいから人生楽しく生きようってことだよね。でも、よくそれで神様を語れるよね。神の御心のままに、とかさ。」
「あれ? ファイは知らないの? 初期の聖教徒の大半が、自分の信じているものや自らの信仰する何かを神としているんだよ。僕の場合は、僕が面白く楽しい日々を送ることが神の御心であり、僕が面白いと思う全ての事が神からの贈り物。そして、面白く生きさせてくれる何か特別な働きが僕の神、みたいな感じかな。」
なんでもない事のように告げられた真実は馬車の中であっさりと話されていいものではないのではないか。ファイは頰を引きつらせながらそれでもふざけた口調で言った。
「つまり聖教会を作った元上層部の人間は、聖書の神やはじまりの双子を信じてなかったの? 」
「神も双子も想像の産物だからね。」
「それでいいの? 聖教会。」
「当たり前だろう? 」
まるでファイがおかしいとでも言うように質問に答えるロストファントム。ファイは思っていた。そういえば、元上層部の人間のほとんどが神を蔑ろにしていたな、と。どう考えても思考回路が神の使徒というよりかは悪魔に近い前教皇だったな、と。
聖教会のはじまりは一人の退魔士からだ。とても強い退魔の力を欲したあらゆる宗教は彼に言った。
「貴方はどこかの宗教に属さなければ異端とみなされますよ。」
ほとんどの人間が何かしらの宗教に属している時代だ。異端とみなされれば生活が困難になるだけでなく殺される可能性もある事が容易に想像できた。この言葉だけなら彼はどこかの宗教に属して聖教会誕生の物語ははじまらなかっただろう。
「我らと共に我らの神のために、そして、我らの神を信じてくれる者のために悪を祓いましょう。」
この言葉が彼に聖教会を作ることを決心させた。
彼は正義のために悪を祓っているのではなかった。彼にとって退魔は趣味と仕事を兼ねたようなもので、間接的に人が助かっただけだった。なぜ彼等と退魔をしなければならないのか。なぜ彼等の神のために生きなければならないのか。なぜ彼等の信じる者のたちのために悪を祓わねばならないのか。彼には彼のしたいことがあり、彼には彼の信じるものがあり、彼には彼の救いたいものがあった。
彼は仲間を集めた。退魔士を、魔道士を、錬金術師を。そして、作り出した。新たなる宗教、聖教会を。聖書を作り、力を使って他の宗教と戦い、知識を使って奇跡を起こしていった彼等は気づいたら世界でも大きな宗教団体となり、本拠地として建てた教会という名の城の周囲は街となり、聖教会というまるで一つの国のようになっていた。十年前は一人の退魔士の思い付きだった聖教会は、たった十年でその姿を現実のものにした。
聖教会の教えはよく考えればわけのわからないものばかりだ。自分の信じたいものを信じて生きていけば、きっと神は我らを見ていてくれるだろう。つまり、ただ自分の信じたいものを信じるれば神は助けてくれはしないが、見ていてはくれる。だから、努力を怠るな。聖書に救いは書かれていない。強いて言えば教訓のようなものだ。重要なのは、自分の信じるものが何であっても構わないことだろう。たとえ、他宗教の神であっても。
聖戦なんて起こるはずがないのだ。
それでも起こった聖戦をロストファントムはくだらないと言う。そして、興味もないと。なぜなら、教皇は自分の信じるものに従って教皇の座を奪い、聖戦を起こしたのだから。教えには反していない。
「それでも前教皇の友人であり、聖教会を作ったうちの一人なのかい? 」
「聖教会を作ったうちの一人だからだよ。だって、僕らの我儘で作られたのだから、誰かの我儘で壊れるのは当然だろう? それに、前教皇の友人だったから分かる。あいつはしぶといから絶対生きてる。」
ロストファントムは笑った。
馬車は一匹と一人を乗せて町に入った。
「光の天使の伝説が残る町、ねぇ。怪しいと思わないか? 」
瞳を輝かせて興奮気味にロストファントムは言った。
「そう言うってことは目星はついてるんだね。」
「当たり前だよ。僕は稀代の錬金術師、最果ての地を目指す者だからね。」
最果ての地。それは錬金術師の目指す地であり、そこには世界の真理、理の全てがわかると言われている。錬金術師はそれを真面目に信じているのだ。
「最果ての地って伝説だろう? 」
「あるよ。最果ての地は確かに存在する。」
珍しく真剣な面持ちでそう言うロストファントムにファイは本当に存在するのかもしれないと思ってしまう。
「君は辿り着けるのかい? 」
「たどり着いてみせるよ。というか辿り着かないと怒られる気がする。」
「は? 」
「前教皇からの手紙に『最果ての地で集合ってことで。俺は先に行ってるから。またね〜』って書いてあったしさ。」
ほんとやめてほしいよね、と笑うロストファントム。それって前教皇が生きてる証だよね? 前教皇は最果ての地を知ってるの? などなどファイの頭を疑問が埋め尽くした。
「……ロストファントムって爆弾落とすのが好きだよね。」
「僕は爆弾よりも範囲攻撃魔法の方が好きだなぁ。」
「そうじゃなくて……。」
ファイは呆れたようにため息を吐いた。