39 シーフな女の子、その7です。
俺はたわわちゃんの後についていった分身の目を通して、迷宮のボス、アクアゴーレムを見た。
アクアゴーレムは5メートルを超える巨体で、体を構成する鉱物の中にアクアマリンが混じっているからか体表が青みがかっている。
一方、たわわちゃんは身長150センチそこそこの小柄な体躯、それが向きあっている様はいっそ滑稽と呼べるかもしれない。弁慶と牛若丸ってレベルじゃない。
珊瑚の迷宮をソロで踏破した、たわわちゃんならアクアゴーレムも一人で倒せると思ったんだが、今更ながら心配になってきた。
そんな俺の心境とは裏腹に、たわわちゃんは気負うことなくゆっくりとアクアゴーレムに近づいていった。そして、アクアゴーレムが腕を振り回せば当たる間合いの一歩手前で、たわわちゃんの姿が消えた。
「は?」
「えっ?」
「き、消えた⁉︎」
どよめくマイコピー達。いや、俺だって同感だ。だって消えたもん。
そして、姿を消した彼女が再び現れたのはゴーレムの右斜め後方だった。
ゴーレムはまだ後ろに回り込まれたことに気がついていない。無理もないと思う。分身たちだって遠くから見ていてるから辛うじて把握しているのであって、目の前でやられたら絶対についていけない。
たわわちゃんは左手を突き出し魔法を放った。
ライトニングスピア。
雷系の初級魔法、同じクラスのファイヤーボールと比べると、威力こそ譲るものの攻撃スピードがとにかく速い。
そんなライトニングスピアを三連打。頭、胴、足と雷撃を浴びせた。
うん。絶対におかしい。光の速さのライトニングスピアといえども、魔法の起動時間はファイヤーボールと大して変わらない。初級魔法といえどもそんなにポンポン放てるようなもんじゃない。怪奇現象と言っていい。
遅まきながら、たわわちゃんに気がついたアクアゴーレムが腕を振り回すが、彼女はまた消えた。
そして、側面に現れた彼女が再度ライトニングスピアを放つ。
そんなことが数回繰り返された。
それを見てたわわちゃんが軽装な理由はこれなのかと理解した。
たわわちゃんは剣士でもあるのに、鎧も着けず盾も持たず、しいて言えばシーフの様な軽装なのだが、このスピードを活かす為なのだと思い知った。どんなスキルを使っているのか速すぎる。
そのスピードを活かして、ほとんど一方的に雷撃を浴びせ続けるとゴーレムが態勢を崩して膝をついた。
瞬間、たわわちゃんは距離を詰めた。ゴーレムに近寄り、傾いている体を足場にすると、スルスルとゴーレムの肩に飛び乗り、そこから頭に向けて魔法を放つた。
ライトニングエッジ。雷系の中級魔法。
ゼロ距離射撃をくらい、よろめくゴーレムに更に追撃のライトニングスピアを放つたわわちゃん。
ゴーレムが彼女を捕まえようと腕を伸ばしたが、カゲロウの様に彼女の姿は消えた。
「いや、速すぎるでしょ彼女。どういう機動スピードだ?」
「前衛いらねえじゃん」
「このままだと、ピンチになったたわわちゃんを、カッコ良く助けてラブラブ作戦の出る幕がないなぁ」
もはや自分たちが出しゃばる必要はないと悟り、観客とかしたコピーたちが呑気な感想を漏らした。
俺も同感だ。今俺は観客以上にやる事はない。
やる事なす事普通じゃないたわわちゃんだが、特におかしいのが魔法の起動スピードだ。
魔法を使う事自体は難しくはない。スキルさえあれば誰でも使える。それは感覚的な代物なので、言葉での説明が難しいのだが、例えるなら花瓶に水を入れる作業が近いと思う。自分の中の魔力のプールからグラスを使って目の前の花瓶に水を移す。そして花瓶に水が満杯になったら魔法が発動する。言葉にするならそんな所だ。
簡単だし、落ち着いてゆっくりやれば誰でもできる。いいかえるなら切羽詰っているとき――ゴーレムの剛腕が迫っているときは、そんな事をしている余裕はないはずなんだ。
ないから前衛、後衛の役割分担があるんだが、たわわちゃんは「前衛? なにそれ? 必要なの?」と言わんばかりに盛大に魔法を使っている。
幾度となく電撃を浴びせられ、ついにアクアゴーレムの魔石がダメージを吸収しきれなくなった。
それを見た彼女は右手にぶら下げていた剣を構えた。
そして、一閃。
その一撃は俺には見えなかった。変わりにヒュンという澄んだ音だけが聞こえた。
しばらくして、ゴーレムが斜めにずれた。
「たわわちゃんつえぇぇぇぇぇ!」
思わず叫んでいた。何事だという目でフルルとクーヤが見てくるが説明するどころじゃない。
崩れ落ちるゴーレムを涼しげな顔で眺める彼女を分身越しに眺めながら、彼女の強さを思い知っていた。
俺が天位の9番になるには彼女を超えなければならないのだ。今、はじめてその難しさを思い知ったのかもしれない。