91 クランからの勧誘です。
クラン『巨人の剣』のリーダーに連れられて、俺とたわわちゃんは闘技場へと足を向けた。
闘技場。そこは冒険者同士が戦う場所である。
理由は様々で、娯楽や腕試しといった軽いものから、仇討ちや愛する女性を賭けた決闘といった重いやつもある。
因みに闘技場には女神の加護があって、ここでの戦いの怪我はどんなに深刻でも完治する。でも死んだらアウト。
今日の戦いはクラン同士の交流戦らしい。
「ほら、彼女が『巨人の剣』のエース、レベル62の聖騎士アルマさ」
オーロルが指差した女性は、華やかな鎧を身に纏い剣と盾を装備している。相手の大男が振り回すハルバートを上手く盾でいなして距離を詰めようとしているが、大男もかなりやる。上手く距離を維持して長物の間合いで戦っている。
上級冒険者同士の激しい斬り結びは、ギャラリーを沸かせている。
(へー、これが上級冒険者か)
ヒビキはその力量に素直に感心した。
そして、自分がアルマさんと対峙したらどうなるをイメージしてみた。
(ちょっと厳しいかな……)
あの攻撃力と防御力なら、分身たちの壁を突き抜けてくると思う。一人なら負ける。フルルがいるなら、こっちの負けはないが、包囲殲滅する前に逃げを選択されるとたぶん仕留めきれない。そもそも防御に優れた聖騎士にダメージを与えられるか微妙なところだ。良くて引き分けかな。
「たわわちゃんなら、あの人に勝てる?」
「今見ている力が全力なら、私が勝つ」
淡々と、しかしはっきりと断言したたわわちゃん。
かっこいい、そしてかわいい。頭をなでなでしたい。ほら、さっき頑張った俺をなでてくれたからさ、お返しになでたい。ダメかな? たぶんダメだろうな、ブン投げられる未来しか見えないぞ。
などと、考えていると決着がつこうとしていた。
ハルバートを振り回した反動で距離をおいた大男が、ハルバートを地面に叩きつけた。
すると、衝撃が地面を伝わり相手の真下から襲いかかった。
下からの攻撃にアルマさんが宙を舞う。上下逆さまになった彼女にトドメの一撃が振るわれるが、辛うじて盾で防いだと思った次の瞬間、大男が吹っ飛んだ。そして、くるっと着地した彼女が、逆にトドメの一撃を放ち決着がついた。
ギャラリーが歓声を上げた。
「なに今の?」
事の経緯が分からなかった俺の疑問に、たわわちゃんが答えてくれた。
「騎士のスキル『受け流し』で流した衝撃を、相手にそのまま返した。……やる」
なんか凄いやりとりがあったらしい。
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「どうだったかな? ウチのクランのエースは?」
試合の後、オーロルのおっさんが俺たちに聞いてきた。
「いや、凄かった」
「いい腕してる」
俺たちは正直な感想を返した。
「うん。そう言って貰えると嬉しいね。……それで、ウチのクランに入りたくなったかい?」
「いや、それとこれとは別」
「クランに入る気はない」
俺はおっさんの誘いを断わった。たわわちゃんも俺と同じ考えらしい。
まあ、そうだとは思っていた。むしろ、たわわちゃんがクランに加入するなら、前言を即座に撤回してクランに入れてもらうよ。
そんなつれない俺たちに、おっさんは不快になったりはしなかった。
「はは。まあ、そう言うだろうと思ったよ。なんせソロで上級までたどり着いた魔法剣士と空間術師のサポーターとコンビでのし上がる無限術師だ。今のところ外部の助力など要らないだろうね」
「断られると分かっていたのに、勧誘したの?」
「だめ元で聞いてみるのは意外と効果あるんだよ? それに顔をつないどけばお互い便利だよ。これから、もし君たちが揉め事に巻き込まれた時に、助けになってあげられる」
「揉め事?」
俺は聞き返した。おっさんの話ぶりは実際に揉め事が起きるような口ぶりだ。
「実はね、ここ最近クラン同士の序列争いが激しくてね……」
「クラン同士の争い? おっさんの所も?」
「いや、ウチはリーダーの僕が引退間近だからさ、穏健派のことなかれ主義さ。でも上は違う。クラン序列1位が竜殺しなんだけど、その座を2位から4位が、なんとか奪おうと躍起になってる。そしてクランの力を拡大する一番簡単な手段が有望な新人を加えることさ。特にその若さで上級までたどり着いた二人は、かなり注目されているし、場合によっては無茶な勧誘もあるかもしれない」
へー、そんなもんなのか。まあ、確かにさっき一緒に上級に上がった奴らは、全員年上だった。10歳以上年上の奴も沢山いた。俺らが目立つのも仕方がないのかもしれない。
「でもさぁ、俺はともかく、たわわちゃんに無茶な勧誘なんて来るの? たわわちゃんの保護者はカテュハさんだよ。天位の7番。冒険者の頂点」
「天位の座は個人としては賞賛するべき事だけどさ、実の所、ギルドや領主は天位よりもクランを優遇するよ」
「そうなの?」
意外だ。
「そうなんだ。ちゃんと理由があってね。天位よりもクランの方が都市への貢献度が高いんだ。大都市用の魔光器だったり、防衛兵器だったりは、ドラゴン級の魔石が必要で、それを確保できるのは上級冒険者が集まっているクランだけだ。まあ、もしかしたら『天馬のカテュハ』なら一人でもやれるかもしれないけど、あの人は気紛れだろう? 」
おっさんの問いかけにたわわちゃんが頷いた。確かに俺の知るカテュハさんはそんな感じする。
「もう一人の天位の4番、『魔王サルエル』に至っては論外だ。よって、魔石の安定した供給の為に、天位よりもクランの方を優遇するんだよ」
「へー、びっくり」
「で、その優遇を守る為、更に優遇される為により上位のクランを目指すんだけど、最近はちょっと度が過ぎてね。無茶な勧誘なんかも起こる。だから、もし君たちがクランのイザコザに巻き込まれたら『巨人の剣』を頼ってくるといい」
「なんで、貴方は私たちを守ろうとするの?」
「一つはクランのリーダーとしての判断だ。君たちが頼ってきてくれて、そのまま『巨人の剣』に加入してくれるなら万々歳だ。もう一つは……」
そこで、おっさんはちょっと口ごもった。
「もう一つは、おじさん子供がいるんだけど、ちょうど君たちぐらいの年でね。うちのチビたちと同じくらいの君たちが、クランのイザコザで酷い目にあうのはちょっとね……」
そう、ちょっと照れくさそうにおっさんは言った。
「ま、まあ、クランに入らなくとも世間話くらいはいいだろう。おじさん結構情報通だから色々と教えてあげられるよ」
ほうほう。おっさん情報通なのか。だったら聞いときたいことがある。
「なあ、おっさん。さっき俺のことを『蒼の軍勢』って呼んだけど、それ冒険者の中では広がっているの?」
「そうだね、かなり広まっている。有名な冒険者には自然と二つ名がつくし、君は無限術師で初めて上級冒険者まで登った存在だ。噂にもなるさ」
「へー」
そうなんだ。かなり広まっているのか。どうやら分身達を利用しての、二つ名『蒼の軍勢』広めよう計画は大体成功したらしい。
まあ、ちょっと自作自演が恥ずかしかったりしたが、何せ悪目立ちする不遇職の無限術師だ。何もしないで『増える奴(笑)』とか『ゴキブリ野郎(1匹いたら30匹いる)』みたいな碌でもない二つ名が拡まるのは防げたわけだ。(因みにどちらの二つ名も、実際に耳にしたことがある)
よかったよかったと思っていたら、今度はたわわちゃんがおっさんに聞いた。
たわわちゃんの質問は俺も超気になることだった。
「私も聞きたいことがある。貴方は『天空迷宮』へ入る資格が何か知っている?」
「……『天空迷宮』か、君も天位の座を目指している訳だ」
「うん。でも入るにはギルドの許可が必要で、でも許可を貰う為の条件が非公式になっている。貴方は知っている?」
「それを僕に聴くなら、カテュハさんは教えていないのだろうね。なら僕も答える訳にはいかないな。とはいえ上級冒険者になったのだから、遠からず知ることになるだろう。だから焦らなくてもいいけど、少しだけアドバイスするなら許可を貰うには圧倒的な強さが必要だ。それこそレベルなんてものを超越する程のね」
おっさんはそう言って過去を懐かしんだ。
「僕も昔は天位を目指したものさ。結局、届きはしなかったけど、あの頃は楽しかったな。君らも楽しむといい」