90 上級冒険者です。
タワワ=リンゴレッドは上級冒険者への昇格試験に、当たり前の様に合格して、本日、上級冒険者の印を叙勲されるところだ。
まあ元々、試験を受けるまでのポイント取得が難しいのであって、試験そのものはさして難問ではない。
タワワと同じ試験を受けた大半の冒険者は合格している。タワワが受からない訳はない。
順調だ。実に順調である。
であるのに何か物足りない。
「つまらない」
小さく呟いた。
そう感じている原因に心あたりはある。あいつのことだ、自分はあいつよりリードした。 自分は上級冒険者になり、あいつは中級冒険者のままだ。それがつまらないと思う。でも、何故、自分がつまらないと思うのかがわからない。
昨晩の夕食時にカテュハに相談するも、「お、恋バナか?」などと茶化すだけで全く役に立たない。
そういうのじゃないのだ。
では何なのかというと言葉にできない。
そんな、もやもやした気持ちを抱えながら授賞式を待っていたら、開始間近に聞き覚えのある陽気な声が聞こえた。
「セーフ、ギリギリセーフ!」
その声の持ち主は会場を見回して、躊躇なくタワワの隣にやって来た。因みにタワワと他の冒険者の間には少し距離が開いている。試験中に馴れ馴れしく口説いてくる男が何人かいて、しつこい男にはそれなりの対処をしたら距離を置かれる様になったのだが、こいつは、そんなこと知ったことかとばかりに(いや、実際にその出来事を知らないのだが)ずんずん近づいてくる。
「おはよ。今日もマジ素敵。癒されるわー」
別に馬鹿じゃないのに、凄まじく馬鹿っぽく聞こえる挨拶をしてくる男にタワワは視線を向けた。
「ヒビキ、こんな所で何をやってるの?」
「そりゃもちろん、たわわちゃんが上級冒険者になるところを祝福しにきたのさ。あと、ついでに俺も上級冒険者になるんだ」
ついでが逆だとタワワは思った。
「試験は受けなかったのにどうしたの」
「ふっふっふっ、知りたい、たわわちゃん?」
「……別にいい」
「いやいや、聞いてよ!」
慌てた表情でヒビキは語り出した。それはタワワが都市に居ない間に起こった、紫煙花にまつわる一大事件の裏側の話だった。ヒビキのおかげで大勢の人が助かったらしい。
「という訳で、アーレストさんが色々と上手く事後処理をしてくれて、俺は特例で昇格することになったんだ。因みにこの話は内緒だからたわわちゃんの胸にしまっといて」
話を終えたヒビキは、どう? 頑張っただろ? 褒めて褒めて。という感情を隠しもしない。
まるで、芸を終えてご褒美を待っている犬みたいだ。存在しないはずの尻尾が振れて見える。
そんな風に思ったからだろうか、つい自分より背の高いヒビキの頭を撫でた。
なでなで。
そしたらヒビキはびっくりした表情をした。
「うえっ⁉︎ ええっ⁉︎ どうしたのたわわちゃん?」
(………………なんで私はヒビキの頭を撫でたんだろう?)
自分の行動に自分がわからない。また、わからないことが増えた。
「うるさい。なんでもない」
なんとなく気恥ずかしかったので突き放した。
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昇格の式はトラブルもなく終わった。
ギルドの偉い人に貰った上級冒険者の印をつけたヒビキが、嬉しそうに言ってくる。
「いえーい。たわわちゃんとお揃いだー」
前にも似たようなことを聞いた気がする。
「上級冒険者は全員同じ印をつけてる」
前にも似たようなことを言った。
「ま、そうなんだけどね。で? これからどこで昇格おめでとうパーティーをする? こっちで勝手に決めていい?」
まるで、タワワがそのパーティーに参加するのが当たり前みたいに言っているが、もちろんそんな訳がない。
その事を指摘しようとしたら、別方向から声がかかった。
「すまないが、そのパーティーは後回しにして少し話を聞いてくれないか?」
二人は同時にそちらを見た。
そこにはだいぶ年配の男が立っていた。40代というところだろう。腰に二人と同じ上級冒険者の印を付けている。
「たわわちゃん、知り合い?」
そうタワワに問いかけるということは、ヒビキの知り合いではないということだ。
「知らない」
短く答えると男が自己紹介を始めた。
「始めまして。オーロル=マリオン。クランの序列第6位『巨人の剣』のリーダーをしている」
「おお! クランのリーダー! 偉い人だ! ……それで、その偉い人が俺たちに何の用?」
「いや、ストレートな勧誘さ。『雷刃』と『蒼の軍勢』に私たちのクランに入って欲しいのさ」