44 紫煙花、その4です。
ヒビキは自らの分身にまたがりながら、ひたすらサードエリアを目指していた。ちなみに馬役の疲労が限界にきて、一度分身を消し再度召喚するのも三度目だ。そんな分身達の酷使もあってサードエリアはすぐそこだ。
それにしても、
「まったく……折角忠告してるのに、どいつもこいつも変な目で見やがって」
それが若干不満だった。
途中、三組の冒険者たちと出くわした。
そして、先のエリアで紫煙花が生息している可能性が高いことを教えた。大仰に言えば命の恩人、控え目に見ても悪くない情報だったはずだ。
なのにどいつもこいつも、なんだコレは⁉︎ 見たいな視線でジロジロみてきやがって、そこまで露骨だとこっちも不愉快だっつーの。
まあ、確かに同じ顔がゾロゾロ20人以上もいたら、若干、ほんの少し、ちょっとくらい、変に思うかもしれないが、それを顔に出さないくらいの配慮は欲しいものだ。
それにしても、最優先をスピード、次に隠密性を優先するつもりだったが、隠密性の部分はまったく上手くいってない。
というより、
「無限術師は、隠密行動にまったく向いてねーな」
そう自覚せざるを得なかった。
その至らなさが今後に影響するだろうか? などと考え込んでいると、隣から声がかかった。フルルだ。
「隊長、この先に紫煙花が咲いているんですか?」
そう言えば説明を後回しにしていた。フルルにも説明しなきゃならんよな。
ただなぁ……フルルが納得してくれるかは、自信がないんだよなぁ。
「……ああ、そうだ」
若干歯切れ悪く俺は返事を返した。
「そんな場所に、何で僕たちは向かっているの? ギルドから頼まれた訳じゃないよね? 紫煙花の駆除なんて初級冒険者の仕事じゃないでしょ?」
「そうだな、まったくその通りだ」
「だったら何で?」
「……」
「……」
「……」
「……」
短くない沈黙の後、俺は正直に話す覚悟を決めた。
「なあフルル。あと3日ほどすれば、クーヤは『魔光器』を買ってきてくれるよな。そんなタイミングで紫煙花が見つかったのは、運命だと思うんだ」
「………………まさか、紫煙花を育てるの?」
若干、婉曲に話したが、俺の意図は正確に伝わった。
だからフルルは、頭のイカれた馬鹿を見るような顔をした。
「……正気?」
「待ってくれ! ちゃんと説明する! 説明するからその目を止めてください、お願いします!」
俺は、俺たちの信頼関係が壊れる前に素早く事情を話し始めた。
「フルルは『孤児たちの恩返し』の話を聞いた事あるか?」
聞いた事あるか? などと質問したが、実の所、まず間違いなく知っているはずだ。
『孤児たちの恩返し』とは、この国に伝わる有名な昔話だ。
昔話といっても実話を元に作られている。
それは昔々、とある地域にたいそう優しい領主がいたらしい。その優しい領主は領民を第一に考え、子供が飢える事を嫌い、領主の館の隣に孤児院を建て、子供らに食を与えた。そんな優しい領主に子供たちも感謝していた。
そしてとある日、領主は領地にやってきた悪い貴族に、騙され殺されてしまう。
悪い貴族は悪巧みが上手かったので、領主の死は事故死として扱われ、悪い貴族が次の領主となってしまう。そして、領民を騙くらかし、私腹を肥やそうとするのだ。
誰も疑わず、皆が騙されたが、孤児たちの何人かが真実を目撃していた。
孤児たちは、悪い貴族の悪巧みを止める為に、真実を世に訴えかけるのだが、誰も孤児の言うことなど信じない。
街で話せば石を投げられ、王宮に行けば門前払い。
誰に話しても信じられないと悟った孤児たちは、自分たちの手で優しい領主の仇を討とうと決心するが、悪い貴族の周りには、金で雇われた冒険者くずれが護衛をしていて近づけない。
そこに、優しい領主が持っていた、紫煙花で作られた秘薬が登場する。その秘薬を飲み込めば、驚異的なパワーアップを果たすのだが、およそ5時間後死亡する。解毒方法もないという、命と引き換えの劇薬だ。
優しい領主がこの物騒な秘薬を持っていたのは、魔物が出て領民が危険に晒された時、命に代えても領民を守る為だった。
当然、悪い貴族はそんな気がないのでゴミとして捨てた。
それを拾った孤児たちは、領主仇を討つ為に秘薬を飲み、悪い貴族に戦いを挑む。
結果、護衛の冒険者くずれどもを打ち倒し、悪い貴族を討ち倒し領主の仇を討つのだが、秘薬の影響で孤児たちは息絶える。
その後、悪い貴族の悪事の証拠が悪い貴族の持ち物から出てきて、孤児たちが正しかったのだと人々は知る事になる。
以上が『孤児たちの恩返し』のあらましである。
この国の人間なら、誰でも一度は聞く話だ。
勿論、フルルも同様で、
「うん。知ってる」
と、返事が帰ってきた。
「この話の、誰が正しかっただの悪いだの感情面の話は今はカットしよう。今、俺たちにとって大事な事は、紫煙花の秘薬を飲めば命と引き換えに強くなれるということで、ここには命と引き換えに強くなることを厭わない命知らずどもが一杯いるだろう?」
俺の質問に俺の分身たちが武器を掲げて答えた。
「「「おーーー!」」」
「お前たち、強くなりたいか⁉︎」
「「「おおーーー!」」」
「命を捨ててでも強くなりたいか⁉︎」
「「「おおおーーー‼︎」」」
「と、言う事なんだ。分かってくれたかな、フルル?」
「いやいや、待って待って!」
フルルはそう引き止めた。
「紫煙花の霧はたくさん人を殺すんだよ! そんな花どこで育てるのさ⁉︎」
「そうだな、確かにそれは問題だな。この地上に紫煙花を育てていい場所なんかないのかもしれないな。でもな、フルル。密封されているくせに呼吸はできる。そんな、紫煙花を育てる為にあるような不思議空間を、お前は持っているじゃないか」
「えっ⁉︎ 僕の亜空間ボックスで育てる気⁉︎」
「はは、誰にも迷惑はかからないだろう?」
「イヤだ!」
「まずは亜空間ボックスを縦に二つ並べてさ、土を4メートルくらい入れる。その後、紫煙花を埋めて『魔光器』を設置すれば、あっとゆう間に紫煙花が増える訳だ」
「イヤだって!」
「何、これでも農家の息子だ。畑の事は俺に任せとけ。それに文献を見る限り秘薬も簡単に作れそうだし、その作業も分身に任せる。フルルに危険はないさ」
「聞いてよ! 絶対にイヤだ!」
俺の説得を全力で拒絶するフルル。まあ、気持ちは分かるのだが、俺も譲る訳にはいかない。
自分に出来る精一杯のキメ顔をして言った。
「なあ、フルル。亜空間ボックスを持つ空間術師と、分身を召喚出来る無限術師が揃わなければ紫煙花は育てられない。つまりな、俺たちが出会ったときからこうなる運命だったのさ。だからフルルも、運命を受け入れてくれ」
それにフルルは息を呑み、
「止まって! 止まって!」
と、馬になっている俺の分身をペシペシと叩いた。
駄目だ、説得は失敗した。まあ、しょうがない気もする。正直、どれだけ言葉を積みかさねても、紫煙花を育てると言うインパクトは消えない気がするしな。
「いやフルル、馬なら止まるかもしれないけど、俺の分身だぞ? 止まる訳がないじゃないか。できれば話し合いで説得したかったが、こうなったら仕方がない。強硬策だ。行くぞみんな!」
「「「おーーーー!」」」
「うわーん! 下ろしてよ!」
と、分身たちの雄叫びとフルルの泣き言を聞きながらサードエリアを目指した。
サードエリアは近い。そして、探索チームはまだ街を出ていない。他より先んじて、なんとしてでも紫煙花を手に入れる。そう改めて決意した。