43 紫煙花、その3です。
紫煙花、別名死煙花。
湿度の高い森での発見例が多い。白い花を持ち繁殖に適した環境を作る為に紫の胞子を大気中に放出する。放出された胞子は人体に極めて危険で1輪で100人を殺める殺傷能力を持つ。体内に取り込むと胞子に含まれる特異な魔力が筋力、神経を活性化させ身体向上を果たすが、およそ12時間後、その反動で死に至る。
対処法。
紫の霧に包まれた白い花を見つけた時は、水で濡らした布で口と鼻を覆い速やかに離れる。その後速やかにギルドに報告し、専門の対策チームが派遣される。注意すべきは風で拡散し大気に紛れた状態でも殺傷能力を保持している点で、その場合、目視による発見はおよそ不可能。毒を吸い込んだと気付かぬままに死に至るケースも多い。魔道具の共振器を持ち歩くことがもっとも現実的な対処法。
一定以上吸い込んだ場合は、治癒師による解毒の加護以外には不可能で、解毒の加護を持ってしても生存率は50%を下回る。
利用法。
現在は主な使用方法はなく、ギルドでは買取を認めていない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ヒビキは冒険者図書館にいる分身達から情報を受け取りながらも急いでエリアを進んでいた。
幸い、セカンドゲートにたどり着くまでに敵には出くわさず最速でこれた。
問題はここからだ。街にいる分身達の情報を統合すると、紫煙花でなくなった冒険者達はこの先のサードエリアでホワイトタイガーを狩った可能性が高い。そして、セカンドエリアは高山地帯で常に山からの吹き下ろしの風が吹いている。湿度もからっとしている。
とても、紫煙花が生息できる様な地域じゃない。逆にこの先のサードエリアは湿地帯のジャングルで紫煙花が繁殖する条件が整っている。サードエリアで紫煙花に出くわしたと考えるのが妥当だ。
14番ゲートとセカンドゲートは短距離だったがサードゲートまではかなりの距離がある。息も絶え絶えのフルルにはキツイだろう。ぶっちゃけ俺も結構辛い。
俺は周りを固めている分身達から6人を選んで、かつてゴブリンキングと闘った時の様に2頭の馬を作った。片方にまたがると、
「さあ、フルルも乗れ」
そう、促した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ねえ、もう疲れちゃった。今日はここらで休もうよ」
「ああ?何言ってんだ? 今日中にサードエリアまで行くって、事前に決めただろうが!」
「しょうがないでしょう。途中、岩イノシシに二度も出くわしたんだから」
「お前が近道しようって言ったからだろうが!」
「あんただって賛成したくせに!」
戦士と治癒師の終わりのない言い争いは、
「いい加減にしろ二人とも!」
リーダーのボノの一括で渋々ながらおさまった。
フーとため息をボノはついた。
この三カ月ほどこのメンバーでやってきたが、戦士と治癒師の間が噛み合わなくて頭痛のタネになっている。
ましてや、今回は運が悪かった。エリアには、モンスターに遭遇しやすい場所と遭遇しづらい場所があるのだが、この先のサードエリアで狩りをする為に遭遇しづらい場所を繋げた通り道を進んでいたら岩イノシシに出くわした。一度出くわしたんだから二度は出くわさないだろうと根拠のない理由で近道したらさらにもう一頭出くわした。二戦とも勝ちはしたが魔石には変わらなかった。重い岩イノシシを運びながらサードエリアを探索したくはなかったから、死体は置いてきた。つまり、くたびれ損のただ働きだ。そりゃ不満も溜まる。わかる。わかりはするのだが、言い争いはやめて欲しい。さらに疲れるだけだ。
因みに最後の一人の鉄体師は、我関せずといった様子で一歩引いた場所にいる。問題は起こさないので助かるのだが、争いの仲裁もしないからボノだけが大変だ。どちらの提案を飲んでもカドが立つ。
どうしたもんかと悩んでいたら、後ろから気配がした。
振り返ると、一人の男がこちらに走ってきている。
「なんだ? 俺たちに用か?」
「さあ? ここはこの先のエリアへの通り道だから先に用事があるのかも」
「にしても、一人で……なんだあの格好」
戦士が呆れた声を出した。その気持ちはボノにもわかる。
まず、ソロでこのあたりをウロつくのは、かなりの実力者か自殺志願の馬鹿だけだ。
しかも、武器も防具も持っていない。
年も若いしどうやら自殺志願の馬鹿らしい。
男が近づいて来たところで声をかけた。
「なんだ? 俺たちにようか?」
「いや、俺たちの目的はこの先のエリアだよ。あんた達もかい?」
「ああ、そうなんだが……一人でここらを歩くのは、自殺願望でもあるのか?」
「いや〜、ないと言いたいけど、ぶっちゃけ俺は先遣隊でね。先に偵察して、モンスターがいたら派手にやられるのが役目なんだわ」
「はあ? なんだその役目? おまえそんな酷い奴らとパーティー組んでいるのか?」
「いやいや、そういう訳じゃなくてね……って、話し込んでいる場合じゃねえや」
そういって、走り出そうとした。
思わずボノは引き止めた。
「おい、ちょっと待てよ」
だが男は止まらず、
「悪い。急いでいるんだ。これから本隊がやってくるから、話はそっちとしてくれ」
そういって走り去って行った。
「なんだありゃ?」
「変な奴だな」
「本隊?」
後ろから更に誰か来るのかと振り向いたら、確かに人影があった。
というより、
「ああ? 一体何人いるんだ、ありゃ?」
戦士がそんな風に途惑うぐらいに大勢いた。
基本、冒険者のパーティーは3人から6人で組まれる。それ以上は金銭的にも経験値的にも効率が悪くなり、やっていけないのだ。
だというのに、後ろから来る奴らは10人を軽く超えている。
しかも、行進スピードが速い。奴ら防具をつけず、槍や剣だけを持って駆け足で移動している。
「どういう馬鹿だ? あれじゃ狩りの前に疲れるぞ」
「っていうか、あいつら皆同じ顔じゃない?」
「本当だ! なんだ? 奴ら兄弟か?」
もちろんそんな訳ない。だが同じ顔をした20人前後の集団。そんな、おかしな集団に出くわしたボノ達は驚きのあまり思考が止まった。後に無限術師の仕業だと気がついたのだが、今は本当に訳がわからなかった。
そんなおかしな集団が俺たちの側までやってくると、馬組に乗っかっている男が、
「全員止まれ」
そう指示して、全員が止まった。この男がリーダーなんだと悟った。いや、同じ顔だけどな。
そのリーダーは俺たちに話しかけてきた。
「先行している奴から報告を受けたんだが、あんたらこの先のエリアに向かっているんだって?」
「……あ、ああ」
「今回は止めた方がいいよ。今、街で紫煙花の犠牲者が出たんだけど、どうもこの先のエリアが怪しいみたいだ」
「ほんとか⁉︎」
こいつの話が本当なら、この先に進むのは自殺行為だ。一応、紫煙花の共振器は持っているが、この共振器が鳴るような場所には絶対に近づきたくない。
とするなら、その危険地帯に向かっているこいつらは、
「じゃあ、あんたらは紫煙花の捜索チームなのか」
「捜索チーム? うーん……まあ似たようなもんだな」
何故か男は歯切れ悪く肯定した。
それを怪しく思ったが、それを追求する前にリーダーの男は、じゃあ急ぐからと俺たちに断わって、
「全員、進め!」
そう号令をかけると駆け足で奴らは去って行った。
俺たちはぽかんとそれを眺めた。
「なんだったんだ、ありゃ」
「さあ?」
「俺ら揃って幻覚でも見たか?」
「どうしよう。治療する?」
日頃仲の悪い二人も、今だけは毒の抜けた会話を交わしていた。
ボノは回らない頭でいつもこうだったらなー、そうぼんやりと思いながら、これからの予定を考え始めた。




